地域コミュニケーション

地域と歩む。其の四 安曇野市vol.2 「水生生物の調査・保全活動からRDBづくりへ」

水生生物の調査・保全活動からRDBづくりへ

安曇野市には、こんこんと水が湧き出る湧水群がある。南北に流れる犀川は、北アルプスに源を発し、中央アルプス、乗鞍、美ヶ原の山系から水を集めている。
多様な生物が生息するこの辺りは、信州大学理学部生物科学科にとって重要な調査研究エリア。 教員・学生共に地元との関わりを深めている。安曇野各地で講演会・観察会などを行っているNPO法人「川の自然と文化研究所」は、構成員に信大関係者が多く、今年度より始まった安曇野市レッドデータブック(以下RDB)作成の中心的な役割を担っている。東城幸治准教授もその一人だ。
東城研究室で行われたユニークで新しい手法、携帯電話の画像送信サービス(*俗語で「写メ」)を取り入れたトノサマガエル種群調査を中心に、これらの活動をご紹介する。(文・中山 万美子)

※RDB:レッドデータブック。絶滅が危惧される生物の情報をまとめたもの

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第74号(2012.3.30発行)より
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トノサマガエル種群3種がいるのは長野県のみ

カエル
親子や一般の方から集まった多くの「写メ」画像。
皆さん楽しんで調査に協力してくれました。

数年前から、水田の整備や減反により、各地でカエルの減少が叫ばれている。環境省のRDBでは、トノサマガエル種群のうちナゴヤダルマガエルは絶滅危惧ⅠB類に、トウキョウダルマガエルは準絶滅危惧種にリストされている。とくにダルマガエル種群では個体数の減少ばかりでなく、トノサマガエルとの交雑がおき、純粋な遺伝的形質が失われる可能性も出てきている。トノサマガエルが勢力を伸ばしてきたのだ。
日本でこれらの3種が揃って生息しているのは、長野県のみ。

東城研究室では、2008年、当時3年生だった小巻翔平さん(広島大学大学院博士課程)が3種の交雑や分布状況を把握する研究を始めた。分布状況を知るために、できるだけ広範囲から多くの情報を集める必要がある。そこで東城准教授が考案したのが、一般の人々から「写メ」を使って情報を提供してもらう市民参加型の調査だった。

2009年、研究室ではさっそくチラシを作成し、配布。2010年の春から秋にかけて「写メ」を受けながら調査が行われ、92件の情報が寄せられた。その多くは男子小学生とお母さんで、親子が一緒に楽しみながら調査していた様子が伝わってきたという。安曇野市民の参加協力者も多く、中には小学校の先生がクラスの子ども達と一緒に取り組んでくれたりもした。

トノサマガエルは、川沿いを北進中。ナゴヤダルマガエルの生息状態は深刻

調査結果は、安曇野を含む松本盆地で、トウキョウダルマガエルとトノサマガエルが生息し、トノサマガエルが川沿いに北に進出していく状況が見られた。伊那盆地ではナゴヤダルマガエルとトノサマガエルがほぼ重なって分布しており、ナゴヤダルマガエル単独で生息しているエリアがほとんど見られない状況だった。30年前と比較すると、トノサマガエルの勢力が拡大している。遺伝子解析の結果、交雑もかなり進んでいることが明らかになった。特に伊那地域のナゴヤダルマガエルは深刻な状態にある。

この研究成果は国際誌に掲載予定だ。(『Zoological Science』2012年6月)。研究室では数年後にも同様の調査を行い、今後の動態も追究する予定という。
「今回の調査は試行的でしたが、『写メ』を用いた生物調査は効率よく、経費をかけずに多くのデータが集められます。特にGPS機能がついているものであれば、データの精度も高い。多くの人に楽しみながら参加してもらえる方法だと思います」(東城准教授)

富士山麓の湧水群より多様な生物が棲む

東城准教授の専門は、進化生物学。昆虫の生態調査や遺伝子解析などのデータから、昆虫の多様さはどのように進化してきたのかを探っている。准教授にとって、多様な生物が生息する安曇野の湧水群は絶好のフィールドだ。

「“生物の多様性”という観点では、富士山麓の湧水群より圧倒的に多様ではないかと思います。北アルプスは富士山より古い隆起で、その分長い時間をかけて築かれた生態系が成立していますし、連峰であること、またいくつもの河川や湧水が合流・集合していることで、様々な要素が一堂に会するような特徴があるのかもしれません」

准教授は学生たちと共に、複数の希少種が生息する烏川渓谷の「延命水」という国内屈指の大湧水に出かけ、カゲロウ類やカワゲラ類の調査をしたり、湧水河川の蓼川では、数年にわたって湧水性ヨコエビ類、底生動物、水生植物を調べている。

これらの研究成果は国内外の科学誌に発表してきた。

研究成果のフィードバック。RDBづくりに参加

水辺の観察会

「水辺の観察会」(自然体験交流センターせせらぎ・2009年)

水生生物観察会

「豊科南中学校のプール水生生物観察会」(2007年)

調査・研究ばかりではない。川の自然と文化研究所のメンバーとして、水辺の観察会や講演会、外来植物の駆除作業、豊科東小学校のビオトープづくり、豊科南中学校のプール水生生物観察会など、環境保全・環境教育の取組みも数多く実践している。これらの活動をもって、安曇野市のRDBづくりにも委員として参加、研究成果をフィードバックしている。

「平成25年度に発行予定のRDBは、単に絶滅危惧種のリストアップとその解説書ではなく、安曇野の自然の特徴や、市民がどのように自然と関わりをもってきたのか、などにも触れていきます。
例えば安曇野では、昔から稲干しのはざ掛けにハンノキを使ってきました。人々の暮らしは自然の恩恵を受けながら成り立ってきたこと、そこから生物多様性を保つことの意味や重要性を伝えます。また個体数や生息域ばかりでなく、遺伝的な多様性を維持することが重要であることなども盛り込む予定です。
さらに市民との協働でRDBを作りあげるために、今回のカエル調査も参考に、市民に広く呼びかけ、身近な生物に関する情報を集約するようなことも検討されています。私も委員やNPOのメンバーとして、できる限り協力したいと思っています」

制作の過程から参加する市民にとって、出来上がったRDBは、きっと愛着のある一冊になるだろう。信大の調査研究から、市民の環境保全活動へ、そして安曇野の生物多様性が保たれることにつながっていく。この活動は、まさに地域と歩んでいる。

Profile

東城 幸治(とうじょうこうじ)准教授信州大学 理学部 生物科学科 進化生物学
東城幸治准教授

筑波大学大学院博士課程生物科学研究科修了
1999年同生物科学系準研究員
2002年科学技術振興事業団科学技術特別研究員、日本学術振興会科学技術特別研究員
2004年信州大学助手
2012年同准教授
研究分野は進化生物学、系統分類学、比較発生学

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