ポリフェノールの1種「エピガロカテキン」4・5量体を世界で初めて化学合成!
自然界からは、人の手では一から合成することが難しい特殊な化学構造や、高い機能性を持つ天然有機化合物(天然物)が数多く見つかっています。2015年にノーベル賞を受賞した大村智博士が微生物から発見した化合物のように、科学が発達した現代でもなお、自然界には我々のくらしに役立つ多くの天然物が眠っていると考えられています。真壁秀文学術研究院(農学系)教授は、そのような天然物を探し求め、人工的に合成、改良することで、自然界からは微量しか得られない物質の有用性を明確にし、実用化するために研究を続けています。
今回ご紹介する特許技術は、がん細胞の転移抑制効果も期待できるポリフェノールの1種、プロアントシアニジン類「エピガロカテキンオリゴマー」の化学合成技術。これまでにない機能性食品の開発や、試薬品としての活用が期待できます。 (文・柳澤 愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第127号(2021.5.31発行)より
自然界から見出される天然物の有用性
ワインやお茶などに含まれることで有名なポリフェノールの1種「カテキン」には、さまざまな類縁体が存在します。真壁教授が化学合成に成功した「エピガロカテキンオリゴマー」は、カテキン類であるエピガロカテキン分子が複雑に結合した重合体(オリゴマー)。重合体は、その分子の数によって4量体、5量体などと呼ばれます。天然物の多くは、重合度が高くなればなるほど、さまざまな生理活性を示すことが分かっています。真壁教授が化学合成に成功したエピガロカテキンのうち、とくに高い機能性を示す5量体には、がんの転移に関わる遺伝子の発現を抑制することも発見されました。
カテキンや自然界に多いエピカテキンの合成例はあるものの、エピガロカテキンオリゴマーの化学合成は世界初。実は、エピガロカテキンの4量体、5量体は特殊な化合物で、未だ自然界から単体で発見された報告はありません。「存在していることは予想していたものの見つかっていない、未知の天然物でした」と真壁教授。最近になって、オクラの種に含まれていることが明らかとなりましたが、それも4量体から15量体の混合物が検出されたというレベルで、その構造や特性がはっきりと示された訳ではありませんでした。しかも、いかに有用な天然物であっても、自然界からはほんのわずかしか抽出できないことがほとんどです。
「このように、自然界から発見される天然物の多くは、高分子であればあるほど非常に複雑で化学的に不安定な状態です。そのため、高分子の天然物の多くは、化学合成によって初めてその特性や構造を詳細に知ることができるのです」(真壁教授)
がん抑制効果も期待できる機能性。 エピガロカテキンオリゴマーのすごさ
真壁教授の専門は天然物合成化学。医薬品や農薬などに使われる物質の多くは自然界にルーツを持ちます。真壁教授は、ブドウや小豆、お茶などから見出される天然物に焦点を当て、目的とする物質を定め単離・精製し、化学式を特定、人工的に化学合成する手法を開発してきました。
「とくに4量体以上となると、化学合成が途端に難しくなります。化合物を合成するためには、試薬を用いて化学反応を起こし、物質を活性化させる必要があります。しかし、高分子となればなるほど反応性が落ちてくるため、試薬をいかに選定し、どのような実験を行うかが非常に難しい点でした」(真壁教授)
真壁教授がエピガロカテキンオリゴマーの化学合成実験に使ったのは、ルイス酸という試薬。ルイス酸は、強いものを使うと反応が暴走し、一度にさまざまな重合体の混合物ができてしまいます。そのため、真壁教授は比較的温和な反応を示す、Yb(イッテルビウム)という金属が含まれる特殊なルイス酸を使用。温度などをコントロールしながら実験を繰り返し、2018年、世界で初めて化学合成に成功しました。天然物のポリフェノールに着目した2005年から、10年以上の歳月がかかったといいます。
機能性食品から試薬品まで。 実用化に向けた共同開発を目指したい
真壁教授は、藤井博特任教授(農学部)との学内共同研究によって機能性の探求にも取り組んできました。先述したがん転移遺伝子発現抑制活性は、この共同研究により発見されました。抗酸化作用や肥満の抑制、高血圧などの生活習慣病予防、抗ウイルス活性なども期待できるそうです。こうした生理活性が明らかとなれば、エピガロカテキンの重合体を含むオクラなどの農産物の機能性を再評価することにもつながります。
課題は収率の改善。化学合成には、どうしても副生成物が出てきてしまいます。現在、50%程度の収率を実現しており、実用化に向け、将来的には80%程度とすることを目指しています。また、さらなる高次重合体の合成についても研究を進めたいといいます。
この化学合成技術は、エピガロカテキンオリゴマーの実用化に向けた第1歩。最も期待できるのが、標準化合物としての利用です。農産物の抽出物に様々な重合度のエピガロカテキンがふくまれるだけではなく、さらにそれらの構造も多岐にわたるため、含有成分の特徴を知るためにも、指標となる標準物質の存在は不可欠です。さらに、標準化合物の機能性を実証することで、それを高含有する野菜や果物、さらには加工残渣を見つけ出し、機能性食品や機能性素材の原料としての利活用も考えられます。そのため、試薬メーカーや食品メーカーとの共同研究も期待したいといいます。
ポリフェノールの多くは、リンゴの果皮やブドウの果柄など、可食部以外の部分に多く含まれています。「ポリフェノールは果実が自身の身を守るために作っているのではないかと私は推測しています。だからこそ、これだけの機能性が見出されるのでしょう」(真壁教授)。自然界の神秘的ともいえる複雑な力を見出し、引き出してきた真壁教授。これからの研究にも期待がかかります。