育て・鍛え・進化させ...目指すは"医薬レベル"のスマート乳酸菌
信州のファーストペンギン ―夢を拓くイノベーターたち― シリーズ1
味噌や漬物…発酵食品文化が根付くここ長野県は健康長寿県としても知られています。
そして乳酸菌は人の腸管はもちろん、自然界にも生息する身近な存在。
1904年にノーベル賞博士Eメチニコフ氏が「ヨーグルト不老長寿説」を唱えてから約120年、超高齢化社会到来で、乳酸菌の健康効果はさらに注目され、多くの機関で研究が続けられ、市場には新製品が溢れています。
そんな乳酸菌を、異次元ともいえる医薬レベルの菌に育て、鍛え、進化させる…
信州のファーストペンギン(※)信州大学農学部の下里剛士教授の研究室を訪ねました。
※「信州のファーストペンギン~夢を拓くイノベーターたち~」は信州大学放送公開講座の2019年度のタイトル。
文字通り「ファーストペンギン」は群れの中から最初に飛び込む1羽のことで、リスクを恐れず初めてのことに挑戦するベンチャー精神の持ち主を象徴しています。
信大を代表する先端研究を行う信大の中堅・若手研究者とその研究にフォーカスするコンセプトで、大学のブランディングに資する映像コンテンツを目指し今年も映像制作を行っています。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第124号(2020.11.30発行)より
乳酸菌を“デザインする”とは?独特のアプローチと超スマート乳酸菌というゴール
「ヨーグルトを食べ健康効果を得るという、乳酸菌による長寿説の科学的エビデンスは、なかなか立証が難しいものがあります。そこで、私たちは3つのアプローチで乳酸菌を研究しています。1つ目はまだ見ぬ効果のある乳酸菌を探し出すこと。2つ目が、すでに見出されている乳酸菌の機能を限界まで引き出すべく、“鍛え”、“育てる”こと。そして3つ目が、医薬レベルにまで効果を高めた乳酸菌を新しく作る、それも一人ひとりの健康状態、つまりニーズに合わせた究極のスマート乳酸菌になることを目指しています(下里教授)」。
医薬レベルまで健康機能を引き出した乳酸菌が開発できれば、毎年流行するインフルエンザや、はしかなどの感染症予防、またメタボリックシンドロームなどの生活習慣病予防に役立つ可能性も出てきます。
「例えば乳酸菌を鍛えるために、過酷な条件下に長く置き、遺伝子操作をすることもあります(下里教授)」。通常乳酸菌は高温環境に置くと、死滅してしまうものですが、下里教授の研究所では60℃という高温環境下で「生育」、その上で生き残れる菌が選ばれます。
下里教授はこれら一連のアプローチを、「乳酸菌をデザインする」と表現、研究室では今も乳酸菌が鍛えられ、進化の真っ最中です。
渡米、経口投与の否定…研究員時代の苦悩と発見が乳酸菌ワクチン開発の原動力に
特定の病気に対して効果のある薬を乳酸菌にのせて疾患の局所に送る。下里教授の描く具体的なスマート乳酸菌のイメージが、バイオ医薬品とも言える経口のドラッグデリバリー「乳酸菌ワクチン」です。
こうした発想は下里教授が大学院生時代の「オリゴDNA」に関する研究での発見から始まったということです。多彩な免疫機能があるとされる『オリゴDNA』には、アレルギー治療をはじめさまざまな効果があることが知られていますが、これまで患者への投与は注射に限られていました。
しかし、下里教授は腸管の上皮に細菌やウイルス由来のDNAを認識する触手があることを発見。「それをきっかけに従来の注射ではなく、経口投与でお腹に直接オリゴDNAを届ける方が患者への負担が少なく、簡単かつ効果的なのではないかと考えるようになった(下里教授)」ということです。また、オリゴDNAは胃酸に弱いため、今では粒子化しデリバリーする「DNAナノカプセル」の開発も進められています。
乳酸菌の新たな可能性を見出した下里教授は、大学院を修了後すぐに渡米。オリゴDNAの発見者であり、のちの恩師となる米国国立癌研究所のクリンマン博士のもとで学ぶことになりました。しかし、当時オリゴDNAの経口投与は現実的ではないという否定的な声が多く、下里教授にとっては苦しい研究員時代だったといいます。
その一方で、内科医として患者に向き合いつつ、信州大学バイオメディカル研究所の特任教授である佐藤隆教授との出会いという大きな収穫もあったようです。佐藤教授は下里教授とアメリカでの研究の日々を支えあった盟友であり、下里教授が「経口から投与する」方法を研究しているのに対し、肺を専門とする佐藤教授は「鼻から肺に直接投与する」という形での医薬レベルの乳酸菌の活用をめざしています。
長寿と発酵食品文化、地元信州を楽しみながら探索する埋蔵“菌”探検隊
「実は信州は、乳酸菌研究に地の利がある土地なんです」、と下里教授。
「乳酸菌といえば、味噌、醤油、漬物などの日本の発酵食品の存在も見逃せませんが、こうした発酵食は信州の伝統や風土が育んできた食文化とも言えます(下里教授)」。
2018年、「発酵・長寿県」であることを宣言した長野県。さらに発酵食品産業の発展を目的としたプロジェクト「地域遺伝資源活用新商品開発コンソーシアム」が立ち上がり、信州にある「菌」を新たな地域資源として捉える取り組みが始まっています。下里教授は乳酸菌の研究者という立場からこのプロジェクトに参画。その名もユニークな「埋蔵「菌」発掘探検隊」で埋蔵“菌”の探索を行っています。
「例えば歴史あるみそ蔵や、健康長寿のお年寄りたちの食生活の中にも乳酸菌研究の糸口はあると考えています。ここ信州の自然環境や食文化は、研究材料の宝庫なのです(下里教授)」。
未知の乳酸菌を探索するというプロセスもしっかりと楽しみながら研究に取り組む、信州安曇野生まれ、下里教授のシビックプライドを感じました。
個々の病状にあわせた医薬品としての乳酸菌を経口で体へ選ぶ時代。超スマート乳酸菌は遠い未来の話ではなさそうです。