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研究ハイライト

  1. 世界の水問題を解決する信州大学アクア・イノベーション拠点(COI)今回はアフリカ!タンザニア水環境改善プロジェクト編
注目の研究
2020年11月4日(水)

世界の水問題を解決する信州大学アクア・イノベーション拠点(COI)今回はアフリカ!タンザニア水環境改善プロジェクト編

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 信州大学アクア・イノベーション拠点(COI)(※1)では、「水循環社会の実現により、世界中の人々の生活の質(QOL)向上に貢献」をテーマに、様々な研究開発に取り組んでいます。
 今回ご紹介するのは、タンザニアで深刻化する地下水の「フッ素汚染」問題を解決し、だれもが安心・安全な飲料水を入手できる社会を目指したプロジェクトです。
 2018年より、吉谷教授、中屋教授の主導のもと、先鋭材料研究所、工学部、繊維学部の研究者らが過剰フッ素水源地域であるアルーシャ市で調査・研究に取り組んでいます。吉谷教授の提案する統合的水資源管理のもとで、中屋教授の考える水質調査・モニタリング、手嶋教授の信大クリスタル吸着材、木村教授の高感度センサーが一体となり、研究開発が強力に推し進められています。SDGsの開発目標のひとつで、地球規模の課題でもある「水問題」。COIの技術で安全な水を世界中にもたらす取り組みが活発化しています。(文・柳澤 愛由)

(※1)文部科学省が掲げる「革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)」のビジョンをもとに、将来の社会ニーズを見通し、目指すべき社会像、暮らしの在り方を見据えたチャレンジング・ハイリスクな研究開発を支援するプログラム。2013年に始まり、全国18拠点が採択されている。

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第123号(2020.9.30発行)より

タンザニアで深刻化するフッ素汚染とは?COIのシーズを活かしたプロジェクト

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飲用水のフッ素濃度を測定するため、手押し井戸から水を汲みあげる研究者

 COIが調査・研究を進めるアルーシャ市は、キリマンジャロ山から西に60キロ程離れた地点にある、人口約45万人(2012年)を抱えるタンザニアの地方都市です。標高4,562mのメルー山のふもとにあり、泉や河川などの水源もありますが、生活用水の約60%が深層地下水。その地下水のほとんどに、高濃度のフッ素が含まれています。
 本プロジェクトの目的は、現地に即したフッ素除去法を開発し、“安全・安価・入手可能”な飲用水を全ての人に供給すること。そのために次の2つの開発目標=
1.原水に含まれる有害物質を選択して分離・除去するための無機結晶材料の開発と現地生産体制の確立
2.水源の汚染機構を解明し持続的に地下水を管理する技術の移転と統合的に水質源管理できる体制整備
―を掲げフッ素汚染と真摯に向き合っています。
 フッ素は、歯磨き粉やフライパンなど、日本でも身近なところに使われている物質ですが、高濃度に含まれた飲用水などを常用していると「フッ素症」と呼ばれる症状が現れることがあります。歯のエナメル質に小さな孔ができ褐色に変色したり、骨の奇形が現れたりといった重篤な健康被害も報告されています。世界保健機関では、飲用水中のフッ素の濃度基準を1.5ppm以下と規定していますが、アルーシャ市の平均濃度は4.5ppm。キリマンジャロ山流域の地域には汚染地域がほとんどなく、メルー山流域のアルーシャ周辺に集中していることも特徴です。
 フッ素汚染の多くは自然由来。休止中の火山であるメルー山の火山岩や溶岩層の鉱物からフッ素(イオン)が溶出し、地下水に流れ込むことが原因だと考えられています。タンザニア政府は、既存の研究から「骨炭」(※2)と呼ばれるフッ素除去材を利用した浄水法を開発していますが、品質の高い骨炭の量産化が実現できず、給水での利用にまでは至っていません。本プロジェクトでは、それに代わるものとして「高感度化学センサ」の開発と「高性能吸着材」を搭載した新規携帯型浄水ボトルや簡易型浄水タンクの提供などを構想しています。
 水質の問題だけではありません。アルーシャ中心部には都市給水機能があります。ボアホール(地面に垂直に開けた穴)から深層地下水を汲み上げ、配水池に供給、そこから各戸、もしくは「キオスク」と呼ばれる小型店舗に給水する仕組みです。人口増加が著しいアルーシャでは、水不足も深刻。新しいボアホールの掘削や上下水道等のインフラ整備が盛んに行われています。しかしフッ素汚染に対して具体策が打てないまま非効率な開発が進み、近年では取水可能量の減少も問題となっています。また、中心部から外れると、インフラが整っていない村落が広がっており、多くの住民が衛生的にすぐれない素掘りの井戸を使うか、生活地から離れた地点に政府が整備した深堀りの井戸から水を汲み上げ、苦労して生活地まで運んでいます。「水汲み」は、貧困層、とくに女性の学習機会を奪うことにもつながっています。
 タンザニア政府は、中所得国入りを目指す国家目標「タンザニア開発ビジョン2025」の中で、高い生活水準の達成要素として安全な水へのアクセスを謳い、水省の「水セクター開発計画(2005-2025)」で、安全な水へのアクセスを都市部で100%、村落部で90%(2005年実績は都市部78%、村落部54%)を達成する計画を打ち出しました。しかしタンザニアの人口は現在も増え続け、2025年までの20年間で3,600万人以上増加するとされています。単純な水質改善・水量確保ではなく、サスティナブルで統合的な水資源管理の提案が求められているのです。

(※2)動物の骨を蒸し焼きにし、有機物を完全に炭化させて作るフッ素除去材

4人の研究者の専門分野を結集。“安全・安価・入手可能”な解決策を

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左:信大クリスタルを入れたボトルで浄水を行うタンザニアのさくら女子中学校の生徒
右:タンザニアのさくら女子中学校にてCOIの教授らが講義を行った後の集合写真

 本プロジェクトには、統括として「統合的水資源管理」が専門の吉谷純一教授、現地での調査・研究に、工学部、繊維学部の3人の研究者が参画しています。中屋眞司教授は、現地の実態調査を担当。木村睦教授は、フッ素濃度を検出できる高感度化学センサ、手嶋勝弥教授は、フッ素除去を目的とした浄水器の開発に取り組んでいます。浄水器とセンサ-をセットで使用することで、確実に安全な水を確保することができます。現地の研究所や、タンザニアで水問題を取り扱っている政府機関・水省との協力体制も得ています。
 また、女性の理科教育向上に資するため本学と協力協定を締結した「さくら女子中学校」(アルーシャ市)で環境教育にも取り組んでいます。2019年3月には、子どもたちと一緒に飲用水の水質実験などを実施。雨量計の設置など、現地調査にも協力してもらっています。しかし危険性を知らせるだけでは子どもたちの不安をあおってしまう側面もあり、具体的な解決策の提示を同時に行えるよう留意しながら交流を続けています。
 フッ素汚染は、アフリカだけでなく、インドや中国など、世界各国でも起こっている問題です。COIでは、タンザニアでの研究成果をもとに、世界の水問題にもアプローチしていく考えです。

タンザニアプロジェクトの主要研究者に聞く

「統合的水資源管理」でサスティナブルな水利用を実現する

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吉谷 純一
信州大学学術研究院(工学系)教授

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ネルソンマンデラアフリカ科学技術大学での統合水資源管理特別講義実施

 「統合的水資源管理」とは、生態系などの持続可能性を確保しながら、水資源による経済的、社会的な恩恵と悪影響のバランスを、関係者間で協議して意思決定する管理プロセスのことをいいます。「アルーシャにおける『統合的水資源管理』を実現するには、まず水問題の実態把握と解析、そして現地で‶affordable=入手可能な"新技術を開発することが重要だと考えました」と吉谷教授。
 アルーシャでフッ素汚染の実態を理解している人は、それほど多くありません。近年の爆発的な人口増により、汚染問題よりも「水量確保」が優先されてきたこと、貧富の差が激しいことなどもその要因となっています。また、タンザニアの人口の約4分の3は電力供給網も整っていない村落部に暮らしています。タンザニアでの水問題を解決するには、村落部でも持続的に‶入手可能な"解決策を提示することが必要です。
 「そのための研究シーズが、COIにはあります。実態把握は中屋先生、新技術の開発には木村先生、手嶋先生が取り組んでいます。その研究成果を現地に即した形で社会実装することで、『統合的水資源管理』と持続可能な水利用の実現につなげていきたいと考えています」

水問題の実態を現地調査とデータで解明

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中屋 眞司
信州大学学術研究院(工学系)教授

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ネルソンマンデラアフリカ科学技術大学のキャンパスの深井戸から採水する様子

 中屋教授は水質調査や、水圧計による水位変動のモニタリング、雨量計測などによって、フッ素汚染問題の実態把握を行ってきました。これまでに調査した箇所はのべ120~130ポイント。とくに高精度で把握しているのが、地下水の滞留時間です。採取した地下水を化学トレーサーによって計測、地形と併せて解析することで、その移動状況や性質を可視化することができます。この調査によって、近年のフッ素汚染の要因や、メカニズムなども明らかになってきました。
 フッ素濃度は、通常、地下での滞留時間が長ければ長いほど高くなります。しかし、ここ20年位の間は、滞留時間が短い新しい地下水の方が、フッ素濃度が高くなる傾向にあることが分かってきました。
 「ここ20年程の間に、爆発的人口増加によって地下水の使い過ぎが進みました。それにともなって地下水位が低下し、酸素も多く入り込んだ。それで、帯水層の風化が通常より速く進み、フッ素濃度が高くなったと考えています。つまり、ここ20年程のフッ素汚染は人為的な要因も大きく影響していると考えられます」
 今後は、調査結果を新技術開発へ引き継ぎ、枯渇が懸念されている水資源量の調査へシフトしていく予定です。

綿を素材にした高感度化学センサで水質を可視化

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木村 睦
信州大学学術研究院(繊維学系)教授、同大先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所教授

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フッ素濃度モニターに水中のフッ素が吸着して変色。濃度によって色が異なる。

 木村教授は綿とMOF(※3)を組み合わせ、フッ素を検出する高感度化学センサの開発に取り組んでいます。MOFは、金属イオンと有機化合物からなるナノレベルの規則的な細孔を持った多孔質材料。組み合わせによって細孔の大きさなどが設計でき、物質の吸着や分離、化学センシングなどでも応用されている材料です。
 木村教授は、フッ素を選択的に吸着し、色の変化が得られるMOFを設計。それを、布を染めるように綿にしみ込ませる(成膜)ことで、オリジナルの化学センサが作成できます。そのセンサを地下水に浸せば、水中のフッ素が吸着し、綿の色(蛍光色強度)が変化、フッ素濃度を可視化できる、という仕組みです。アルーシャに適したMOFの設計方法と綿への成膜技術が確立すれば、現地での作成も容易で、原価も数十円程度です。
 タンザニアではオーガニックコットンの栽培も行われており、テキスタイル産業が盛ん。「現地で調達できる綿を原材料にすることで、産業にもつながる可能性がある。水問題の解決から産業の形成まで、自律可能な循環モデルをつくれたらと考えています」と木村教授。自然に還る綿であれば、環境にやさしく廃棄も容易です。またアルーシャでも普及が進んでいるスマートフォンを活用し、飲用水のフッ素濃度を共有できる安価なIoTシステムの開発も検討しています。

(※3)MOF:Metal-Organic Frameworks

「信大クリスタル」でフッ素除去。提案するのは「ティーバッグ型」浄水器

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手嶋 勝弥
信州大学学術研究院(工学系)教授、同大先鋭領域融合研究群先鋭材料研究所長、学長補佐信州大学卓越教授(称号)

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ティーバッグ型浄水メディアNaTiOでコップの水を浄水

 手嶋教授は、フッ素を選択的に吸着する高性能無機結晶材料(信大クリスタル)(※4)を開発、すでに日本で市販されているボトル型浄水器NaTiO(ナティオ)(※5)の改良を進めています。
 同時に、新たな浄水法として提案しているのが、信大クリスタルを封入した「ティーバッグ型」の浄水器です。「ティーバッグであれば安価な材料でつくれます。機械や電気も使わずどこでも簡易に浄水できるため、インフラが整っていない村落部にも適した浄水法だと考えています」と手嶋教授。
 信大クリスタルはレシピさえあれば誰でもつくることができます。手嶋教授は、現地での生産を想定し、骨格となる無機材料は現地調達できるものでレシピを開発。都市部だけでなく、村落でも生産できるよう、すでにコスト計算も行っており、現地に即した量産化体制の確立を目指し、取組みを進めています。
 「木村教授が開発している高感度化学センサと組み合わせれば、効率的に浄水できるようになります。現地に合った体制が整えば、アルーシャにおけるタンザニア政府数値目標の『安全な水へのアクセス』に対して、解を出せると考えています」と手嶋教授は期待を込めて話しました。

(※4)信州大学の結晶化技術を応用した高性能無機結晶材料の総称。その組成や結晶構造を変えることでさまざまな特性を持たせることができる
(※5)信大クリスタルを使ったフィルターを備えた携帯型浄水ボトル。鉛イオン等の重金属イオン除去を目的としたものはアメリカのNFS認証を取得済

COLUMN 濱田学長&シャロンさん対談

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濱田州博学長とシャロンさん 繊維学部講堂にて

 同プロジェクトに協力してくれる現地のセカンダリースクール、さくら女子中学校は信大COIプロジェクトと協力協定を結んでおり、同校を卒業されたシャロンさん(Sharon Tom Ayoさん)がCOIの学習体験プログラムによりちょうど来日中で学長のインタビューに応えてくれました。
(2020年3月24日、繊維学部卒業式の後に収録・撮影)

濱田 州博学長(以下学長):自己紹介をお願いします。
シャロンさん(以下敬称略):(以下、日本語)おはようございます。私はシャロン、17歳です。2月6日、飛行機で20時間くらいかけて、アフリカの東のタンザニアから来ました。言語はスワヒリ語です。趣味は水泳と読書と音楽です。どうぞよろしくお願いします。
学長:日本、長野県の印象はいかがですか?
シャロン:来日は2度目で長野県に来たのは初めてです。戸隠、志賀高原、善光寺などに行きました。とっても自然に溢れていて気に入りました。また、生まれて初めて雪を見ることができましたので私はとてもラッキーだと思います。とても寒かったですけれど、雪はとても好きです。
学長:さくら女子中学の近くにはメルー山がありますね。メルー山と戸隠を比べてみると、どうですか?
シャロン:少し違いますね。メルー山は一つの山ですが、戸隠はたくさんの山から成っています。
学長:水問題について学んできたと思いますが、タンザニアで学んだことと来日してから学んだことに違いはありますか?
シャロン:タンザニアで私が学んだことはセオリーがほとんどで、水がどのように汚染されたか、水に含まれるどのような物質が危険であるか、などでした。信州大学ではより高度な学びができ、それらが何であるのか、何が問題であるか、解決方法は何か、ということを学びました。繊維学部ではセンサを使い、水の中に含まれるフッ素を検出する研究が行われています。これはとても素晴らしいアイディアだと思いました。なぜなら、検出装置によって、その水は飲んでもよいのか、飲めないのか気づくことができるからです。
学長:科学技術振興機構のCOIプロジェクトを通し、様々な交流が行われていますがどのような感想をお持ちですか?
シャロン:COIプロジェクトのおかげでたくさんの人を救うことは確かだと思います。水はとても大切で、水なしでは私たちは生きられません。そして飲料水となるきれいな水が必要です。タンザニア政府と日本政府がともに水問題に取り組む機会になっていると思います。
学長:今、高校生ですが今後の進路をどのように考えていますか?
シャロン:将来、外科医になることを目指しています。
学長:外科医を目指すきっかけがあったのですか?
シャロン:はい。タンザニアではたくさんの人が苦しんでいるからです。脳や心臓など複雑な手術を行えるような専門人材が少ないため、治療のために海外に行くように言われますが、費用が工面できない多くの患者は、病気のまま亡くなっていきます。そのような人々を助けたいのです。
学長:信州大学医学部附属病院には毎年ナイジェリアから脳外科の方が研修にいらしています。附属病院には、IoTやAIを活用した「スマート治療室」ができました。将来、外科医として戻ってきませんか?
シャロン:はい、是非そうしたいです。
学長:タンザニアに帰ったら、この経験をどのように伝えたいですか?
シャロン:信州大学はとても素晴らしい大学だったと伝えたいです。私たちタンザニアを、特に水問題についてとても支援してくれている、と。