地域コミュニケーション

地域と歩む。其の参 vol.2 伊那市と進める里地・里山キャンパスづくり

悠久の昔に思いを馳せ「天下第一の桜」の史跡高遠城跡を守り育む

史跡高遠城跡整備実施計画策定事業

本学と伊那市は平成17年に包括的連携協定を結んでいる。これは、地域の文化・産業・医療の振興、地域資源の保全・活用、教育及び人材育成、自然学習・環境保全、安心・安全の地域づくり等さまざまな分野で協力するというものだ。
同年に発足し、休止していた「史跡高遠城跡整備委員会」が、昨年8月に再び活動を開始した。本学の笹本正治副学長が委員長に就任し、農学部の佐々木邦博教授と岡野哲郎教授も委員に名を連ねる。
「歴史」「造園」「樹木」それぞれの研究者が、専門を生かして取り組む「高遠城跡の未来」への思いを聞いた。

(文・金井奈津子)


・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第73号(2012.1.31発行)より

歴史に学び、未来を創るプロジェクト

城跡と里山文化について解説する笹本正治教授
城跡と里山文化について解説する笹本正治教授
旧高遠城之真景
池上秀畝 画 「旧高遠城之真景」年代不詳
伊那市立高遠町歴史博物館所属
日本画家池上秀畝が描いた、廃城以前の高遠城の姿


 笹本教授と高遠城跡との関わりは昭和61年に遡る。「高遠城跡」は昭和48年に国の史跡指定を受けた。史跡の保存、復元整備の基本計画やその実施のため「高遠城跡保存管理計画策定専門委員会」を設置。当時、助教授だった笹本教授が日本近世史の専門家として参加した。平成12年度には「史跡高遠城跡整備基本計画」を策定、17年度には地域の特性を生かし、高遠城跡らしい将来の姿を描き、保存・活用していくために、「史跡高遠城跡整備実施計画」が決まった。

四半世紀にもわたり、高遠城跡と深く関わる笹本教授にとって、今回の計画はどんなものなのか-。
「造園、樹木、そして歴史。それぞれの専門分野を生かし、『高遠城跡の未来』を多角的に考える一翼を担えるのは、本学ならではと自負しています。その知識や人間性はもちろんですが、『気心の知れた仲間』でもある先生方のご協力を得られることは、課題を率直に言い合って、本音で高遠城跡のこれからを語れるということです。人と人の繋がりを生かし、歴史に学び、地域の文化や景観を作っていく。やがて、それも歴史になっていく・・・。それは素晴らしいことではないでしょうか」

高遠城は多くの謎に包まれている。築城年も、その場所さえも明確ではない。「平安時代の末頃から、この付近を支配する領主の居城があった」「南北朝のころから7代にわたって高遠の領主であった高遠氏の居城があった」などの諸説があるが、いずれもその位置を示す史料は残っていないのだ。
確実な史料と言われるのは武田信玄の側近、高白斎が書いた「高白斎記」にある「天文十六年三月 高遠山の城 鍬立」の記載だ。しかし、信玄が新しく建てたものなのか、滅ぼした高遠氏の居城を拡張改修したのかは不明。信玄の参謀をつとめ、築城技術に優れていた山本勘助の「縄張り」で行われたとも言われ、今も『勘助曲輪』と呼ばれる郭が残っており、高遠城は信玄の築城と言われている。武田信玄の研究者である笹本教授にとって、高遠城は特別な城なのだ。

「高遠城の特徴は、城の弱点である東側を守るために掘られた巨大な堀切です。本丸から遠いところほど掘が大きくなっています。堀切と土塁で城を守り、土塁の上にはさらに塀が設けられていました。いかに城を守ろうとしていたかがよくわかります」と笹本教授。そして、高遠町の魅力を「山にひっそりと抱かれるようにこの地に住んだ人々は、独自の文化を育んできました。先人たちから受け継ぐ文化を大切に守り、また子に伝えていく。田山花袋の歌にあるように、『たかとほは山裾のまち古きまちゆきあふ子等のうつくしき町』なのです。見知らぬ私にもよく挨拶をしてくれる、うつくしき子等が今も変わらず育ち、その子等を育む親や、天下第一の桜が咲き誇る地域とそれを守る人々がいる。その高遠の城と桜を守るために信大がお役に立てることを、とてもうれしく思っています」

 

史跡に親しめる、工夫ある公園をめざして

史跡と公園のあり方について提言する佐々木邦博教授
史跡と公園のあり方について提言する佐々木邦博教授

佐々木邦博教授は造園学を専門とし、快適な住環境のための庭園や、暮らしの場の近くで人々が集う公園、さらに里山、自然公園のレクリエーション利用、優れた緑の景観や環境を保全し、育むための研究も行っている。

「江戸時代にはすでに現在の公園のような役割を持つ『遊観所』があり、松や桜、楓を植え、桜の季節には人々はお弁当を広げ、酒盛りをし、今よりもっと華やかにお花見を楽しんでいました。例えば、花見の席では武士や農民などの身分の区別はなく、お互いに誰だかわからないように、仮面を付けて宴席に興じることも あったのです」。
年に1度の桜の季節は、その魅力と魔力に酔う、日常とはかけ離れた時間だったのだ。

「明治6年に政府が出した太政官布告 第16号は『公園という制度を発足させる』というものでした。それにいち早く応じたのが、この高遠城址公園です。それまでのお城は役所と同じで、庶民が出入りできるところではありませんが、廃藩置県により高遠城は取り壊しになり、自由に入れる場所になりました。荒れていた城跡に旧藩士たちが中心となって、 桜を植え、太鼓楼を移築し、公園として整備していきました」

「歴史を深く理解し、大切な史跡を保存した上で、公園として、多くの人が『史跡に親しみ、楽しみ、学習できる』ようにすることが、私の役割だと思っています。例えば、二の丸や本丸の門の部材が保管されているので、それを参考に一部 を復元したり、本丸の周囲に一部残っている土塁を復元したり。かつての本丸の御殿があった場所がわかるように園路のルートを変えるなど、工夫して整えてい こうと考えています」

周辺の自然をお手本に、「城らしい林」を再現

公園内の「銘木」について語る岡野哲郎教授
公園内の「銘木」について語る岡野哲郎教授
ライトアップされ幻想的な桜
ライトアップされ幻想的な桜(桜雲橋とお堀付近)

「高遠」の名を広く知らしめた「天下第一の桜」。これはエドヒガンとキンキマメザクラの血統を継ぐ「タカトオコヒガン」という品種で、ソメイヨシノより花 はやや小さいが、桜色が濃く、鮮やかなのが特徴。高遠藩の馬場にあった桜を旧藩士たちが移植したものがはじまりだ。今では1500本にもなり、満開の時には公園全体が桜色に染まる。

森林生態学、造林学が専門の岡野哲郎教授は、その桜や、公園の林とその周辺の森を、樹木の生活史や成長過程、植生構造、更新動 態などの視点から観察し、公園内の林を「自然再生力を活用した植栽にすること」をめざす。
「例えばカラマツ人工林は、本来お城にはない林。ですから、それを伐採し、近自然の樹林を作っていきたい。そのためには、周囲に残されている自然林を参考にし、これに類似した樹種の組み合わせを目指します。そのためには,植栽に加えて森林の自然再生力をも活用します。お城にふさわしい景観を持つ林を造成したいですね」

また、公園内にある木を文化財に指定するという試みも進行中だ。
岡野教授は「このモミの樹齢は確実に100年を超えています。健康で、真っ直ぐに伸び、腐ったり、枝が枯れたりしていない。その姿の素晴らしさはもちろん、 厳しい冬にも葉が枯れ落ちることのない常緑樹は繁栄を意味し、お城と共存してきたと考えられます。その歴史を考えると、文化財として相応しいものであると思います」と語る。

信大と力を合わせ、「城跡」としても魅力あふれるものへ

今回、取材のアテンドを頂いた伊那市の担当者、大澤さんは本学の卒業生であり、笹本教授の教え子でもある。計画策定のための事務局案の作成、会議開催など計画全体の管理や、国や県とのコーディネートを行う。

高遠と信大の繋がりは、高遠藩の学問所であった「進徳館」(のちの高遠学校)の書籍が、信大(長野県師範学校)へ移された明治時代に始まる。その4473冊は140年の時を超え、平成14年に信大が高遠町に永代貸与している。
「町民やすべての研究者が活用できるようにとの目的で、信大から里帰りし、高遠町図書館で読むことができます。高遠町と深い繋がりがある母校の先生方と共に、町のシンボルである城跡と桜を、守り育むことができることを、とてもうれしく思います。桜の名所としては有名ですが、城跡としての認知度は高いとは言えないので、多くの方が訪れたくなるよう、魅力ある城跡として整えていきたいです」と大澤さん。

確かな力に、若い感性が加わり、歴史に残る取り組みが生まれることだろう。


大澤佳寿子さん

大澤 佳寿子(おおさわかずこ)さん 
伊那市教育委員会 高遠長谷教育振興課 文化財係

長野県安曇野市生まれ、平成13年3月信州大学人文学部卒、高遠町役場に入庁、教育委員会で文化財保護業務にあたる。市町村合併を経て、伊那市現職。趣味は旅行。



Profile
岡野哲郎教授

岡野 哲郎(おかのてつお) 教授
農学部 森林科学科 山地環境保全学

1983年岩手大学卒業。
1987年九州大学博士課程(後期)中退 /1987年九州大学助手。1998年同大助教授。
2004年信州大学農学部。
信州をはじめ、伊豆七島御蔵島や北海道十勝の森にも調査に出かける。









笹本正治教授

笹本 正治(ささもとしょうじ) 教授 
人文学部 人間情報学科 地域文化変動論

(広報・情報担当副学長 信州大学・附属図書館長)
1974年信州大学人文学部文学科卒業。
1977年名古屋大学文学研究科博士課程前期修了。
1977年名古屋大学文学部助手。
1984年信州大学人文学部助教授。
2008年人文学部学部長補佐。
2009年10月副学長。







佐々木邦博教授

佐々木 邦博(ささきくにひろ) 教授 
農学部 森林化学科 緑地環境文化学

1979年京都大学文学部文学科卒業。
1985年京都大学大学院農学研究科修了。日本都市計画学会等に所属。
研究分野は造園学、主に史跡公園の整備と活用などを研究。
「庭園史を歩く」(昭和堂)など著書多数。


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