スペシャルレポート

信州型水マネジメントモデルの検討

公共財としての水資源の保全と水利用イノベーションを目指して

 「水」は人間のあらゆる営みの根幹を担う資源だ。その「水」が近年、世界的に希少な資源となっており、日本の豊かな水資源がグローバルな獲得競争の渦に巻き込まれつつある。だが、現在の法制度や地域運営の仕組みではこれに対応出来ない。制度の見直しと共に、水資源を有効活用する技術の進歩や水資源活用のマネジメントが不可欠だ――今後の「信州型水マネジメントモデル」構想を考えるシンポジウムが、平成25年3月4日にホテルモンターニュ松本において本学主催で開催された。 (文・奥田 悠史)

※同プロジェクト代表の村山研一人文学部教授は平成25年5月に逝去されました。関係者一同、ご冥福をお祈りいたします。記事は故人が生前、広報誌に特集されたままを掲載しています。

文理融合で進める水利用イノベーション

 水資源の豊かな信州の環境を生かし、信州大学では、工学部を中心にナノ水力発電システムの開発や地下水を利用した次世代ヒートポンプ空調システムの開発などが行なわれてきている。しかし、こうした技術を社会に広く導入していくためには、河川等の水利権の壁をクリアしなくてはならない。また、地下水については、利用を規制する法が存在しておらず、ルール整備自体が立ち遅れているのが現状だ。水資源を有効に活用していくためには、総合的・包括的な水に関する法の整備や社会的な合意形成が求められている。
 こうした中、信州大学の「イノベーション政策に資する公共財としての水資源保全エネルギー利用に関する研究」が平成24年度、(独)科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)の採択事業に選ばれた。同研究は、社会科学研究グループ、自然科学研究グループ、マネジメントグループの3つのグループがそれぞれ連携する、文理融合型という特色ある取り組みだ。
 シンポジウムでは、山沢清人学長は「公共財としての水の問題は、日本全体で解決していかなくてはいけない問題だ。文理が協力し合って、解を求めていきたい」と挨拶した。
 続いて龍谷大学の堀尾正靭教授が「地域のグリーンイノベーションと水資源利用」と題して基調講演を行った。堀尾教授は、「現在は、エネルギー費用を地域外、国外に莫大なエネルギー費用を支払っている。河川等の本流はもちろんだが、支流や用水路を評価し、利用していくことが重要だ」と話した。先人が残した水の知恵を生かし、地域のための小水力発電を実現していくことが、地域の活性にも繋がるという意見だ。

地域との連携が鍵となる水資源活用

パネルディスカッションの様子
パネルディスカッションの様子

 ディスカッションは、2部構成で開催。信州大学の村山研一教授がコーディネーターを務めた。1部は、池田敏彦名誉教授・研究特任教授、藤縄克之教授、大江裕幸講師、天野良彦教授らに加え、成城大学の伊地知寛博教授、東京電力㈱水力発電技術担当の稲垣守人部長らの計8人で行なわれた。
 主題は「水」資源の活用。村山教授は「法整備などにも問題がある状態だが、コスト面でもまだまだ技術革新が必要ではないか」と問題提起。これに対し池田名誉教授・特任教授(研究)は「ナノ水車発電機は、工事費込みで1kW=50万円程度に抑える必要がある。ユニット化していくことが大切」と話した。小規模の発電システムでは1発電単価が高くなるのは避けられない。しかし、地域内でのエネルギー循環が進めば、地域外に漏れ出す資源を地域内で循環させることが出来るというメリットは大きい。
 続いて、地下水を活用した新しい取り組み「地下水制御空調システム」に話が及び、村山教授は「地下水を使うということに市民らは、必ずしもポジティブではない。環境に及ぼす影響を検証しながらルール作りをおこなう必要がある」と問題提起。藤縄教授は、「このシステムでは、活用した地下水をまた地下に戻すが、環境面に対する影響はほとんどない」と話した。
 環境への負荷等を数値化するなどの科学的なエビデンスを示し、住民の理解を得ながら進めていくこと、また、地域と住民・行政・企業・大学などが連携しながら水マネジメントを進めることの必要性が浮かび上がった。
 2部では、行政関係のパネリストが中心となり、5名が登壇。行政としての水資源への関わり方が主題となった。堀尾教授は「長野県は行政と現場の距離が非常に近い。行政が積極的に現場の声を汲み上げていくことが自然エネルギーの普及には重要」と話した。会場からも多くの質問が寄せられ、水資源の重要性が再認識された。
 シンポジウムの最後には、三浦義正副学長が挨拶し、「信州は日本の屋根。水をたくさん持っている。様々な資源を組み合わせ、もっと素晴らしい信州を目指したい」と締めくくった。

エコ水車の開発と普及

池田 敏彦
信州大学 池田 敏彦 名誉教授・研究特任教授

「環境に負荷が少ない、環境調和型ナノ水車の開発が重要。流れに置くだけで発電が可能で安価なものが必要だ」と池田名誉教授・研究特任教授は話す。日本の技術的・経済的に開発が可能な水力資源(包蔵水力)のうち未利用の部分が約50%もある。この50%を活用することが出来れば、約2億世帯分の電力が賄える。長野県は北海道、岐阜県に続き3番目の未開発包蔵水力を持っており、460万人分ものポテンシャルになるという調査結果がでているそうだ。
しかもこの調査では10kwW未満の小規模水力エネルギーは対象とされておらず、「農業用水路などの利用でポテンシャルはさらに広がる」と池田教授は話す。
現在、信大では、サボニウス水車、滝用水車、ジェット水車、せき水車の4種類の水車の実証実験、実用化を行なっているが、「色々な河川で用途に応じた水車を用いた多数の実証実験が重要。実証実験と基礎実験を踏まえて、発電システムの最適化を目指すことやコスト削減が課題」と展望を語った。

地下水制御空調システム

藤縄 克之
信州大学工学部 藤縄 克之 教授

「日本は、地中熱ヒートポンプの普及が遅れている」と藤縄教授は話す。地中熱ヒートポンプとは、地下水を汲み上げ、地上で熱交換し、冷暖房に使用する熱エネルギーを取り出すシステムだ。熱交換した地下水は、再び地下に戻す。
地下水というのは、経年を通して、温度の変化が少ないため、地下熱を利用することで、エネルギーの消費を大幅に抑える事が出来るのだ。
信大では、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構からの委託事業として、地下水制御型高効率ヒートポンプ空調システムの実証試験を行なっている。
「従来システムよりも高効率性を目指し、地下水の有効活用に繋げたい」と藤縄教授は語る。
松本盆地には約100億㎥もの地下水があると言われている。しかし、この資源を使い続けていくばかりだ。そのため、強化しながら活用することが重要だ。安曇野市では、遊水池の設置や水田活用などの取り組みを行なっている。保全と活用の両輪を上手く回していく事がキーになりそうだ。

水利に関する行政制度・法制度

大江 裕幸
信州大学経済学部 大江 裕幸 講師

伝統的な考え方では、河川は「公水」、地下水は「私水」とされている。この考え方に基づけば、地下水に規制を加える場合には慎重な検討が必要となる。
「地下水や水資源活用のイノベーションを進めていても、法の壁にぶつかってしまっては、元も子もない。法律の部分も理解して進める必要がある」と大江講師。
今後は、地下水の区分や法制度について考えていくことが重要になっていく。ただし、地方自治体が独自の規制を加えようとしても、国の法令との関係によっては、条例を制定することができない場合もあり、行政指導という形で協力を求めることにも一定の限界がある。また、河川や地下水は、市町村で区切られてはいない。そのため、地方自治体同士も連携していかなければこの問題を解決することは出来ない。
「国と地方自治体が連携し、この問題に取り組み、水についての現行法制を考え直すことが大切」と連携の重要性を語った。

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