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「開学記念日」関連資料 -開学記念式典について-

2025.05.29  [ お知らせ ]   [ 資料のご紹介 ] 
   「開学式典写真集」より

   「開学式典写真集」より

 信州大学は、昭和24年5月31日交付の国立学校設置法にもとづき、文理・教育・医・工学・農学・繊維の6学部からなる新制の国立大学として、6月1日より発足しました。このとき、前身校のひとつである松本医科大学の地(松本市大字桐)に大学の本部が新設されました。現在の松本キャンパスです。

 開学記念式典は、大学組織も整った翌昭和25年10月30日に盛大に執り行われました(写真1、2)。このとき、式典は、教育学部松本分校講堂(現信州大学附属松本小学校・中学校講堂)(写真3)、祝賀会は同場所及び医学部の建物など3会場にて、講演会は文理学部講堂(旧制松本高等学校講堂)で行われています。(参照:大学史資料センター企画展「信州大学誕生」Web版

 ここでちょっとした疑問?
 なぜ、式典が教育学部松本分校の講堂で執り行われたのでしょうか。

 理由については不明ですが、当時の周辺地図(図1)から、信州大学に統合される教育学部の松本分校が本部と道を隔てて隣にあることがわかります。そして、本部が置かれた医学部の建物配置図(図2)を見ると、式典会場として使える講堂のような建物が見当たらないことから、すぐ隣にあった分校の講堂が会場になったと想像できます(図3)。このとき、式典の来賓および関係者は1,000人余りで、席の後ろには立見の人が大勢いるほどでした。(出典『学窓そして三十年』(引用元信州大学新聞教育学部本校版))

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(写真1)松葉で作られた式典アーチ (『開学記念写真集』1950(昭和25)年10月 信州大学蔵)
     「開学式場」の看板が掲げられた杉葉のアーチは、大学本部の正門(図2参照)に建てられました。
     参加者が門から出てきているので、これから歩いて記念式典会場へ向かうところでしょうか。

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(写真2)式典の様子 会場:教育学部松本分校講堂
     (『開学記念写真集』1950(昭和25)年10月 信州大学蔵)

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(写真3)長野師範学校女子部(官立)講堂(昭和20年頃)
     (出典『信州大学教育学部 附属松本小学校百年史』)
     写真は、明治37年建立の松本女子師範学校の講堂が大正6年の火災で焼失したあと、
     再建された二代目の講堂です。女子師範と附属小学校の共有の講堂として使われました。
 
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(図1)「松本市略図 附浅間附近」(1:12000)
   (『信州大学医学部設置認可申請書』昭和25年9月、国立公文書館所蔵)

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(図2)「信州大学医学部建物配置図」(1:600)
   (『信州大学医学部設置認可申請書』昭和25年9月、国立公文書館所蔵)
   正門前の道を隔てた向かいに女子師範学校の校地に入る裏門がありました。

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(図3)「松本分校教室配置図」(昭和24~25年)(出典『学窓 そして三十年』)


<関連リンク>
・6月1日は信州大学の誕生日:開学記念日です
・大学史資料センター企画展「信州大学誕生」(Web版)
・「開学記念日」関連資料
・信州大学の歴史遺産探訪-2 旧松本歩兵第五十連隊 糧秣庫
・開学記念日のイベントについて