地域コミュニケーション

大町市と進める岳のまちづくり

大町市と進める岳のまちづくり

  信州大学では、北アルプス山麓の“岳のまち”大町市との間で、包括的連携協定を結び(平成19年12月)、文化・産業・医療・教育・学術などの分野で相互に協力し、地域の発展と人材の育成に資することを目指している。
  峻嶮な北アルプスに象徴される雄大な自然。黒部ダムの豪快な放水にイメージされる清らかで豊富な水。そして、それら自然的資源を活用して営々と歩みを重ねてきた産業・文化・観光・暮らしの歴史。
  こうした地域の財産を、総合大学としての信州大学が有する豊富で多角的な研究の視点から検証・再評価しつつ、大町市の人々と共に、新たな大町・北安曇地域を創造していくことが求められているのだ。
  信大全学と自治体で締結している包括的連携協定は、平成23年9月現在で11に及ぶ。学部等と自治体との間で結んでいる連携協定は16。その他、企業・金融機関・高等学校などとの連携協定も数多い。「地域と歩む」は、信大の現在の大きなテーマである。
  その現状と今後の展望はどのようなものか? ─ シリーズ2回目の今回は、大町市との共同の歩みに焦点を当て、地域ブランド研究、山岳科学の共同研究、理科を中心とする理系教員養成などの取り組みの実態を追った。

                                                     ・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第71号(2011.9.30発行)より

めぐるり 水の旅 地域ブランドを 若者の目で

林 靖人
林 靖人(はやし やすと) 信州大学―大町市地域ブランド共同研究プロジェクト担当教員。産学官連携推進本部研究員。人文学部文化情報論講座非常勤講師。


“点”から“面”へ?個別資源の消費から地域の消費へ

  「水の里の旅コンテスト」で大賞に輝いたプランは、3,000メートル級の山々が連なる大町市を舞台に、「水」をストーリーの軸にして、地域の豊かな資源に関連性を持たせ、大町・北安曇地域の全体を楽しんでもらうことを狙ったものだ。
  従来から、「大町の水の豊かさ」に触れる観光ガイドブックなどもないわけではなかった。だが、「水」をキーワードにして、黒部ダムから豊かな森林や美しい湖、心和む温泉、さらには人々の生活が息づく街並みや産業・食にまで総合的に視点を広げたことが一つの特徴。
  立山黒部アルペンルートや大町温泉郷など一つずつを取り出せば、それぞれ素晴らしいポテンシャルのある資源が多い大町市だが、それに比して「大町市」の認知度・知名度は相対的に高くなく、誘客の機会喪失や非効率につながっていた。
  これを、「地域を売る」「地域を消費してもらう」という「地域ブランドづくり」の視点から打開しようと考えた。

 

「ファッション」通じて旅・水文化へ─ターゲットは若者層─

  もう一つの特徴は、水文化や旅行に馴染みが薄く、関心があまり高くない「若者」をターゲットにしていること。「水文化」「山岳」と言えば、とかく「視察」「体験」が前面に出た堅苦しいイメージのものになりがちだが、その点を、大学生の若い感性を活かし、「ファッション」を切り口にして受け入れられやすいものにした。「山歩き」を「山のファッション」とともに楽しむ「山ガール」ブームの根底にある発想だ。「地域資源の活用を技術的アプローチではなく社会科学的なアプローチから考えてみました。そこに若者の感性を活かし、新たな層を惹きつける方法を生み出そうとしたのです」とプロジェクトの担当教員である林靖人研究員は話す。

 

日本最先端の山岳研究 山岳博物館創立60周年で連携企画展

宮野 大町山岳博物館長
カモシカの展示の前で宮野 大町山岳博物館長
企画展の様子

  大町市と信州大学の連携の一つの柱を構成するのが、日本最先端の多角的な山岳研究の分野だ。その歴史は古く、昭和33年、針ノ木岳自然園の開設のための基礎調査を4月から10月まで信州大学が協力したことに端を発する。
  以来、特別天然記念物ライチョウの保護・飼育に関わる取組み、高瀬川電源開発にともなう環境変化の調査・研究―などを共同で行ってきた。大町市と信州大学との包括的連携協定締結への道筋をつけたのが、この山岳研究の分野だと言っても過言ではなかろう。
  同協定締結をステップにして、平成22年からは、小坂共榮名誉教授(前副学長)が山岳博物館専門員として地質関係の分野を担当するほか、山小屋研究、山岳気象観測などで、新たな共同研究を進めている。
  本年(平成23年)4月~6月には、大町山岳博物館創立60周年を記念して、同博物館と信州大学山岳科学総合研究所が協力して連携企画展「山岳を科学する2011」を開催。登山愛好家、自然環境問題に関心のある方、一般市民や学生・生徒等多くの見学者が訪れた。特に、信大の研究者たちが実際に使う捕虫網や測量器具などの展示が、「普段は触れることのできない自然科学者の仕事ぶりを垣間見られる」と好評だったという。また、期間中に5回に分けて開催された鈴木啓助所長をはじめとする5名の研究所教員による講演会も、毎回大勢の参加者を得て大好評であったと聞く。
  大町山岳博物館の宮野典夫館長は次のように語る。「大町市は北アルプスの山麓の街。山岳を研究し、学習するのに最適なフィールドです。その地で地域の博物館と信州大学が共同して研究・教育活動を展開できることは素晴らしいことだと思います。60周年を記念しての連携企画展では、信大が持つ高度な専門的研究内容と、当博物館が持つ展示・解説・教育のノウハウを、相互補完的に活用することができ、山岳研究・教育の新しい時代を拓く扉が開けたような気がしています」。

 

 

■連携企画展の主な展示内容
[( )内は信大山岳科学総合研究所の担当教員]
鷹の目と蟻の目で森を見る(加藤正人氏ら)
雪が語る山の環境(鈴木啓助氏)
上高地の生い立ちを探る(原山智氏、河合小百合氏)
水生昆虫のすみわけとDNA(東城幸治氏)
DNA塩基配列の決定法(上田昇平氏)
南北アルプスの稜線とお花畑の蝶(中村寛志氏)
山のタテモノをはかる(土本俊和氏、梅干野成央氏)
登山と体力―インターバル速歩で登山力をアップ―(能勢博氏)
など

山小屋に見る山岳建築の歴史 建築文化・景観形成の視点から

フィールドノート
梅干野助教 山小屋調査で作成したフィールドノートを手に。
山岳景観
山小屋も山岳景観の重要なポイントになっている北アルプス(写真提供:梅干野助教)

国の登録有形文化財に登録されることが決まった嘉門次小屋囲炉裏の間(写真提供:梅干野助教)

  連携企画展では、北アルプスの山小屋を通じて山の建築史や登山史を再発掘する研究もあった。信大山岳科学総合研究所の一員で、ともに工学部建築学科の土本俊和教授と梅干野成央(ほやの しげお)助教が進めるもので、日本では初めての分野の研究だ。
  「山岳は近代になりアルピニズムが普及する中で拓かれてきましたが、その中で、どこに、どのような山小屋の建物が、どのようにして建てられてきたのか?―を調査・研究することで、アルピニズムの普及以前から営々と続く、山岳と人間との関わり合いの歴史が浮かび上がってくると思うのです。」梅干野助教はこう語る。
  登山のガイドブックの山小屋紹介のようなものはこれまでもあったが、山小屋の構造を計測・記録し、地形や使用されている資材、現在に至る経緯などとの関係で調査・研究したものは、今までには日本にはなかったという。
  これまでの調査研究で、日本の近代登山普及に影響を与えたウォルター・ウェストンが明治24年から5回にわたり山行した島々から上高地に至る登山道で、ウェストンが宿泊・休憩した場所は、それ以前から山仕事等のために地元の人々が小さな小屋を建てていた場所であることが分かってきた。「私たちが目にしている景観は、実は、古から人々が山岳で育んできた文化を基盤にしているのです」と梅干野助教は力を込めた。
  この山小屋の研究について、大町山岳博物館側の担当者である清水隆寿学芸員は「これまでの登山史研究では重視されていなかった山小屋の建築に初めて焦点を当てた画期的な研究です。その研究成果も活かされて上高地の徳本峠小屋休憩所や同じく嘉門次小屋囲炉裏の間などが国の登録有形文化財に登録されることが決まりました。登山や山小屋への見方を大きく変える力を持っていると期待しています」と話す。

「理科好き」の子どもを増やすコア・サイエンス・ティーチャー(CST)養成プログラム

小坂名誉教授
学芸員をめざす学生に高瀬川の石について説明する小坂名誉教授(左)
木下教諭
「先生!どうして?」―生徒の元気な質問に答える木下教諭(小谷中学校教諭)

  大町市と信州大学は包括的連携協定に基づいて、共同で小中学校での教育の質的向上の試みも進めている。その一つがコア・サイエンス・ティーチャー養成拠点事業※1)である。これは大町・北安曇地域における、主に地質学関連のデジタル教材づくりを、地域の理科教員の集まりである北安曇理科研究会と協力して取り組む試みである。その中心が、昨年6月から大町山岳博物館の専門員となった前信大副学長の小坂共榮名誉教授だ。
  現在、小坂教授が制作中のデジタル教材は、「水の働き」「山のでき方」「石の種類」「断層とは何か」などをテーマにする授業の際に、それぞれの小中学校区ごとに野外で見学・体験できる場所を特定したり、学習素材・ノウハウなどを紹介したもの。
  専門領域の関係で、学校周辺の地学的特徴を把握しづらかったり、また忙しさで、生徒たちを野外へなかなか連れ出しにくいという現場の教員が多いと聞く。少しでも子供たちと野外で体験的な学習をする機会を増やすきっかけづくりにこの教材を利用してもらえれば、というのがこの事業の大きな目標の一つ、とのこと。また、ゆくゆくは、現場の先生たちが自分たちでこの教材をより良いものにしてくれることを期待しているとのことである。
  「大町市の高瀬川の河原には、北アルプス由来のさまざまな岩石が転がっています。それぞれの石には、山のなりたちやその歴史を考えるための手がかりが刻印されています。そういうことを、現場の教員の皆さんが、子どもたちに分かりやすく語ることができるようになれば、子どもの理科への関心は無限に広がっていくはずです」と小坂名誉教授は話す。このことは当然地質学だけでなく、生物学や気象学などの他分野にも応用可能だ。
  パートナーとして協力する北安曇理科研究会の木下政道教諭(小谷中学校)は「ネットを通じて地元の教材を入手でき、さらにそれに信大の専門的研究に基づく解説がされるわけですから、現場の理科教師はとても助かります。できる限り協力させていただき、充実したものができることを期待しています」と話した。

 

 

※1)■CST養成拠点事業とは?
  子どもの「理科離れ」が指摘されている中で、理数系中核教員=コア・サイエンス・ティーチャー(CST)の育成をめざす。平成22年から文部科学省の理数教育充実施策の一環として、(独)科学技術振興機構が進めるもので、信大は、長野県教育委員会とともに、全国の先進4地域の一つとして取り組みを開始した。
  現職教員のスキルアップをめざす「理科の伝道師講座」の開催、学生・教員に共通する「養成プログラム」の制作、実験教材パックやデジタル教材の制作などを内容とし、4年間で県内全域への拡大をめざす。そのうち、特にデジタル教材制作では、地元の松本市や、古くから山岳科学の共同研究を進めてきた実績がある大町市とその周辺の北安曇地域を選んだ。

大町市牛越徹 市長に聞く地域のための〝知の拠点〟に

牛越徹大町市長
「信大への期待は大きい」と話す牛越徹大町市長

─信大との連携の現状への評価は?
  大町市は、豊富な地域資源を持ちながらも、どこか閉塞感・停滞感が漂っていると言われ、それを跳ね返して、新たな地域振興をめざしてきた。その際にどのように地域振興を展開させるか、専門的な技術や知識によるサポートを求めて平成19年に包括的連携協定を結んだ。以来4年、さまざまな調査や事前準備を重ね、少しずつ連携の形と成果が表れてきている。

─具体的にはどのような点でか?
  山岳博物館と信大山岳科学総合研究所との連携は密になり、博物館創立60周年の連携企画展には5000人近くの方が訪れてくれた。大町は山岳研究のメッカになり始めている。大町総合病院と信大医学部や附属病院との連携も、医師の派遣などで地域に大きな恩恵をもたらしてくれている。学生さんたちの力で大町のブランドづくりを進めてくれているのもありがたい。

─国土交通省から「水の里の旅コンテスト」大賞を受賞したが?
  連携の大きな成果だ。大町は水の豊かな土地だが、地域の人はあまり関心がなかった。それを信大生が、水に関わる旅行商品にまとめ、外から、若い感性で刺激を与えてくれた。大町市の持つ地域資源を見直していこうという市民の動機づけにもつながっている。昨年の「黒部ダムカレー」の発表の時も思ったが、若い人は思いもかけないところに目を付け、そこからいろいろなものを関連付けてくれる。その視点は新鮮だし、大切だ。

─今後、信大との連携をどのように発展させたいか?
  信大は長野県唯一の総合大学だ。その学生・教員が行う教育・研究のフィールドとして大町市を活用してほしい。それにより、大学と地域の人々の交流も生まれ、大学側もメリットがあると思うし、住民も活力をもらえる。地域の産業・観光・教育・文化・暮らしの発展のために、信大には、それをサポートする〝知の拠点〟、シンクタンクになって欲しい。

TOPICS

人文学部生企画の旅行プランが、国土交通省「“水のめぐみ”とふれあう水の里の旅コンテスト2011」の大賞を受賞!


受賞の通知書を手に喜ぶ人文学部の学生たち


人文学部「文化情報論特論」の課外活動として企画した旅行プラン「めぐるり!信州大町うるおいの2日間」が今年、国土交通省の「“水のめぐみ”とふれあう水の里の旅コンテスト2011」で大賞を受賞した。
この企画は、平成20年度から継続する大町市と信州大学との「地域ブランド共同研究」の取り組みの一つで、平成22年度に取り組んだ産学官連携による「黒部ダムカレー」の商品化に続く第2弾。
大町市の魅力を発信し、観光振興につなげるために、地域の事業者や大町市役所等の協力をいただき作成した。この企画が大賞を受賞したことにより、大町の地域ブランド創造の取り組みは新たな段階にステップアップする。




黒部ダムカレー今年は県外へも展開

大町市・㈱サークルKサンクス・信州大学の連携企画により平成22年に新発売された黒部ダムカレー。黒部ダム建設当時から大町市で食べられてきたカレーを商品化したもので、発売直後から大評判。2年目の今年は、㈱サークルKサンクスにより、関東・富山・静岡・四国などでも特別販売された。

ページトップに戻る

地域コミュニケーション
バックナンバー
教育学部発!地域志向研究

[ブナの実活用プロジェクト]ブナプロ!

防災・減災 機能の強化を考える

平成26年度信州大学地域連携フォーラム

ふるさと信州の祭再発見 映像で学び再評価する霜月まつり

信州大学×日本ケーブルテレビ連盟 信越支部長野県協議会 連携協定
第3回連携 フォーラム

信州アカデミア 地域戦略プロフェッショナル・ゼミ 

全コース合同成果報告会+修了式

信州大学COC「信州アカデミア」

地域戦略プロフェッショナル・ゼミ開講!

海外事例調査大学の地域“連繋”の先進地域を見る! (Universiyty Engagement)
我らがふるさと  信州の火祭りフォーラム
「豊殿サイエンスキッズ」プロジェクト
地域と歩む。其の七 上田市
地域と歩む 其の六 須坂市vol.2
地域と歩む。其の六 須坂市 vol.1
長野県下伊那郡根羽村+信州大学農学部
伊那谷を農林ビジネスの拠点に
「変貌する里山」平成24年度公開講座
地域と歩む。 其の五 長野市vol.2
地域と歩む。長野市 vol.1
地域と歩む。其の四 Vol.3
地域と歩む。其の四 vol.2
地域と歩む。其の四 vol.1
地域と歩む。其の参 vol.3
地域と歩む。其の参 vol.2
地域と歩む。其の参 vol.1
名前の落としかた ~名づけと名付け以前とをめぐる~(人文学部)
地域と歩む。 其の弐
地域と歩む。其の壱
MINIKURART 【ミニクラート】
絵本制作グループ ”共創デザインラボ”
里山ボランティアサークル「洞楽村」
こいこい松本~松本国際ふるさと祭り~
伊那守【いなもり】 (農学部)
team HACILA(工学部有志)
"装いとまち”で展覧会をつくろう!
ハナサカ「軍手ィ」プロジェクト