地域コミュニケーション

「絶滅危惧種のオオルリシジミを復活させる」地域と歩む。其の四 安曇野市Vol.3

絶滅危惧種のオオルリシジミを復活させる 保護団体「安曇野オオルリシジミ保護対策会議」との連携

2011年5月、「安曇野オオルリシジミ保護対策会議」と信州大学農学部附属アルプス圏フィールド科学教育研究センター(AFC)昆虫生態学研究室(中村寛志教授)が安曇野にオオルリシジミの自然個体群を回復させた。
研究に携わった江田慧子さん(大学院総合工学系研究科2年)らが目指した、保全保護の現場に対応する研究は、オオルリシジミの保護対策活動を大きく前進させることになった。(文・中山 万美子)


・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第74号(2012.3.30発行)より

オオルリシジミとは

オオルリシジミは、開長3~4cmの瑠璃色の羽をもつ小さなかわいらしいチョウだ。かつては東北地方や中部地方など各地で見られたが、現在は長野県の安曇野市、東御市、飯山市、そして九州阿蘇地方にしか生息していない。

初夏に蛹(さなぎ)から羽化した成虫がクララという植物のつぼみに卵を産む。オオルリシジミはクララの花とつぼみしか食べない。1週間で孵化し、幼虫になる。幼虫は1カ月後に土の中で蛹となり、そのまま初夏を待つ。羽化して飛んでいる姿が見られるのは5月下旬~6月中旬だけだ。環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧Ⅰ類に指定され、さらに長野県指定希少野生動植物*1にも指定されている。

*1長野県指定希少野生動植物を無断で捕獲すると、30万円以下の罰金が科せられる(長野県希少野生動物保護条例 条例第32号)

蛹を撒いても、次世代が定着しない

安曇野市では、1991年の個体確認を最後にオオルリシジミが絶滅したが、3年後に野外で再度発見された。それは半人工飼育によるものだったが、皆でこれを守っていこうと「安曇野オオルリシジミ保護対策会議」(以降、保護対策会議)を設立した。その後、国営アルプスあづみの公園内に保護区が設定され、放チョウ(蛹)に取り組んだ。

しかし数年取り組んでも、次世代の定着は難しかった。「我々も目で確認できるいろいろな天敵を知っていましたが、それだけではない何かがあるから、ここまで減ってしまうのだろうと、中村研究室に調査研究をお願いすることになりました」(那須野 雅好代表)

依頼を受けた中村研究室では、2005年から調査を開始して2007年までに、卵から蛹になるまで段階ごとの死亡率を調べた。すると、すでに卵の、あるいは孵化したばかりの段階(1齢幼虫)でほとんどが死亡し、蛹になる前には、ほぼ全滅に近い状態だったことが判明した。特に卵の段階の死亡が多かった。どうやらその主な原因は、成虫でも体長わずか0.5mm程のメアカタマゴバチの寄生によるものだということもわかってきた。

寄生蜂駆除のため、国営公園で野焼きを実施

江田 慧子さん

江田 慧子(こうだけいこ)さん
2008年3月信州大学農学部卒業
現在大学院総合工学系研究科(博士課程)2年
父親は信州大学を卒業した昆虫学者。子どもの頃、ギフチョウを飼育した経験を持つ。
伊那谷のミヤマシジミ、ヒメシジミの研究・保全保護活動も行っている。

先輩から研究を引き継いだ江田慧子さんは、寄生率を調査。なんと60~80%の卵が寄生されていた。安曇野市よりも数年遅れで保護活動を始めながら、順調に復活している東御市の30~40%よりずっと多い。「メアカタマゴバチを減らすことができれば、生存率は大幅にあがるはずだ。東御市との違いはどこに?」

その違いは、管理方法だった。東御市では自生するクララが田畑のまわりに点在していて、野焼きなどの手入れが行われている。一方安曇野市の保護区は国営公園の計画用地のため、野焼をしていない。江田さんは「野焼き」に注目した。
日本人は古くから草原を維持管理するために、野焼きを行ってきた。過去のオオルリシジミの分布もそういった半自然草原のあるところと重なっている。

そしてメアカタマゴバチは、オオルリシジミが蛹で土に潜っている冬から春にかけて、地表でほかのガやチョウの卵に寄生している。この時期に野焼きができれば、メアカタマゴバチは寄生卵ごと焼かれ、駆除ができる。そこへオオルリシジミが成虫となって土から這い出し、天敵が少ない中で産卵すれば、卵は順調に孵化して幼虫になるだろう。

江田さんは、まず公園内で試験的な野焼きについて交渉し、2009年に野焼きを実施した。その結果、寄生されたのはわずか2%のみだった。保護対策会議では、この調査データを示して、さらに広い範囲で定期的に野焼きが行えるよう国営公園に交渉し、許可を得た。2010年、2011年と続けて野焼きをすると、2011年には、蛹をまかなくても、オオルリシジミの成虫が現れたのだ。

人の暮らしと共に生きる小さな生き物

オオルリシジミの本

手前左が「ちょうちょのりりぃ オオルリシジミのおはなし」。
手前右は信州大学山岳科学総合研究所発行「蝶からのメッセージ」
江田さんが一部執筆し、中村教授と編集した。
他は絵本の販促グッズと保全保護活動のためのパンフレット。すべて江田さんが自ら制作した。

オオルリシジミの幼虫の餌となるクララは、かつて薬草やトイレのうじ殺しとして役立っていた。人々はクララを刈り取らなかったし、農地を維持するための野焼きも、毎年行っていた。オオルリシジミは、人が手を入れた「半自然」だからこそ、生きることができた。

江田さんは、そんな人の暮らしの傍らにいる「小さな生き物たちの姿を知ってほしい」と保全保護につながるさまざまなメッセージを発信している。新聞記事を連載し、昨年夏には「ちょうちょのりりぃ オオルリシジミのおはなし」(作:江田慧子/絵:さくらい史門/発行:オフィスエム)という絵本も出版し、読み聞かせまで行った。

いかに社会に役立つか、対策には何が必要かという視点

那須野 雅好氏

那須野 雅好氏
安曇野オオルリシジミ保護対策会議 代表
(安曇野市教育委員会文化課文化財保護係 係長)

調査の依頼主でもあり、研究活動のサポート役でもあった那須野代表は、こう語る。

「信大チームには、こちらのお願いした調査研究はすべて行っていただき、自然発生という成果につながりました。それは中村寛志研究室が、いかに社会に役立っていくか、対策には何が必要かという視点をもって研究されているからだと思います。この他にも江田さんは、我々の飼育状況を見て、第二化成虫*2を防ぐ対策を研究、検証してくれました。これまでは夏のうちにかなりの蛹が羽化してしまったこともあったのです。この気づきはすばらしかった。これからも保全保護活動を続けていく上で、信州大学と連携を図りながら取り組んでいきたいと思います」

中村寛志研究室は、今後も保全保護活動をベースに地域との協力関係が続きそうだ。ちなみに江田さんは、一連の研究により、平成23年度日本環境動物昆虫学会奨励賞を学生として初めて受賞した。

*2 第二化成虫:同年で初めに羽化した成虫の卵から羽化した成虫のこと。オオルリシジミの場合、自然では発生しない。餌のクララの花・つぼみがない時期に成虫になっても死んでしまうため、発生は飼育の妨げとなった。

安曇野を学術研究の主要フィールドとしたオール信大での連携強化に期待

連携の背景と多彩な波及効果

市が合併して初めて分かったことは、5地域がそれぞれ持っていた歴史、文化、伝統が安曇野という舞台で相互に連携した地域であったこと。この「文化面から市の一体感を図る」必要があり、学術的に調査研究していただこう、というのが最初の連携の目的でした。今では多彩な研究報告会や市民大学講座などで市民との熱心な意見交換が交わされ、生涯学習の花が大きく開いています。

安曇野市の一体感を図るため、風土面からのアプローチとして3年計画で人文学部笹本教授による委託研究をお願いし「安曇野風土記」として発刊できる段階になったことも、今後の市にとって大きな成果です。
安曇野市中央図書館「みらい」の開館で、市民からより専門的な書籍を求める声が多く、信大附属図書館との連携が実現したこともうれしいことです。

また、「地下水の保全」、「安曇野の景観」など、安曇野市の抱えている課題について、各専門分野から信大の教授を委員にお願いし、市のあるべき方向を示していただいているほか、安曇野をフィールドとして様々な分野から市と共に調査研究を行っていただくなど、連携は信大の全学部へと広がっています。訪れる信大生も増えたようで、「学生が歩ける街」も今後の街づくりのテーマにもなりそうです。


市民+行政+大学のトライアングル連携

歴史、文化、伝統を知り、今後の安曇野を創造していく中で、発展を求める市民の声と保全を求める市民の声、人工的な力から自然の治癒力を生かした街づくりなど新たな視点での政策が求められてきていますが、行政だけでは解決できない課題が数多くあります。市民、行政、大学が連携し、市民の役割、行政の役割、そして信州大学全ての学部が連携しトライアングルを組み連携強化を図っていく必要があると考えています。



土肥三夫氏

土肥 三夫氏
安曇野市役所 総務部長
京都市出身、京都市出身、信州大学卒業後、明科町役場の職員となる。
平成17年10月1日市町村合併により安曇野市となり、企画財政部長、総務部長などを歴任
趣味は、サッカー、現在市役所サッカー部の部長

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