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研究ハイライト

  1. 農業分野に展開!ナノファイバー不織布の果実袋。
注目の研究
2021年3月3日(水)

農業分野に展開!ナノファイバー不織布の果実袋。

通気性を増し、糖度もアップし、果肉も硬くなり食感アップ、いいことづくめのナノファイバー不織布果実袋を発表!
信州大学先鋭領域融合研究群国際ファイバー工学研究拠点 金翼水教授

 ナノファイバー研究を行う先鋭領域融合研究群国際ファイバー工学研究拠点/繊維学部機械・ロボット学科の金翼水(キムイクス)教授は、2020年10月、ナノファイバー不織布を使った「ブドウ用果実袋」を発表、記者会見を行いました。ナノファイバーという言葉をご存知の方もおられると思いますが、1本の太さが100nm(ナノメートル)以下、髪の毛の約500分の1という超極細繊維で、マスクやアウトドア用品、車両用部品などに使われ、次々と実用化が進んでいます。
 そして、今回は異色ともいえる農業分野での活用法が実現。旧来、形や機能が変わらない製品が長く市場を占有することの多い農業資材業界で、新たな展開をみせています。(文・柳澤 愛由)

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第125号(2021.1.29発行)より

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手に持つのはナノファイバー素材を用いた果実袋。縦の帯がナノファイバーになっている。

信州大学先鋭領域融合研究群
国際ファイバー工学研究拠点

金 翼水 学術研究院(繊維学系)教授

PROFLE
2000年名古屋大学大学院工学研究科物質制御工学専攻(博士課程)修了。2003年信州大学に着任。
韓国ソウル大学招聘教授、中国蘇州大学Visiting distinguished professor。2015年ライジングスター教員などを経て、2018年より現職。

果樹栽培に革命!ナノファイバー不織布の“窓”がある果実袋を開発

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ナノファイバー素材を用いた果実袋2種。緑の袋は日光を通し色味が良くなるのでシャインマスカットなどに、白の袋は日光を通さないのでナガノパープルのように黒っぽい果実に向いている。

 果実袋とは、ブドウやナシなどの果樹栽培で使われる農業用資材です。病害虫の発生予防、傷や日焼けの防止、風雨からの保護、着色管理などを目的に、果実ひとつひとつに掛けられます。しかし、従来の果実袋はほとんどが紙製。通気性が低く、湿度が高い状態で掛けると内部が蒸れ、逆に病気を誘発したり、空気を通すための通気孔から害虫が入り込み被害が増大したりするケースもありました。金翼水教授は、こうした課題を解決するため片面の一部をナノファイバー不織布に置き換えたブドウ用果実袋を開発しました。「従来の果実袋にナノファイバー製の窓ができた、とイメージをしてもらえればいいと思います。通気性は従来の製品と比較すると約50倍と格段に向上しています」(金教授)。
 ナノファイバーは、1本の太さが100nm程度の超極細繊維。不織布にすると超微細な空洞が無数にでき、空気は通しても分子の大きな水などは通さない、特殊な素材をつくることができます。その特性を応用することで、高い通気性と防水性を併せ持った果実袋の開発を可能にしました。
 栽培試験でも高い成果が得られています。試験には、ブドウの産地、長野県中野市を管轄するJA中野市が協力しました。高級ブドウとして人気の高いシャインマスカット、ナガノパープル各1,000房、合計2,000房を対象にして、通常の袋掛けと同様に、7月下旬から9月までナノファイバー果実袋を掛けて栽培。収穫後、従来の紙製袋を掛けた果実と比較しました。
 結果、1粒当たりの重量が平均して8%ほど増加。食感の良さを左右する果実の硬さは、シャインマスカットで約14%向上していました。また、ナガノパープルで発生しやすいひび割れ(裂果)は約14%低下。糖度の向上も見られました。果実の糖度や品質は、昼夜の寒暖差にも影響されます。長野県は昼夜の寒暖差が大きく、日中に蓄えられた糖分が気温の低い夜間に消費されにくいため、果実がより甘く育つとされています。ナノファイバー果実袋は通気性が良く、袋内部の温度も外気温と同じように下がるので、糖度や品質に影響を与えたと考えられます。また、通気性の向上で、病害虫の発生も大きく抑えられていました。
 「長野県は果物の栽培が盛ん。私自身、栽培試験を通して、改めて長野県産ブドウのおいしさを実感しました。農業は身近な産業です。今回はビジネスというより、ナノファイバーで日本農業そのもののランクアップに貢献したい。そう考えています」(金教授)。

果樹産地の長野県。高級ブドウにさらなるブランド価値を

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2020年10月6日、長野県庁での記者会見の様子。

 金教授が果実袋に着目したのは約1年前。ブドウ畑で袋掛けを行う農家の姿を目にしたことがきっかけでした。「何をしているのだろう?と疑問に思い、農家の方に声をかけ直接話を聞き、袋掛けの意味や目的はもちろん、ついでに課題があることも知りました」(金教授)。その場で果実袋を1枚譲ってもらい、ナノファイバーが活用できないか検討を始めたそうです。その製品の通気性を調べ、農業系の論文も読みながら、半年ほどかけサンプルを開発。コストをできる限り抑えるため、ナノファイバーの最適領域も検討し、現在の形に落ち着きました。
 現在1枚のコストは旧来の紙製と比較すると約2倍の10円程度。「従来製品と比較すると若干コストはかかるかもしれません。しかし、栽培試験の結果からも分かるように、食味の向上や病害虫の減少などの効果を考えると、メリットも大きい。ブランド価値をさらに向上させる可能性があるため、1房1,000円以上の値で取引されるブドウは特に、収益性の面でも効果が期待できると考えています」(金教授)。

ナノファイバー製品が産業分野を超えたニューノーマルを創る!?

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本邦初公開、果実袋の他、ナノファイバーが採用された各種製品の展示ルーム。ノースフェイスやナイキなど有名ブランドがズラリと並ぶ。こちらの特集はまた次回以降に。

 ナノファイバー果実袋をさまざまな条件下で効果を検証するため、2021年も栽培試験を継続、2022年には本格的な市場投入を考えたいとのこと。「実際の農家の方々に使ってもらうためには、栽培試験の結果が重要です。1年間の試験ではまだまだ足りない部分もあるので、2021年は10万房の試験を目指したい。さらに細かく条件を分け、長野県だけではなく全国に広げ各地域の風土や気温による総合的な検証の必要があると考えています」
(金教授)。
 日本と並行して、果樹栽培が盛んな中国や韓国でも栽培試験が行われており、世界的な需要の拡大も見込んでいます。大量生産体制が確立すれば、価格の圧縮にもつながります。今後は、総合大学の強みを活かして農学部とも協力しながらより正確なデータを蓄積し、モモやナシなど、他の果実での応用も目指します。
 さまざまな応用ができるのも、金教授が世界で初めて開発したナノファイバーの大量生産方式の存在が大きく影響しています。
 金教授は、2008年にプラントが設置されて以来、さまざまなメーカーと共同研究を進めてきました。その高い機能性は、各業界から熱い視線が注がれており、すでに「ザ・ノース・フェイス」や「ナイキ」といった大手スポーツ用品メーカーとの共同開発によってテントやジャケット、シューズなどでの実用化が実現しています。
 ナノファイバーは既存技術を置き換え、新しい常識をつくりだす可能性を秘めています。今回開発された果実袋も、遠くない将来、もしかしたら果樹栽培の常識となっているかもしれません。