学長 VGSU(Vision for Greater Shinshu University)を語る。  特別レポート

―アクア・リジェネレーションの推進ーVGSUの推進として

圏域の中核として
地域と一緒に発展する
共創の未来へ

新たな価値創出に向けた経営ビジョン「グレーター・ユニバーシティ・ビジョン
 2023年、信州大学は地域中核大学としての機能をより強化していくため、「グレーター・ユニバーシティ・ビジョン」を打ち出しました。これは多様な学問分野、業界、世代、そして地域社会に分散している「人」や「知」を結集、共有、活用することで、その結果生まれるシナジーによる新たな価値を信州大学のみならず地域で創出し、地域が一緒に発展するというエコシステムの構築を目指すものです。信州大学を次のステージに引き上げようとする「グレーター・ユニバーシティ・ビジョン」について、具体的な内容や打ち出すに至った背景などを中村宗一郎学長に詳しく聞きました。
( 聞き手・産直新聞社 代表取締役 毛賀澤 明宏)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第142号(2023.11.30発行)より

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学び習い、時とともに実践せん 三つのEで織りなすいい大学

地域中核大学としての機能強化へ 中期的な信州大学のあり方を定義

 ―信州大学と言えば、新聞社の調査で地域貢献度が毎回上位にランクインしていることが知られています。今回、地域中核大学としてこの地域貢献の機能をより強化するために「グレーター・ユニバーシティ・ビジョン」を打ち出されましたね。
 信州大学は「信州大学改革実行プランinGEAR」※1を策定しています。これは第4期中期目標期間(2022年度~2027年度)において、大学の価値創造と社会的責任を果たすための行動計画で、各理事と副学長の担当分野における具体的な施策を示しています。「inGEAR」は本学の中期目標を動かすエンジンと言えますが、これを原動力に、「地域中核・特色ある研究大学」として、大学全体が“目指す姿”を、今回、「グレーター・ユニバーシティ・ビジョン」( 以下V G S U:Vision for Greater Shinshu University)として定義しました。
 Greaterという言葉には、“Extend(伸ばす)”、“Expand(拡げる)”、“Enrich(豊かにする)”という三つの“E“で始まる単語の意味が込められています。これは本学の価値創造のステップでもあります。
 “Extend”は、大学の使命である「教育」、「研究」、そして「社会貢献」における本学の特色や強みを伸ばすことで、より優れた教育研究活動の成果を挙げていきたい、という本学のさらなる成長を意味します。これにより、地域の社会課題を解決するための「知」を豊富に揃えることができます。
 “Expand”は、長野県だけでなく近県の大学・企業・自治体など、圏域を越えて連携する地域を拡げることを意味します。より広い地域で連携して相互の理解と信頼を深めることで社会との共創を実現し、大学が生み出す「知」を広く社会に還元します。
 そして最後に“Enrich”ですが、これは地域の中核大学として本学が地域社会の発展をけん引し、豊かな社会とより良い未来を創ることを意味します。大学と地域社会が有機的につながり、豊かさが広がっていく持続可能な未来社会、ウェルビーイングな社会を実現させる信州モデルを本学から広く展開していきます。
 企業・自治体・大学などとの連携については、それぞれのストーリーで研究や教育、社会貢献に取り組みながら、結果的にそれらが広域で上手くシンクロしていき、シナジー効果を生み出すようなイメージを持っています。その際に、北は長野市、南は南箕輪村と長野県全域にキャンパスを有する地政学的なメリットも活かしつつ、圏域の中核として各活動をけん引できるとしたら、この地域がより豊かに、そして元気になるのではないかと考えています。
※1)「inGenious, Enterprising and Actionable Regional revitalization(独創的、進取的かつ能動的な地方創生)」の略

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「グレーター・ユニバーシティ・ビジョン」を構成する三要素

VGSUで地方創生と「特色ある強みを持った大学」へ

 ―今日の高等教育の複雑なランドスケープがVGSUに繋がったということですね。今回このビジョンを掲げるに至った背景をもっと詳しく教えてください。
 一つは、やはり地域の活性化を図り、地域課題の解決に貢献したいという想いがあります。本学は県内唯一の国立大学です。そのため、地域貢献は、地域の研究と教育の中核を担うものとしての“使命”だと考えています。
 コロナ禍をきっかけに地方に目を向ける機運が高まり、これからは地方の時代とも言われましたが、長野県において実情はどうでしょうか。大学進学を契機とした長野県外への人口流出が続いています。県内の18歳人口に占める県内大学の入学者数(大学収容力)は2割以下で、他の都道府県と比べても低くなっています。一度県外に出ていくと、呼び戻すのはとても難しいのが実情です。
 本学にできることは何か―。私は“地域の大学が果たすべき5つの機能”を提供することで、地域における課題解決や魅力の向上に貢献していくことだと思っています。この5つの機能というのは、“学びの機能(Learning opportunities)”、“寄り添う機能(United under mutual understanding)”、“つなぐ機能(Connecting function)”、“知の機能(Knowledge base)”、“生み出す機能(Yield the better future)”で、頭文字をとって「LUCKY」と呼んでいます。
 ただ、LUCKYを提供していくにあたって、私たちだけでできることは限られていて、他大学や企業等との連携が必要です。そのような考えから県内11の大学が参加する「高等教育コンソーシアム信州」の枠組みをつくっているほか、長野大学、佐久大学と連携した「「しあわせ信州」を創造する地域活性化高度人材育成プログラム」※2といった事業も始めており、長野県内の大学の連携を強固にし、研究力と教育力の向上に取り組んでいます。
 しかし、若年層の人口流出等の地方が抱える問題に立ち向かうためには、果たしてこれで十分でしょうか。高齢化の進展による生産人口の低下、AI等の先端技術の急速な発達に伴う産業構造の変化への対応……解決すべき課題は日々刻々と変化し、より複雑化しています。地域における「大学の力」を高めるためには、県内だけでなく圏域を越えたより広域での連携も必要ではないか―。そのように考え、VGSUを掲げるに至りました。
 もう一つ、地域貢献と間接的に結び付きますが、本学の研究力強化もVGSUの背景にあります。政府は10兆円規模の大学ファンドでトップレベルの研究大学を支援していく方針を掲げていますが、これとは別に、日本の研究力を底上げするため、“特色ある強み”を持つ地域の中核大学を選定し支援していく方針です。本学はVGSUに基づき広域で大学や企業等と連携することでより研究力を高め、“特色ある強み”を持つ地域の中核大学として選定されることを目指したいと考えています。
 トップレベルの大学への支援とは別というと、トップより劣っているイメージを持たれるかもしれませんが、必ずしもそのようなことはありません。“特色ある強み”を持つ地域の中核大学の選定条件はキラリと光る研究分野を一つでも持っていることです。つまり、分野によってはトップレベルの大学よりも優れている場合もあり得ます。本学は「水」に関する研究で、日本トップクラスであり、特にこの点を強みにしていきたいと思っています。
※2)文部科学省令和4年度大学教育再生戦略推進費「地域活性化人材育成事業~SPARC~」採択事業

広域連携の最初の注力分野は“水”

「共創研究センター」を新設 水・エネルギー問題解決の世界拠点へ

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 ―ビジョン実現に向けて、具体的な打ち手の構想があればお聞かせください。
 今後、様々な形でVGSUに基づいた広域連携に取り組んでいきたいと考えていますが、研究面での注力分野は国際課題のひとつでもある“水”です。
 広域連携の実績で代表的なものとして、2013年度から2021年度までの9年間にわたり取り組んできた「アクア・イノベーション拠点」の取り組みが挙げられます。日立製作所、東レ、物質・材料研究機構などと連携し、水循環社会の実現による世界中の人々の「生活の質」を向上させることを目指して研究開発に取り組んできました。海外での実証等を通じ、国内機関のみならず、海外の自治政府や学術研究機関等とのネットワークも構築されています。
 水循環とエネルギーに関する研究は本学の大きな強みです。特に水循環については関連特許の取得数は非常に多く、戦略的にポートフォリオ化し技術移転することで社会実装の一翼を担っています。日本で唯一の国家プロジェクトも推進中です。今後さらに他大学や企業と広域連携していけば、より発展が見込めると考えています。
 具体的な第一歩として挙げられるのが、文部科学省の「地域中核・特色ある研究大学の連携による産学官連携・共同研究の施設整備事業」に採択された、松本キャンパスに建設予定の「アクア・リジェネレーション共創研究センター(仮称)」です。アクア・リジェネレーション分野※3の研究開発に必要な研究設備を集約するとともに、レンタルラボを設置します。ラボ利用の企業や圏域の自治体・大学と共創して、地球規模の社会課題のソリューションを提供する水・エネルギーの世界拠点となることを目指しています。
※3)水処理・水供給に関連する材料・モジュール・システム、水利用/安全性や水に係る社会制度等の水関連研究に加え、水処理・水供給の低エネルギー・ゼロエミッション化と水由来エネルギーの生成・活用を包含し、水を中心とする地球環境再生に関わる諸分野を統合するもの

教育、国際交流、医療など幅広い分野で重ねた広域連携の実績

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 ―“水”に関する取り組みの他に、VGSUの着想のきっかけとなった広域連携プロジェクトはありますか。
 実は豊富にあります。まずご紹介したいのが、「地域基幹産業を再定義・刷新する人材創出プログラム「ENGINE」」(文部科学省「大学による地方創生人材教育プログラム構築事業(略称:COC+R事業)」)です。2020年度から開始し、富山大学、金沢大学と連携して地域や社会課題に向き合う視点を身に着ける教育プログラムを提供しています。3大学協働科目も設定しており、特定の地域にとらわれない発想の醸成に繋がっています。このプログラムで培った連携のノウハウや構築されたネットワークは、今後の広域連携に生かせると考えています。
 「『かがやき・つなぐ』北陸・信州留学生就職促進プログラム」も、金沢大学との連携により推進してきました。これは、留学生の受け入れと大学卒業後の就職を促すプログラムを提供することで、地方共通の課題である生産人口の減少や産業の衰退に対処しようとするものです。日本の企業文化になじみのない外国人留学生と、グローバル人材・高度職業人材を求めている日本企業とのマッチングを進めています。
 医療の分野においては、北陸3県の5大学(金沢大学、富山大学、福井大学、金沢医科大学、長野県立看護大学)と連携し、「北信がんプロ」に取り組んでいます。これは、北陸・信州で、がん専門医療人材(がんプロフェッショナル)の養成を目的としており、がん患者が居住地域で安心して医療を受けるための医療連携と人材育成モデルの確立を目指しています。また、国立研究開発法人日本医療研究開発機構「次世代医療機器連携拠点整備等事業」等を通じ、静岡県の浜松地域(浜松医科大学、はままつ次世代光・健康医療産業創出拠点)と10年以上にわたる交流も行っています。毎年、「信州・浜松拠点間交流会議」を開催し、医療機器開発における情報交換と地域間連携を進めています。

成長分野の高度専門人材を育成 リカレント・リスキリングにも着手

 ―教育面での構想については、いかがですか。
 VUCA(ブーカ:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性))の時代と言われるように、社会が複雑化し、不透明さが増している中で、地方では人材の重要さがこれまで以上に高まっていくでしょう。こうしたことから、教育・人材育成の面でも、取り組みを強化したいと考えています。
 「地域基幹産業を再定義・刷新する人材創出プログラム「ENGINE」」や、「『かがやき・つなぐ』北陸・信州留学生就職促進プログラム」の後継事業である「信州留学生就職促進プログラム「留JOB信州」」といった既存の広域連携プログラムを着実に推進していきます。
 これと並行して「「しあわせ信州」を創造する地域活性化高度人材育成プログラム」を通じて、県内大学との連携にも力を入れます。県内大学との連携は地域中核大学としての役割を担っていくうえで非常に重要ですし、得られたノウハウを県外大学との連携に活かすことも期待できます。また、同プログラムで育成を目指す高度専門人材はDX(デジタル・トランスフォーメーション)・GX(グリーン・トランスフォーメーション)といった成長分野をけん引する存在であり、長野県のみならず多くの地域でニーズが高く、人材育成の成果を県外に横展開することもできるでしょう。
 社会の産業構造の変化に対応しようと、社会人向けのリカレント・リスキリング教育も要請が増えています。そのため、地域の中核大学として、地域社会のニーズに応えるプログラム開発に取り組んでいきます。その一環として、民間企業や自治体の課題やニーズに合わせて、研修内容をカスタマイズできるオーダーメイド型の教育研修プログラムを新設しました。本学教員が民間企業などに出向いて専門知識を提供することにより、地域における高度人材の育成に貢献したいと考えています。最近は、学位という形式にとらわれず短期間で特定の専門分野を学び、その学習歴をキャリアアップに活かす「マイクロクレデンシャル」が社会で注目されていますので、ニーズは高いのではないかと思います。
 このように、リカレント・リスキリングの分野で大学のリソースを活用した教育を提供できれば、大学の価値をより高めることに繋がるのではないでしょうか。本学は多くのリソースを持っており、リカレント・リスキリング教育の場として大きな可能性を秘めていますので、そのあり方をさらに探求していきたいと思っています。

ギアを一段上げて改革を前進 中長期戦略を考える新組織も創設

 ―最後に、ビジョン実現に向けた心構えをお聞かせください。
 2023年3月、本学の多様な知を集結した戦略的組織「アドミニストレーション本部(AHSU)」を設置しました。より多様化・複雑化する社会課題に対応するため、大学経営に関する情報の収集と解析を行い、中長期的な大学経営について企画立案や、学内のマネジメント支援を行う組織です。今後、AHSUを中心に、VGSUを具体的な施策に落とし込み実行していくことで、新たな価値を創造し社会発展をけん引していきます。
 冒頭でお話ししましたが、本学の価値創造と社会的責任を果たすための具体的な行動計画として、「信州大学改革実行プランinGEAR」を2022年度に策定しています。さらに今回、VGSUを掲げたことで、本学の目指す姿がより明確になったと思います。
 信州大学は、VGSUの旗印の下で、隣接する市町村や県とも連携し、広域での産学連携や地域連携に取り組み、この地域と一緒に発展する未来に貢献していく所存です。地域中核大学としての信州大学に引き続きご期待ください。

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