信州大学では、本学の第4期中期目標・中期計画のもと、「信州大学改革実行プラン inGEAR 2025-2027」において、「大学の歴史や教育・研究資料を未来に継承し、学内文化施設をバーチャルに統合する"信州大学総合博物館"のホームページ上での運用を開始し、新たな「知の創出」を促します。」としています。その準備企画として博物館を構成することが想定される施設を中心に、大学の所蔵する重要な資料を公開します。[企画概要] 信州大学総合博物館創設準備企画展示 「信州大学のお宝公開」 会期:2025年10月31日(金)~2026年1月14日(水) 場所:信州大学附属図書館 中央図書館1階展示コーナー 主催:信州大学総合博物館準備会 (構成施設:教育学部附属志賀自然教育研究施設、 自然科学館、食と緑の資料館「ゆりの木」、 繊維学部資料館、真綿・蚕糸館、附属図書館、大学史資料センター) ※開館日・開館時間は中央図書館の開館情報に準じます。 12月27日~1月4日は休館日です。 その他臨時休館等の可能性もあるため、最新情報は下記URLをご確認ください。 https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/library/matsumoto/ ~展示資料~ ・登録博物館・指定施設証書(教育学部附属志賀自然教育研究施設
新着情報一覧
9月11日、文理学部同窓会の同窓生約40名があがたの森文化会館に集まり、最後の総会を開催しました。大学史資料センターも参加させていただきましたので、その様子をお知らせします。 1972(昭和47)年に再発足して以来、53年続いてきた同窓会は、この会をもって会報発行、総会の開催を終了しました。可知会長が会の歴史を振り返り、当時の場所を示しながら建物や植栽などの話をしている姿が印象的でした。 信州大学文理学部は、前身校の松本高等学校の校舎を受け継き学び舎としました。昭和40年代の終わり、校舎解体の危機が訪れたときには同窓生たちは立ち上がり存続に尽力しました。その努力と熱意によって遺された本館と講堂は、現在、旧制高等学校記念館として引き継がれています。2007(平成19)年には国の重要文化財に指定されました。 この度、大学史資料センターは創刊号から最終号までの会報(全55冊)の寄贈と依頼を受け、すべてをアーカイブ(PDF化)しました。それをもとに同窓会が「信州大学文理学部同窓会報 バックナンバー」(DVD)を制作し、最終総会の記念品としました。来春には、このDVDのデータをもとに同窓生有志たちが再編集した記念誌が発行される予定です。 講堂(北側入口) 受付に訪れた参加者 総会の様子 「感謝状」を紹介
No.42「知止不殆」 竹内松次郎 書
2025.09.09
[ 寄贈資料 ]
「ちしふたい」 たけのうちまつじろう しょ 卒業生資料(松本医学専門学校)作者:竹内松次郎 資料の年代:不明 品質形状:色紙、270mm x 250mm 松本医学専門学校初代校長、松本医科大学学長(いずれも医学部の前身校)および信州大学創立準備責任者を務めた竹内松次郎の書です。 「知止不殆」とは、『老子』第四十四章「知足不辱、知止不殆、可以長久。」(足るを知れば辱められず、止まるを知れば危うからず、以って長久なるべし。)にある言葉で、「ほどほどを心得ていれば自らを危険にさらすことは無い。」という意味です。ほどよい所で、満足をすることの大切さを言った言葉です。 竹内は、信州大学創立準備責任者として、国、県、市町村、前身校などとの調整を精力的に行い、総合大学である「信州大学」の設置を主導した人物です。このような功績からも、信州大学初代学長になり得た人物でしたが、学長の座に就くことはなく医学部長を務めた後、1949(昭和24)年8月、松本を離れ福井大学学長となりました。この書についての制作年は不明ですが、このころの心情をあらわしたものなのかもしれません。 左下の「十松(じゅうまつ)」は竹内の雅号で、竹内の資料には多くみられます。 <関連リンク> 企画展「信州大学誕生」(Web版)のご案内「松本キャンパスのはじまり:信州大学誕生 その2」大学史資料センター 福島正樹(信州大学機関リポ
宣誓(1948年4月21日 長野工業専門学校入学式)
2025.07.29
[ 資料のご紹介 ]
せんせい工学部所蔵資料作者:新入生総代 春田和男 資料の年代:1948(昭和23)年4月 品質形状:薄葉紙(280 mm x 400 mm) この宣誓書は、『儀式に関する綴り』の中に綴られていました。 工学部の前身校である長野工業専門学校の最後の入学式において宣されたものです。このときの新入生は146名、校長は臼井 武(昭和21年5月31日~昭和23年8月31日在籍)でした。翌24年に信州大学工学部となりましたが、最後の卒業生を送り出す昭和26年3月までは信州大学長野工業専門学校として併設されました。 文中の「此の秋は」は季節の「秋」ではなく、"このとき"と読みます。 (関連資料) 「第6回入学式式次第」 (昭和23年4月21日) 品質形状:藁半紙、片面活字印刷 入学式は寄宿舎食堂で執り行われました。当時、まだ講堂はなく、『信州大学設置概要書』(昭和24年4月)によると、講堂は「寄宿舎食堂と兼用」と書かれています。 講堂は工学部の表看板として、正門を入った左側に真っ白なモダン建築が建てられました(昭和29年3月31日新築落成)。なお、現在その場所には、工学部60周年記念事業として建てられた工学部科学技術総合振興センター(SASTec)があります(平成21年11月30日竣工)。 <関連資料> No.31 答辞(1949年3月15日 長野工業専門学校卒業式) 『信州大学工学部
徽章・校章の由来①〈長野県師範学校〉
2025.06.18
[ 信州大学を学ぶ ]
長野県師範学校徽章 『信州大学教育学部附属長野中学校五十年史』より 製作年:1914(大正3)年4月 製作者:不明 デザイン:トガクシショウマの花の中央に師範の「師」の字を配置している。1902(明治35)年5月23日、皇太子殿下(大正天皇)が行啓の際、講堂に陳列した師範生徒と小学校児童の成績品をご覧になりました。このときに同じく陳列した浅井冽教諭の書「奉迎の歌」「信濃国歌」と戸隠升麻について質問があり、これを宮中に献上し金一封(金百円)を与えられたことを記念し、トガクシショウマの花を図案化した記念章を作りました。その後、1914(大正3)年4月この図案を本校の徽章・校章としました。1951(昭和26)年師範学校廃止まで使用され、1947(昭和22)年新学制による附属中学校の徽章に使用されています。(信州大学教育学部九十年史編集委員会,『信州大学教育学部九十年史』,1965,p.121) なお、教育学部附属中学校では、数年前まで構内で生徒たちがトガクシショウマを育てるなどして、師範学校の伝統を受け継いでいます。(参考)信州大学教育学部附属長野中学校の校章(『信州大学教育学部附属長野中学校五十年史』)トガクシショウマ:1884(明治17)年に長野県戸隠で新種植物として発見され、日本人がはじめて日本の植物につけた学名として有名。初めて発見されてからは今年で150年になる。
これまでの企画展がWeb版でご覧いただけます。 信州大学総合博物館創設準備企画展「信州大学のお宝公開」 会期:2025年10月31日(金)~2026年1月14日(水) 第7回企画展 「小谷隆一生誕百年回顧展 -山を登り、山を読み、山を慈しむ-」 会期:2024年10月31日(木)~2025年1月9日(木) 第6回企画展「野尻湖発掘を支えた信州大学の人びと」 会期:2023年11月3日(金)~2024年1月18日(木) 第5回企画展「明治・大正期 信濃博物学の夜明けと長野県師範学校 -矢澤米三郎とライチョウ標本を中心に-」 会期:2022年10月28日(金)~12月27日(火) 第4回企画展「SUNS -人をつなぐ・キャンパスをつなぐ-」 会期:2021年10月29日(金)~12月27日(月) 第3回企画展 「信州大学のなりたち -創立を夢見た明治から現在までの歩み-」 会期:2020年10月29日(木)~12月28日(月) 2021年3月15日(月)~5月31日(月) 2022年3月30日(水)~5月12日(木) 2023年4月1日(土)~5月31日(水) 2024年3月28日(木)~5月30日(木) 2025年3月14日(金)~6月10日(火) 2026年3月25日(水)~6月10日(水) 第2回企画展 「信州大学誕生
小谷隆一収集の「小谷コレクション」は、山岳図書に関する一大コレクションですが、2003(平成15)年、信州大学に寄贈され、現在附属図書館に収蔵されています。 小谷は、中学時代の恩師のもとで登山の薫陶を受けて以来、松本高等学校や東京帝国大学でも山岳部に属し、山へと傾倒を深めました。家業を継ぐ傍ら、カラコルム・ディラン峰遠征の隊長を務めるなど本格的な登山へと進み、一方で山岳図書の収集にも努め、山岳図書収集家の小林義正の高嶺文庫を引き継いで一大コレクション「小谷コレクション」をつくりました。 本企画展では、小谷の生誕100年にあたり、この機会に小谷コレクションを紹介するとともに、小谷の足跡を回顧します。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー企画展「小谷隆一生誕百年回顧展 -山を登り、山を読み、山を慈しむ-」(Web版)企画展の内容をPDF形式にしました。※再配布はご遠慮ください。 展示解説「小谷隆一生誕百年回顧展 -山を登り、山を読み、山を慈しむ-」 (Web版、PDF形式) <展示構成> はじめに 1. 小谷隆一 誕生 -商家の長男として- 2. 京都第二商業学校山岳部 -山へのあこがれ- 3. 旧制松本高等学校山岳部 -人生を支えた師と友と山- 4. 東京大学スキー山岳部 -山の厳しさと愛しさを知る- 5. 京都府山
信州大学は、昭和24年5月31日交付の国立学校設置法にもとづき、文理・教育・医・工学・農学・繊維の6学部からなる新制の国立大学として、6月1日より発足しました。このとき、前身校のひとつである松本医科大学の地(松本市大字桐)に大学の本部が新設されました。現在の松本キャンパスです。 開学記念式典は、大学組織も整った翌昭和25年10月30日に盛大に執り行われました(写真1、2)。このとき、式典は、教育学部松本分校講堂(現信州大学附属松本小学校・中学校講堂)(写真3)、祝賀会は同場所及び医学部の建物など3会場にて、講演会は文理学部講堂(旧制松本高等学校講堂)で行われています。(参照:大学史資料センター企画展「信州大学誕生」Web版) ここでちょっとした疑問? なぜ、式典が教育学部松本分校の講堂で執り行われたのでしょうか。 理由については不明ですが、当時の周辺地図(図1)から、信州大学に統合される教育学部の松本分校が本部と道を隔てて隣にあることがわかります。そして、本部が置かれた医学部の建物配置図(図2)を見ると、式典会場として使える講堂のような建物が見当たらないことから、すぐ隣にあった分校の講堂が会場になったと想像できます(図3)。このとき、式典の来賓および関係者は1,000人余りで、席の後ろには立見の人が大勢いるほどでした。(出典『学窓そして三十年』(引用元信州大学新聞教育学部本校版
信州大学 大学史資料センター春季企画展「信州大学のなりたち -創立を夢見た明治から現在までのあゆみ-」に関連して、ギャラリートークを開催します。 大学史資料センター福島特任教授の解説で、信州大学の開学に至るまでの歴史と、その後の各学部とキャンパスの様子などをより詳しく知ることができます。一般の方もご来館いただけますので、多くの方々のお越しをお待ちしています。 日時:4月23日(水) 12:20~12:50 講師:福島正樹特任教授(大学史資料センター) 場所:信州大学附属図書館 中央図書館1階展示コーナー ※開館日・開館時間は中央図書館の開館情報に準じます。 下記URLをご確認ください。 https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/library/matsumoto/ <関連リンク>【春季】信州大学大学史資料センター企画展「信州大学のなりたち-創立を夢見た明治から現在までの歩み-」のご案内
No.41 ピッケル "ウィリッシュ"
2025.03.31
[ 寄贈資料 ]
卒業生資料 (文理学部)作者:Roman.Willisch ローマン・ウィリッシュ(2代、1913~1977) 製作地:Schweiz TÄSCH/Zermatt スイス ツェルマット近郊のタッシュ資料の年代:1960年頃 品質形状:300×850×20[mm] ピッケル 、 ヘッド及び石突き:鉄製 シャフト:木製 ベルト:皮革製 寄贈者は、在学中の1966年に信州大学探検部を創設し、八重山諸島から北海道、富士山麓の青木ヶ原樹海など日本各地を探検し、鉱物や動植物などを調査しました。探検地は国内だけにとどまらず、1970年には学術調査のために部員4人でパプア・ニューギニアへ赴いています。山を登る人たちによく知られているこのスイスメーカーのピッケルは、学生たちの未知の探検にも活躍したのでしょう。 (参考) 寄贈者:関根倫雄(せきね みちお)1946-1992 略歴 1966年 信州大学探検部創設 1970年 文理学部地質学科卒業、理学部地質学専攻研究生 1970年 パプア・ニューギニアの学術調査 1992年 ネパールへの航空機事故にて亡くなる(46歳)
