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研究ハイライト

  1. 次世代を担う人工筋肉は、ソフトで軽量、静かで省エネ。
注目の研究
2020年4月21日(火)

次世代を担う人工筋肉は、ソフトで軽量、静かで省エネ。

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PVCゲル

 急速に進む少子高齢化の中、特に医療や介護、福祉分野において、人との親和性や安全性に配慮したウェアラブルロボット、それも新しい駆動装置(アクチュエータ)が求められています。
 そこで信州大学繊維学部橋本研究室では、高分子素材の中でもソフトで軽量、静音でありながら大気中で安定的に伸縮動作をする「PVCゲル人工筋肉」に着目して研究開発※1を進めてきました。PVCゲル人工筋肉の変形する性質を利用したアクチュエータは、生体筋によく似た性質を持ち、人工筋肉として有望な次世代アクチュエータといえます。
 PVCゲルの多目的な応用と腰サポートウェア「heige(ハイジ)」の開発を進める研究室にお話を伺ってきました。
※1 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)2015年委託事業「可塑化PVCゲルを用いたウェアラブルロボット用ソフトアクチュエータの研究開発」(委託先)国立大学法人信州大学・国立研究開発法人産業技術総合研究所

(文・柳澤 愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第121号(2020.1.31発行)より

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信州大学繊維学部
橋本 稔 特任教授
(信州大学発ベンチャー AssistMotion㈱ 代表取締役)

PVC(ポリ塩化ビニル)ゲルは生体筋の特性に近い人工筋肉
 高分子材料は柔軟・軽量で加工性に優れることから、次世代アクチュエータとして注目され、長年にわたって研究開発が進められています。  
 その中で多種多様な高分子アクチュエータが開発されましたが、生体筋の特性に現在最も近づいているのはPVCゲルアクチュエータと言えます。PVCゲルアクチュエータの軽量・静音・高出力といった特徴を生かして、アイデア次第でどこまでも広がる無限の可能性を秘めています。
PVCゲルとは?
 高分子材料の中でも強度や耐候性の強いことで知られているポリ塩化ビニル(PolyVinyl Chloride)と可塑剤から成るポリマーゲルです。安価で柔軟・軽量、さらに加工性が良いことから、人工筋肉の材料として優れた特性を持っています。
PVCゲルの基本構造とユニークな挙動を生む変形メカニズム
 PVCゲルシートを電極で挟んだ素子に電圧を印加すると、PVCゲル内部の電荷が陽極近傍に移動・蓄積し、陽極に沿ってクリープ変形するユニークな性質を持ちます。
 電圧印加により陽極近傍に負電荷の高密度領域が現れ、陽極との静電気的引力により陽極近傍のゲルが変形すると考えられています。

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PVCゲル膜の電場応答

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電圧印加時におけるPVCゲルの空間電荷密度測定結果

電極形状や材質の検討で様々な構造のアクチュエータを開発

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積層型アクチュエータ

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フィルム状アクチュエータ

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シート状アクチュエータ

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織構造アクチュエータ

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撚糸構造伸縮アクチュエータ

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ロボットアクチュエータとしてPVCゲルと出会う

 橋本特任教授は1980年代からロボットのアクチュエータ研究をされていたそうです。当時は形状記憶合金を検討していたようですが、加熱冷却で伸縮する素材ですが、どうも冷却に時間がかかるため、速い応答性がないと実用化は厳しい、としてあきらめたようです。「そしてPVCゲルに興味を持ったのは2008年頃でしょうか、繊維学部の平井利博教授(当時:現在は特任教授)が研究しておられ、高電圧をかけると面白い動きをする動画を見て私もこの素材の研究が始まりました」(橋本特任教授)。

アイデア次第で広がるPVCゲルの無限の可能性

 ソフト・軽量、静音、低消費電力、という特徴のあるPVCゲルは応用次第で製品化の可能性が広がっています。例えば負作動型ブレーキ、リンパ浮腫ケア用マッサージ器、呼吸引き込み装置、歩行アシストウェア、触覚ディスプレイ(ディスプレイ表面がでこぼこするイメージ)などなど。
 より繊維に近いアクチュエータの開発(多彩な形状は左下の図参照)によって、将来はアシスト機能を持つ作業着や、手持ちの衣類にアシスト機能を付与するサービスなど、無限の可能性が考えられます。
 「人にとって最も身近な衣類がアシスト能力を持つことができれば、たくさんの人が笑顔になると信じています」(橋本特任教授)。

腰サポートウェアheige(ハイジ)の開発・試作

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レポーターの柳澤さんに、実際に腰サポートウェア「heige(ハイジ)」試作モデルを着用してもらいました。

 PVCゲルアクチュエータを利用した人に優しいウェアラブルロボット技術の研究開発に代表されるのが「腰サポートウェア」。
 医療現場・介護現場・農作業・建設・運輸…あらゆる労働シーンで、サポートが欲しい時に欲しい力を発揮して装着者の腰の負担を軽減するものです。電圧の印加・除去により背面に設置されたアクチュエータが伸縮し、脊柱起立筋の筋力をサポートします。
 「腰サポートウェアheige(ハイジ)も“着るロボット”であり、ロボティックウェアcurara®(クララ)と同様のコンセプトを持っていることからそうネーミングしました(笑)」(橋本特任教授)。モーターとPVCというアクチュエータの違いということになります。写真をご覧いただくとおり、膝関節や腹部がフリーになり、容易な脱着が利用者にやさしい設計が特徴です。そして現在安定して大きな伸縮特性がある積層型のアクチュエータが採用され開発しています。背中に背負った筒形状のユニットの中に積層型のアクチュエータが入っています。(実際に装着してみましたが、非常に軽いので驚きました。)
 「現在、課題はPVCゲルの量産化と低電圧化の二つでしょうか、生産は現在手作業、低電圧化も安全性を考えると家庭用の100V以下まで持っていかないと…」(橋本特任教授)。

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やがて事業化、量産化を大学発ベンチャーのAssistMotion社が推進する

 このようにまだまだ課題はあるものの、超高齢化社会で様々な医療福祉器具が望まれる中、人との親和性や安全性に配慮したウェアラブルロボットの開発は不可欠であり、大学が行う先端研究が社会実装され、主役として社会貢献している明るい未来も想像できました。