環境という切り口から、社会課題解決に取り組む高度キャリア人材育成。
全学横断特別教育プログラム「環境マインド実践人材養成コース」
信州大学では、2017年度より全学部の学生を対象とした独自の履修認定制度「全学横断特別教育プログラム」を実施、意欲ある学生に自身の専門領域を超えた知識と経験、実践力を養い、社会から求められる高度キャリア人材を育成しています。
すでに「ローカル・イノベーター養成コース」(2017年度~)、「グローバルコア人材養成コース」(2018年度~)の履修が始まっていますが、今年度新たに「環境マインド実践人材養成コース」を開始しました。
希望する学生は自身の主専攻(学部)のほかに「副専攻」を選択するような意識で履修します。1年次のみならず、2年次以降も段階的な実践プログラムが用意されているのが特徴です。現在、約40名の学生が「環境マインド実践人材養成コース」の仮登録生として環境分野に関わる講義、実地での学習に取り組んでいます。
環境に起因する課題は多岐にわたり、経済、社会とも密接にかかわります。今後、文系・理系に関わらず、持続可能な社会をつくる上で、環境に関する幅広い知識と実践的な知見は不可欠です。「環境マインド実践人材養成コース」の企画設計を担った教員の方々に、その意図や目指す方向性などを伺ってきました。
(文・柳澤 愛由)
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第121号(2020.1.31発行)より
SDGsを重要なテーマとしてこの環境教育プログラムが独自に目指すもの
「環境マインド実践人材養成コース」は、環境分野に関わる幅広い基礎知識を身につけることで、持続可能な循環共生型社会の構築を意識しながら課題解決を図ることのできる人材養成を目指した新しいプログラムです。メインとなる専用科目(6単位:必修)は、1年次後期から2年次後期にかけて行われる講義と集中ゼミ。まず1年次後期に行われる「環境マインド実践基礎論」では、行政、民間、NPO法人など環境関連の実務に携わる幅広い外部ゲスト講師による講義と現場見学が行われます。なかでも国際社会の共通目標であるSDGsは重要なテーマであり、講義を通じその概念や現在の取組状況を説明できるよう学習を進めます。後半は学生自身がどのように環境と関わり、向き合いたいかについての発表演習を行います。その後、SDGsのテーマに沿って、その推進と課題について最終レポートを作成します。
2年次に行われるのは「環境マインド実践ゼミ」。前期はローカル編として、長野県内の環境に関わる取り組みを行っている企業や自治体へ自力でアポイントを取りインタビューをする、という課題が課せられます。その後、夏休みに3日間の合同演習(合宿形式)を行い、2020年度は教育学部附属志賀自然教育園での実施を予定しています。国立公園も含む特色ある自然環境の中で、「環境」に関わる仕事や社会的テーマについて、インタビューで得た学びを持ち寄り共有しながら、学生同士のグループワークを通じ、考えます。
後期はグローバル編として、アジア圏などをフィールドにした現地調査に入ります。複数回行う事前学習では、社会調査の方法論、EMS(環境マネジメントシステム)を英語も含め学習します。その後行う10日間ほどの海外現地学習では、参加型農山村調査やEMS実習を予定しています。現地での経験を通じて、ローカル編との対比をしつつ、SDGsにおける複数のゴールを国際的・統合的に理解し、課題解決に向けた糸口を探ります。そのほか、すでに行われている環境に関する授業を認定科目として、6単位まで受けることを要件としています。
環境・経済・社会の統合的な視点を持つ
環境分野に関わる幅広い課題の基礎知識を持ち、経済や社会などと相互に連関・複雑化する現状に対して、持続可能性を重視した循環共生型の社会構築に向けた統合的な視点で課題解決に貢献できる人。
地域特性と地球規模の両方の考え方を持つ
地域特性に応じた捉え方の重要性や日本という国の特色を良く理解した上で、地球規模の環境問題の観点でも、国際的な課題解決に必要な知識や考え方の基礎を持つ人。
多様な立場や価値観を理解し積極性・柔軟性を持つ
幅広い関係者との連携やパートナーシップを重視し、多様な立場や価値観を有する人々と前向きに課題を話し合い、合意形成による主体的な意思決定や人づくりに貢献できる積極性・柔軟性を備えている人。
信州大学の伝統でもある環境教育を高度実践型人材育成に
「環境問題はローカルな課題でもあり、グローバルな課題でもあります。社会や経済とも密接に関わります。相互に関係し合うことを理解し、統合的な視点を持ちながら考えていくことが大切です」。コース設計を統括した信州大学学術研究院(総合人間科学系)金沢謙太郎教授(全学教育機構)は話します。
世間から注目を集めている国連が定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」は、前身のMDGs(ミレニアム開発目標)と比べ環境に関わる要素が細かく盛り込まれました。環境に関わる課題に対し地球規模で取り組んでいかなければならないという機運が、いま世界中で高まっています。
「私が専門とする環境社会学や環境人類学には、環境問題は単に環境の保護をするだけではなく社会的な公正さとクロスさせて考えていかなければならない、という大切な概念があります。SDGsはそうした学問背景とも合致しています。具体的な現場を歩きながら、SDGsをどのように捉え、実践するのか、学生たちと一緒に考えていきたいと思っています」(金沢教授)。
もともと信州大学は10年程前より独自の環境教育に取り組んでおり、1年次、全学生に対し、教養科目「環境科学群」の1科目(2単位)を必修としています。また海外での取り組みを学ぶため、毎年、選抜した学生を対象にした「環境教育海外研修」を実施してきました。
信州大学としてもこれまでISO14001を取得し、ごみ処理やリサイクル、環境に関わる研究、エネルギー、気候変動に対する対策などに取り組んできました。現在はISO14001を返上しましたが、これまでの取り組みを継続・発展させながら、より信州大学に適合した「環境マネジメントシステム(EMS)」を構築するため活動を始めています。
「環境マインド実践人材養成コース」では、環境内部監査員養成講習会も必修にしています。現在、工学部の祢津栄治技術専門員とともに、講習内容のバージョンアップに向けた教材を開発しています。また、本コースでは、EMS英語の習得を通じて国際的な共通理解を深めるための実践の場を用意しています。
「実践者」から学び取る環境マインドとそのアウトプット
ゲスト講師陣の企画と設計に取り組んだのは信州大学全学教育機構 加藤麻理子准教授。「実際の現場で課題に向き
合い、日々奮闘している実務者の話を聞く機会をより多く設けるよう意識しました。そこで刺激を受け、知識を蓄えるだけでなくアウトプットしていける人になってもらいたいという意図があります」(加藤准教授)。
今年度の「環境マインド実践基礎論」のゲスト講師の専門分野は多種多様です。また、民間企業のご紹介については(一社)長野県環境保全協会の多大なご協力をいただいています。SDGsに力を入れる長野県の担当者からは、SDGsの概要、社会的背景や地球温暖化対策の取組について、環境省信越自然環境事務所からは「自然環境行政の最前線」というテーマで講演していただきました。民間からは、八十二銀行の方によるESG金融など環境と経済のかかわりの最前線のお話や、長野県のモデル事業にも採択された「(株)山翠舎」(本社・長野市)の方から、古木の利用・流通というビジネスと、SDGsを意識した事業の在り方について紹介していただきました。そのほかにもエネルギー、廃棄物、水問題、国際協力など、環境に関わるホットなキーワードをさまざまな角度から伝える内容となっています。それは持続可能な循環共生型の社会構築を意識した課題解決には統合的な視点が欠かせないからです。
信州ならではの“グローカル”な実地研修を通じて、感じ、学ぶ
充実した実地研修も本コースの特徴のひとつです。「通常の授業ではなかなか行くことのできない場所に行けるよう、場所の選定を行いました。また疑問に思ったことを実務者の方にしっかりとぶつけてもらう時間も多く設けるようにしています」と生態学を専門とする浅野郁助教。金沢教授、加藤准教授とともに、実地研修のカリキュラム設計を担当してきました。
「『環境』は非常に幅広い分野です。多岐にわたりすぎていてどう学んでいけばいいのか分からないという学生も多いかもしれません。そうした中、このコースは学部関係なく、1、2年生という専門課程に入る前の早い段階で履修できる点にとても意味があると感じています。学生にはここで学んだことを自身の専門課程へのステップにして欲しいと考えています」(浅野助教)。
今年度の「環境マインド実践基礎論」の実地研修は計4回。11月には座学の講師にも招いた「NPO法人いいだ自然エネルギーネット山法師」(飯田市)という市民有志で組織された団体が運営する、化石燃料ゼロハウス「風の学舎」を見学しました。2008年にオープンした太陽光発電、薪ストーブ、囲炉裏などを備えた化石燃料ゼロで過ごすことのできる施設です。同法人は、その利用体験を通じ、脱炭素社会に向けたライフスタイルの提案、自然エネルギー利用の推進を進めています。さらに11月には上田市にある「稲倉の棚田」で、実際の農作業体験などを行いながら、グローバル編で予定している農山村調査の入口を体験しました。
2年次以降の「環境マインド実践ゼミ」は、受け身ではなく「自分の足で動き、学習する」ことに主軸を置いたカリキュラムであることも特徴的です。とくに後期に予定しているグローバル編は、フィールドを海外に移します。来年度予定しているフィールドはマレーシア。金沢教授が実際に現地調査で利用している調査手法等を用い、現地での暮らし、考え方を知り、課題を探ります。また人々の暮らしや社会を通した部分だけでなく、浅野助教が専門とする動植物の保護と利用いった観点からも研修を行います。
マレーシアは現在もアブラヤシのプランテーションに見られるモノカルチャー農業が主流です。農地を広げるために無理な火入れを行い、山火事が頻発しています。「農地の形状は日本の棚田と似ていますが、受ける印象は全く違う。マレーシアではモノカルチャー農業からの転換の必要性が議論されていますが、そのヒントがもしかしたら日本の棚田での暮らしにあるかもしれません。日本の現状との比較をしながら、現地の人が何を考え、何を望んでいるのか、サスティナブルとは何か、どのような時間軸で考えていくべきものなのか。そのすり合わせを、統合的な視野で考えていかなければなりません。大学生、しかも1、2年生という若い世代がそうしたことを真剣に語り合うこと自体、とても大切なことだと思います。そしてその時間は決して無駄にはなりません」(金沢教授)。
SDGsや気候変動、プラスチックごみ問題などが世界的に注目されていることもあり、環境に関わるニュースやキーワードは、さまざまなところで見かけるようになりました。「これからは、経済活動においても、環境に取り組むことで価値を生み出していくことが求められます。社会全体が変化してきているのは確か。脱炭素、循環型社会、自然との共生など、環境に関わるキーワードは数多くありますが、学生たちには自分の言葉で周囲に語り、また実践できる人材になってほしい。今はじまっている実践基礎論の受講の様子をみていても、積極的に学んでいる様子が感じられます」(加藤准教授)。
信州大学が長年取り組んできた環境教育。社会の変化とともに、信州大学らしさを維持・発展させながら、新しいステップへと進んでいます。