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研究ハイライト

  1. 信大発のCAR-T細胞療法が難治性がんと闘う子どもたちを救う!「非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞療法」の実装に向けて
注目の研究
2020年11月24日(火)

信大発のCAR-T細胞療法が難治性がんと闘う子どもたちを救う!「非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞療法」の実装に向けて

CAR-T1.jpg

モニターはがん細胞の画像( 研究室にて)

 手術・抗がん剤・放射線治療といった、これまでのがん治療とは異なる選択肢として「がん免疫療法」研究が世界各国で進んでおり、そのひとつ「CAR-T(カーティー)細胞療法」と呼ばれる治療法がいま注目を集めています。その中でも信州大学医学部小児医学教室の中沢洋三教授が開発した「非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞療法」は、ウイルスベクター(※1)を使わず、安全・安価に提供できる世界初の治療法として、国内外から期待が寄せられています。中沢教授は、この手法を用いて骨髄性白血病に対するオリジナルのCAR-T細胞(GMR CAR-T)を開発。現在、臨床応用に向けた取組みが進んでいます。(文・柳澤 愛由)

(※1)遺伝子を細胞内に導入するためのベクター(運び屋)となるウイルス。
遺伝子操作により複製および増殖能を欠損させたウイルスや、複製・増殖能の一部を保持したウイルスを使う。

・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第123号(2020.9.30発行)より

ウイルスベクターの代わりに酵素を使う、世界初のCAR-T細胞(GMR CAR-T)

CAR-T2.jpg

 「CAR-T細胞療法」は、がん患者の免疫細胞を使いその機能を人工的に高め、がんへの攻撃力を強化した、新しいがん治療法です。まず、もともと体内に備わっている免疫細胞の一種「T細胞」(※2)をがん患者から採取。そこへがん細胞の目印(抗原)を発見する機能を高めた特殊なたんぱく質「CAR(キメラ抗原受容体)」遺伝子を導入し、T細胞の遺伝子を改変して体外で増幅・培養します。これを患者の体内へ戻すことで、がん細胞を攻撃します(図解)。副作用もありますが、効果は高く、抗がん剤などが利かなくなってしまった患者や、治療法が限られている小児がん、難治性がんなどの希少がんに対する切り札として開発が行われてきました。
 しかし、CAR遺伝子をT細胞に導入するのは容易ではなく、ベクターと呼ばれる遺伝子の「運び屋」が必要です。海外の研究では、遺伝子操作を施した「ウイルスベクター」が用いられてきました。これに対して中沢教授が開発した「非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞療法」では、ウイルスベクターではなく「酵素」を使用します。酵素を用いる最大の利点は、製造コスト。ウイルスベクターを使えば、効率よく遺伝子導入ができる反面、臨床応用のためには高規格な設備と膨大な安全性試験が必要です。医療従事者の感染リスクもゼロではありません。アメリカで開発されたCAR-T細胞に、約5000万円という高額な薬価がついたことからも、いかに莫大なコストがかかるかが分かります。
 それに対し、「非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞療法」であれば、約10分の1の製造コストで、より安全にCAR-T細胞を作ることができます。その手法で作られたのが、信大発のCAR-T細胞「GMR CAR-T」。日本初の骨髄性白血病に対するCAR-T細胞として、臨床試験目前という段階にまで至っています。

(※2)リンパ球の一種。がん細胞を攻撃し死滅させる性質がある。

「治せない」がんと闘う子どもたちにもう一度治療のチャンスを

 中沢教授がCAR-T細胞療法と出会ったのは、アメリカのベイラー医科大学に留学していた2007年のことでした。その前年の2006年、信州大学病院勤務時に受け持っていた女児が骨髄移植後に白血病を再発。結果命を落としてしまったことがアメリカ留学のきっかけだったそうです。
 「『アメリカでなら治せたのではないか』とその子のお父さんに言われたときはショックでした。長野県の患者は長野県の医療で治す。それを目標にしてきました。でもそれができないのなら、アメリカに新しい
治療法を探しに行こうと留学を決意しました。そこでCAR-T細胞の効果を目の当たりにしたときは、がん治療の歴史が変わると感じました」と中沢教授は話します。
 しかし、規制が厳しい日本にこの治療法を持ち帰るには多くのハードルがありました。そんな時に出会ったのが、とある研究者が「研究に使えないか」と持ち込んだ「piggyBac(遺伝子転位酵素)トランスポゾン法」という遺伝子導入法でした。「piggyBac」とは、昆虫学者が発見したアオムシ由来の酵素。「当時、アメリカではウイルスベクターを使った方法が成果を上げていたため、piggyBacトランスポゾン法には誰も見向きもしませんでした。しかし、ウイルスベクターの規制が厳しい日本にCAR-T細胞療法を持ち帰るには、この方法を利用するしかないとひとり手を挙げ、研究を始めました」(中沢教授)
 最初はなかなかうまくいかず、同僚からは厳しい意見も聞かれたそうです。それでもわずかな調整を繰り返すうちに、徐々にいい成果が出始めました。2009年には、通常許されない知的財産の持ち帰りを特別に許可され、帰国を果たします。
 しかし日本における遺伝子治療のハードルは想像以上に高いものでした。転機となったのは2012年。京都大学山中伸弥教授のノーベル賞受賞によって遺伝子治療の研究が国策として取り組まれるようになり、CAR-T細胞療法への注目度も急激に上昇、さまざまな企業や研究機関から問合せが舞い込むようになりました。

信大発ベンチャーも設立され臨床応用と事業化を加速する体制が整う

 CAR-T細胞はがんの種類ごと開発する必要があります。しかし現在、世界でも薬として認められているのは「B細胞性白血病・リンパ腫」に対する「CD19 CAR-T細胞」のみ。世界の大手製薬会社では、数十から数百億円もの費用をかけ新しいCAR-T細胞の開発に取り組んでいますが、目覚ましい成果はそれほど出ていません。中沢教授は、臨床医の視点から、大手製薬会社には開発が難しい希少がんなど、ニッチでありながらも患者ニーズが高く、CAR-T細胞療法が有用だと判断した疾患を狙い開発に取り組んでいます。「GMR CAR-T」に続く、第2、第3のCAR-T細胞も生まれてきており、白血病だけでなく、固形がんに対する応用も期待されています。
 「既存の治療を受けつくし『もう治療法がない』と言われたがんの子どもたちに、もう一度、治療のチャンスを与えたい。それが願いです」(中沢教授)
 CAR-T細胞を独自に開発し、これまで対象とされてこなかった疾患にも応用しようというグループは、国内にもわずかしかありません。何より信州大学には医学部附属病院があります。信州大学で開発、医学部附属病院で製造した薬を附属病院の患者に投与し、臨床試験ができるという、創薬分野ではきわめて珍しいオールインワン型で取り組めるチームであることに、他にはない実行可能性を秘めています。さらに2020年4月、信州大学発バイオベンチャーとなる企業、株式会社A-SEEDSが設立されました。「非ウイルス遺伝子改変CAR-T細胞」は、安価に製造できるとはいえ、初期開発だけで億単位の費用がかかります。A-SEEDSは臨床応用に向けた資金調達なども担っており、これから事業化に向けた取組みを加速させていきます。「臨床応用というゴールに向け、ようやくスタートラインに立てた気がします」と中沢教授。治せないとされた病に、いま、新しい希望が見え始めています。

NEWS がん指向性リポソームによるがん遺伝子治療法を東芝と共同開発

中沢教授らの研究グループは、現在5社ほどの企業と共同研究を進めています。そのうち(株)東芝との共同研究において、5月、「がん指向性リポソーム技術」を開発したと発表しました。CAR-T細胞療法ではカバーしきれない疾患に対するがん遺伝子治療に用いることを想定しています。がん遺伝子治療は、標的とする細胞に治療遺伝子を運搬し、その機能を発現させることで、細胞の機能を修復・増強する治療法です。通常、治療遺伝子の運搬にはウイルスが使用されてきましたが、安全性や標的性に課題がありました。がん指向性リポソームは、東芝独自のナノサイズのカプセルである生分解性リポソームに、治療遺伝子を内包し、標的となる細胞に正確・高効率に運ぶ技術です。有効な治療法がないT細胞腫瘍(T細胞型急性リンパ性白血病)の再発・治療不応例に対する新たな治療法開発につながる技術として期待されます。

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信州大学
遺伝子・細胞治療研究開発センター長
信州大学学術研究院(医学系)教授
医学部小児医学教室
中沢 洋三

PROFILE
長野県埴科郡坂城町出身
1996年旭川医科大学卒業
2003年信州大学大学院医学研究科修了、2004年信州大学医学部助手、2007年同助教、2014年同講師、2016年同教授、2019年より現職