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入学式学長式辞

信州大学入学式学長式辞(2022年4月)

  この映像は令和4年4月4日令和4年度信州大学入学式(第1部)での学長あいさつを収録したものです。




 新入生の皆さん、本日は誠におめでとうございます。信州大学を代表して、皆さんのご入学を心より歓迎いたします。また、皆さんを長年支えてこられたご家族や関係者の皆さま方に対し、心よりお祝いを申し上げます。
 私たち教職員は今、これから皆さんを、一人前の知識人、高度専門人材に育てなければならないという、その責任の重さと使命感に身の引き締まる思いに包まれています。皆さんも、どうか、今日のこの日の感動を忘れずに、自己実現に向けて、不断の努力をして頂きたいと思います。

 さて、本日ここにこうして、皆さんが信州大学の一員になられた最初の日に、信州大学がどのような大学であるかについて、お話いたします。
 一言で申し上げるなら、信州大学は、地域に根ざした総合大学である、ということができます。
 長野県は南北に長く、四方を急峻な山々に囲まれているため、人々の暮らしは「山」によって分断されてきました。その結果、それぞれの地域で、特色ある多様な文化や伝統が醸成されてきたとされています。長野県民であれば誰でも歌えるという県民歌「信濃の国」は、そのような状況を克服し、心を一つにしようとしたものでした。ちなみに『信州』とは、『信濃国(しなののくに)』の別称で、信州大学は、旧国名を冠する唯一の国立大学として知られています。本学は、戦後に設立された新制国立大学ですが、その系譜を辿ると百年以上の長い歴史があります。信州大学は、昭和二十四年、松本高等学校、松本医科大学、長野師範学校、長野青年師範学校、長野工業専門学校、長野県立農林専門学校及び上田繊維専門学校を統合して誕生しましたが、その際に大学名が「信州」に帰結したことは、謂わば、必然の成り行きであったとされています。母体となった七つの学校名からうかがい知れるように、信州大学は今なお、広大な長野県の各地で独自の歴史と伝統を刻み続けています。言い換えるならば、現在の信州大学は、その分散キャンパスという桎梏(しっこく)ですら強みに変え、信州各地の特色と文化を大切にしながら地域にしっかりと根を張り、地域から愛され、深い信頼を得ている、「大学全体として地域と調和した大学」であるということができます。信州大学が長年「地域貢献度ランキング」で国内トップクラスの評価を受け続けているのは、このような歴史的背景があってこそ、ということができます。

 大学はこれまで高い教養と専門的な知識を持った人材の育成を使命とし、その過程において深く真理を探究し、新たな知見を積極的に発掘、創造してきました。そのような中で、「大学の知の活用」についても意識が高まり、平成十八年に教育基本法が改正され、教育や研究にとどまらず、それらの「成果を広く社会に還元し、社会の発展に寄与」することも大学の重要な役割であると規定されました。大学の果たすべき第三の使命として「社会貢献」が追加されたわけです。
 VUCA(ブーカ)の時代と呼ばれる、先の見通せない現代社会においては、地方大学が地域の中で果たす「社会貢献」の役割はますます大きく重要になると考えられています。大学が中心となり、多様な学問分野、業界、世代、そして地域社会に分散している「人」や「知」を結集すれば、そのシナジー効果によって、今までにない大きな新しい価値を産み出すことが可能です。大学には、「知」の創造だけではなく、社会と深く連携して「知」から派生する新しい価値の共有と定着を果たすことが期待されています。私は、その役割を果たすための大学の機能として、学びの機能(Learning opportunities)、寄り添う機能(United under mutual understanding)、つなぐ機能(Connecting)、知の拠点機能(Knowledge base)、そして、未来を志向し、産みだす機能(Yield the better future)の5つを挙げ、そのワードの頭文字を繋げて"LUCKY"と呼んでいます。
 信州大学は、このLUCKY機能をバランスよく発揮し、地域に根ざした総合大学として、この地域の振興を本気で担っていこうとしています。
 そのような信州大学で、皆さんはこれからそれぞれの学問分野で勉学にいそしむことになるわけですが、皆さんがここで、どのように過ごすかは、まさに皆さんの心がけ次第です。
 学ぶという行為に真摯に向き合って頂きたいと思います。その過程では、絶えず目的をしっかりと見据え、そこに到達するための様々な手段を講じることに努め、飽くなき向学心で前向きに努力する、そのような日々を送ってください。「情報通であること」あるいは「物知りであること」と知性、すなわちインテリジェンスとは違います。
 試行錯誤を繰り返しながら、先人が残した知識を知恵に変えることができるよう、教養を身に付け、真の実力を養ってください。どうか、学問することを楽しんでください。その過程においては、皆さんの人間性を磨き、そして、かけがえのない人間関係を築くことも忘れてはいけません。

 人間は社会的な動物です。社会においては、皆ひとしく様々な観点から多角的な評価を受けています。人が人を『評価』する際の観点については、様々なことが言われていますが、私は、それは、つまるところ想像力(イマージネーション)、思いやり(コンパッション)、そして責任感(リスポンシビリティ)、この三つではないかと考えています。
 想像すること(イマージネーション)は人間固有の能力です。想像力は人を魅了することが出来ます。また、人は想像力があってこそ、独創的なものを産みだすことができます。「知識」や「情報」は単なる道具や材料にすぎません。人文知を含むあらゆるサイエンス、ノレッジ、インフォメーションを統合して「インテリジェンス」に変え、困難を乗り越えるための工夫をする、そのような行為を積み重ね、想像力の涵養に努めて頂ければと思います。
 次に思いやり(コンパッション)です。最近の若者は、「高望みをしない」、「他人とは浅く無難に関わる」、「リスクの回避を優先する」、「胸がときめかない」と何事に対しても淡泊な傾向があるようです。私は、『人は生まれつき、自分や相手を深く理解し、役に立ちたいという願い』や、『自分自身や相手と寄り添い共にいたいという想い』を持っていると信じています。『思いやる』という行為には無限の力が秘められています。皆さんがこれから、参加される様々な教育プログラム、インターンシップ、課外活動、アルバイトやボランティア活動等において、『人の尊厳を思いやる心』を鍛えてください。そのような人間力を高める経験を積まれた暁には、必ずや皆さんには無限の力が培われているものと、確信しています。
 そして、最後に責任感(リスポンシビリティ)です。社会的存在としての人間を考えるとき、この観点が最も重要となってきます。いうまでもなく、学問にたずさわる者が最も心を砕かなければならないものは、知的廉直さ(れんちょくさ)です。リスポンシビリティは『真面目さ』に通ずるといってもいいでしょう。責任感、真摯な態度、真面目さは、これから皆さんが社会で生きていくための最大の武器となります。「個人重視の究極の孤独な時代」において、責任感の確かさは、間違いなく、他者との共鳴を可能にする大きなツールとなるはずです。
 折に触れ、想像力(イマージネーション)、思いやり(コンパッション)、そして責任感(リスポンシビリティ)のことを、思い出して頂き、そして、やがて訪れてくるであろう、様々な苦難や苦境を、果敢に乗り越えて頂ければと思います。この限られた時間の中で、困難に打ち勝つ力、苦難を突破する力を身につけてください。積み重ねた努力は必ず報われます。努力は決して皆さんを裏切りません。

 最後に、日本を代表する仏教学者、哲学者である「鈴木大拙」の残した言葉、「外は広く、内は深い」を贈りたいと思います。人間存在の絶対的真理を探究し続けた大拙が、このたった八文字でいわんとしたことは、「独りよがりになることなく、また自らを失うことなく、真理探究に励みなさい」ということとされています。皆さんには無限の可能性があります。是非、「外は広く、内は深い」という言葉を噛みしめながら、実り多い学生生活を送ってください。
 卒業、修了、学位授与の際には、全ての皆さんが、信州大学で学業に勤しんだことに対して誇りを抱き、人類の平和と持続可能な社会の実現に資する力量と志を持てるよう、一心不乱に勉学に励んで頂きたいと思います。
 私たち教職員も、皆さんとともに学び、そして価値ある研究成果を社会に向けて発信し、成長し続けて参ります。
 充実した学生生活を送って頂き、所定の就学期間の後には所期の目的を達成され、笑顔で卒業・修了式、学位記授与式に臨まれることを心から期待して、私からの式辞といたします。

 本日は誠におめでとうございます。

令和四年四月四日
信州大学長 中村 宗一郎