新着情報

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 信州大学とアルピコクループの連携協定に基づく事業として、ロビー展示「信州大学探訪」をホテルブエナビスタにて開催します。  信州大学の開学に至る軌跡や、各キャンパスとその周辺に残された史跡を知っていただける展示内容となっていますので、ぜひお立ち寄りください。 [企画概要] 「信州大学探訪」 主催:信州大学 大学史資料センター・信州大学附属図書館 共催:アルピコグループ・ホテルブエナビスタ 会期:2023年6月13日(火)~7月30日(日) ※観覧無料 場所:ホテルブエナビスタ 1階ロビー    (松本市本庄1丁目2-1)アクセス                                   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー** 6月1日は開学記念日 ** 1949(昭和24)年6月1日に新制国立大学として信州大学が開学しました。この日を記念して6月1日を「開学記念日」としています。今年で開学74周年を迎えますが、この機会に「信州大学探訪」展を多くの皆さまにご覧いただき、信州大学の歴史に思いを馳せていただけたらと思います。                                             <関連リンク> ・企画展「信州大学のなりたち-創立を夢見た明治から現在までの歩み-」(Web版)のご

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 信州大学の前身校のひとつ、長野県師範学校・長野県松本女子師範学校は、初等教育の教員養成機関として1873(明治6)年に設置された師範講習所に起源があります。 その卒業生は、県下各初等学校の教壇にたつとともに、地域の人文・自然科学の研究をも担いました。 今回の企画展では、師範学校の教員による自然科学研究の代表ともいえる長野県松本女子師範学校初代校長矢澤米三郎と彼のライチョウ研究をはじめとする博物学研究、とりわけ矢澤が長野県松本女子師範学校に寄贈し、本学自然科学館に継承されたライチョウ標本・高山植物標本をとりあげ、山岳の動植物にフィールドを求めた矢澤の研究をふりかえります。 ー---------------------------------------------ー--- 企画展「明治・大正期 信濃博物学の夜明けと長野県師範学校 -矢澤米三郎とライチョウ標本を中心に-」(Web版) 企画展の内容をPDF形式にしました。※再配布はご遠慮ください。 展示解説「明治・大正期 信濃博物学の夜明けと長野県師範学校 -矢澤米三郎とライチョウ標本を中心に-」(Web版、PDF形式/17MB) <関連リンク> ・第5回大学史資料センター企画展「明治・大正期 信濃博物学の夜明けと長野県師範学校 -矢澤米三郎とライチョウ標本を中心に-」のご案内

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 1949年5月31日、新制国立大学が一斉に発足しました。本学は、翌日6月1日を開学記念日としています。  記念日にちなんでこちらの資料をご紹介します。 バックル 1950(昭和25)年10月30日 真鍮:36mmx48mm 大学史資料センター 蔵  これは、信州大学開学の記念品としてつくられたベルトのバックルです。表には「大學」の文字とコマクサの彫刻が施されています。開学当時からコマクサが信州大学の象徴であったことがうかがえます。  こちらはバックルの裏側ですが、「信州大学開学記念 1950.10.30.」と彫られています。あれ?と思った人はいませんか。開学記念日は6月1日なのに、10月30日?しかも、1949年ではなく1950年? なぜ1950年10月30日なのでしょうか。  そこで、信州大学の開学から開学式までの歩みをたどってみると。。。 ▶1949年6月1日:開学   5月31日の国立学校設置法の公布・施行により、各都道府県に設置された新制国立大学69校の一つとして、  信州大学は6月1日に開学 ▶1949年6月:第1回入学試験・合格発表  文理学部・教育学部・工学部・農学部は、長野と松本を会場に第1回入学試験を実施し、 文理学部175名、  教育学部423名、工学部151名、農学部94名が合格しました。 繊維学部は、上田と東京を会場に第1回入学  試験を実施し、120名が

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 現在開催中(4/1~5/31)の春季企画展「信州大学のなりたち -創立を夢見た明治から現在までのあゆみ-」に関連して行われたギャラリートークでは、1970年に撮影された空撮写真パネルを見ながら松本キャンパスの歴史についても解説しました。ギャラリートークに参加の皆さんは、当時と現在のキャンパスの風景の違いに興味津々のようでした。 そこで、大学史資料センターが所蔵する各キャンパスの空撮写真をご紹介します。現在ある5つのキャンパスの写真の裏には「1970.11.9」と書かれてあり、同日または同じころに撮影されたものだと思われます。また、人文・理・経法学部の前身である文理学部は、1973年に旭キャンパス(現 松本キャンパス)に移転するまでは、あがたの森公園の敷地にありました。写真は1960年代のもので、旧制松本高等学校以来の校舎は重要文化財となっています。  キャンパス内の建物はもちろん、周囲の様子も今とは随分違っています。それぞれがどのキャンパスの写真かわかりますか?         答えを知りたい方はこちらから ⇒ スライドショー「信州大学歴史探訪」【一覧】 <関連リンク>【春季】信州大学 大学史資料センター企画展「信州大学のなりたち-創立を夢見た明治から現在までの歩み-」のご案内

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 信州大学 大学史資料センター春季企画展「信州大学のなりたち -創立を夢見た明治から現在までのあゆみ-」に関連して、ギャラリートークを開催します。  大学史資料センター福島特任教授の解説で、信州大学の開学に至るまでの歴史と、その後の各学部とキャンパスの様子などをより詳しく知ることができます。一般の方もご来館いただけますので、多くの方々のお越しをお待ちしています。  日時:4月26日(水) 12:30~13:00  講師:福島正樹特任教授(大学史資料センター)  場所:信州大学附属図書館 中央図書館1階展示コーナー  ※開館日・開館時間は中央図書館の開館情報に準じます。    下記URLをご確認ください。   https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/library/matsumoto/  ※現在、学外の方の来館も可能となっておりますが、   新型コロナウイルスの感染状況によっては、予定が変更になる場合があります。   詳しくは、学外の方の来館利用について(2023/4/1更新)をご覧ください。  <関連リンク>【春季】信州大学大学史資料センター企画展「信州大学のなりたち-創立を夢見た明治から現在までの歩み-」のご案内

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企画展「信州大学のなりたち」チラシ

企画展「信州大学のなりたち」チラシ

 春季企画展は、信州大学の開学に至るまでの歴史と、その後の各学部とキャンパスの様子など、大学史資料センターがこれまでに紹介してきた内容をコンパクトにまとめて展示します。 新入生・新任教職員の皆さんをはじめ、大学に在籍されている方々にもあらためて信州大学について知っていただくよい機会です。 本展示が信州大学のなりたちに思いを馳せ、本学の今後の方向性を考える上で、ヒントの一つとなることを期待します。 企画展「信州大学のなりたち-創立を夢見た明治から現在までの歩み-」リーフレット.pdf 企画展「信州大学のなりたち-創立を夢見た明治から現在までの歩み-」(Web版)のご案内 (※解説動画はこちらから) [企画概要] 大学史資料センター企画展  「信州大学のなりたち-創立を夢見た明治から現在までの歩み-」 主催:信州大学 大学史資料センター・附属図書館 会期:2023年4月1日(土)~5月31日(水)    ※学外の方もご来館いただけます。     詳しいご案内はこちらをご覧ください。  場所:信州大学中央図書館 1階展示コーナー     (松本キャンパス_松本市旭3-1-1)    ※開館日・開館時間は中央図書館の開館情報に準じます。      下記URLをご確認ください。     http://www.shinshu-u.ac.jp/institution/library/matsum

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〇下張り文書の剥離と洗浄の講習会に大学史資料センター教職員が参加しました。  概要は以下のとおりです。  長野県史料保存活用連絡協議会 第3回文献史料保存活用講習会  内容:地域資料を後世に遺すためのワークショップ -襖の中に貼られた古文書を取り出す-  日時:2023年1月26・27日(26日午後の部に参加)  会場:長野県立歴史館〇講師の修復専門員の方に教えていただきながら体験した様子をご紹介します。 ※下張り文書とは、襖や屏風の一番上の層(上張り)の下に貼られた大量の紙(下張り)に含まれる  古文書のことをいいます。下張りに使われているのは不要になった紙で、本来なら捨てられてしま  うものですが、これらを再利用し何層にも重ねることで、襖や屏風に弾力性や強さを与えるだけで  なく、温度や湿度を保つことができます。このように古文書が下張りの形で残されたことから、通  常では知ることのできなかった埋もれていた歴史の一端を知ることができるのです。  取り扱った資料はこちらの屏風です。文字が書かれた和紙が何枚も重なっているのがわかります。         (屏風)<剥離作業> はじめに、使用する道具や注意点について説明をうけ、実際にやり方を見せていただきました。 習うより慣れよ、ということで、参加者全員で一枚の屏風を取り囲み剥離作業に取りかかりました。まずは、資料を細かい霧が出る噴霧器

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  合格電報「コマクサハホホエム」

  合格電報「コマクサハホホエム」

ごうかくでんぽう「こまくさはほほえむ」卒業生資料 (人文学部)日本電信電話公社 資料の年代:1967(昭和42)年3月31日 品質形状:211mmx125mm 信州大学の入学試験に合格したことを伝えた電報です。  合格を示す慣用句としては「サクラサク」が一般的ですが、信州大学では「コマクサハホホエム」が使われました。この合格電報は大学から公式に出されたものではなく、申し込み手続きは学生アルバイトが請け負っていました。「ウナ」と書かれているのは、当時「ウナ電」と呼ばれていた至急電報のことです。ちなみに、不合格は「シナノジハユキフカシ」でした。  コマクサはピンク色の可憐な花を咲かせる高山植物で、信州大学の学章のモチーフにもなっています。       コマクサ<関連リンク> 信州大学 学章・シンボルマークコマクサ関連記事(信大NOW 124号)

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    入学許可通知書と封筒

    入学許可通知書と封筒

にゅうがくきょかつうち(うえださんしせんもんがっこう)卒業生資料 (上田蚕糸専門学校)作者:上田蚕糸専門学校 資料の年代:1935(昭和10)年4月4日 品質形状:和紙(279mmx210mm)、封筒(220mm x 90mm) 山寺孝(やまでら たか)さんに対し、繊維学部の前身校である上田蚕糸専門学校が同校教婦養成科への入学を許可し、入学式への出席を求めたものです。通知には、入学式当日は袴を着用し上履きと昼食を持参するように書かれています。  教婦とは、今でいう技術者のことで、より上級の技術者のもとで現場を管理し、女工さんたちを監督する存在でした。  長女だった孝さんは、手に職をつけて一家を支えようと、上田蚕糸専門学校の予科を修了したのち、同校製糸教婦養成科へ入学します。同科を卒業後は片倉製糸に就職し、高崎で女工さんたちと同じ環境で生活を送りました。
(左)冬期野猿調査報告書<中間> (右)冬期野猿調査報告書 第2号

(左)冬期野猿調査報告書<中間> (右)冬期野猿調査報告書 第2号

とうきやえんちょうさほうこくしょ卒業生資料 (農学部)【左】冬期野猿調査報告書<中間> 1974.2.1~2.24    編集:信州大学農学部 野外生物研究会 野猿分科会(7名)    資料の年代:1974(昭和49)年    品質形状:普通紙(表・裏表紙)、藁半紙、27頁、B5判【右】冬期野猿調査報告書 第2号    編集:信州大学農学部 野外生物研究会 野猿分科会(8名)    資料の年代:1976(昭和51)年6月1日発行    品質形状:藁半紙、27頁、B5判   農学部野外生物研究会の野猿分科会による調査報告書です。  会員の学生たちは「野猿群の行動と森林植生の関連」を調査するため、上伊那郡辰野町の横川渓谷で初めてニホンザルの冬期調査を行いました。期間中は数人ずつ交替で入下山し、猿たちが食べた樹皮や糞を手掛かりに行動を追い続けました。報告書には、毎日の観察記録と調査結果、考察や反省などがまとめられています。  調査期間中は冬用のテントを設置して過ごしましたが、狭いうえに雨でびしょ濡れになるなど苦労しました。 <関連リンク> 「信州大学農学部 野外生物研究会会報 第二号」(1971)(信州大学附属図書館OPAC)世界初・サル類の魚食行動の決定的瞬間が撮影される、 世界最寒地(上高地)のサル集団における魚食行動

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