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鈴木 啓助

鈴木 啓助

物質循環学コース

講座:地球システム解析分野
職名:教授
略歴:
1981 - 1996 , 東京都立大学 理学部 助手
1996 - 2002 , 信州大学 理学部 助教授
2002 - , 信州大学 理学部 教授
2006 - 2014 ,信州大学 山岳科学総合研究所長
キーワード:雪
ホームページ:http://science.shinshu-u.ac.jp/~kisuiken/
SOARリンク:SOARを見る

雪は天から送られた手紙である

人の生き方はどのようにして決まるのだろうか。私は、「雪は天から送られた手紙である」というひとつの名文句によって、雪のことを研究したいと思うようになり、今に至っている。「雪は天から送られた手紙である」という文章は、中谷宇吉郎の「雪」で読むことが出来る。この「雪」は、1938年に創刊された岩波新書赤版20点の中の1冊として発行された古典であるが、1994年に岩波文庫の1冊として復刻された。読んでみよう。

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中谷は、気温と水蒸気の量を調整できる実験装置により、様々な条件で人工的に雪の結晶を作り、左の中谷ダイヤグラムを完成させた。これによると、樹枝状結晶は気温が-15℃前後で比較的水蒸気量の多い雲の中ででき、角柱結晶は気温は-10から-20℃前後と幅広いが、水蒸気量の少ない雲の中でできることなどがわかる。つまり、地上で雪の結晶を観察することにより、雪の結晶が成長した雲の気温や水蒸気の量がわかると言うことになる。まさに、雪は天から送られた手紙であり、その暗号を読み解く鍵が中谷ダイヤグラムである

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上の図は、新潟県十日町で採取した降雪中のナトリウム濃度と塩化物イオン濃度の関係である。それぞれ濃度が高い時も低い時もあるが、ある直線上にのっていることがわかる。この直線は海水中のふたつのイオンの濃度比を示している。このことから、降雪中のふたつのイオンは海塩を起源としていることがわかる。では、どうして雪の中にたくさん含まれている時と余り含まれていない時があるのだろうか。調べたところ、雪が降る時の積雲対流の強さ(高さ)によって海塩起源のイオン濃度が決まることがわかった。さらに、十日町と札幌でのグラフの違いは積雲対流が継続する時間の違いであることもわかった(左下の図)。このことは、地上で雪を採取してナトリウムイオンなどの海塩起源物質濃度を調べれば、その濃度の大小から、雪を降らせた積雲の対流活動の強さがわかると言うことになる。「雪は天から送られた手紙である」の暗号を読み解く鍵を、もうひとつ見つけることができた。さらには、雪を降らせる典型的な気象条件である、冬型の気圧配置の場合と南岸低気圧の場合では、硫酸や硝酸などの酸性物質の濃度が異なることもわかっている。
まだまだ、雪には暗号が隠されている。 挑戦してみないか ?



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上の写真は、中部山岳地域での積雪調査の様子である。様々な気象条件で降った雪に含まれる化学物質は、雪が融けなければそのままの層に保存されている。いろいろな山で雪を掘り、深さ方向に3cmごとに雪を採取し分析すると、上右のようなグラフが描ける。西穂高岳から順に南側に位置する場所の積雪を調べたが、ほとんど同じ時期なのに、北側の方が雪の深さが大きい。これは、北西の季節風で降る雪が多いからである。また、北から南へと順に塩化物イオンの濃度が小さくなっている。塩化物イオンは海塩起源であり、風上である日本海に近い方が濃度が高いからである。さらに、西穂高岳と乗鞍岳の調査地点は18km離れているのに、塩化物イオンの濃度プロファイルがとても似ている。これは、ふたつの地点ではほぼ同じ気象条件で雪が降っていることを示す。乗鞍岳から南に24kmの距離にある御岳(北面)では、前記のふたつの地点と大まかな傾向は似ているが、細部はかなり異なっている。硝酸イオンについて同じようなプロファイルを描くと、塩化物イオンとは逆に、より南側の地点で濃度が高くなっている。これは、南岸低気圧による関西や中京からの影響が大きいことを示す。

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上の図は、冬期間における積雪水量と融雪水量の変化、積雪全体と融雪水のpHと電導度の変化を示す(鈴木、2004)。融雪が起こる度に、積雪全体よりも低いpH(酸性の強い)の融雪水が流去することがわかる。このように、融雪によってイオン濃度が高く酸性の強い融雪水が陸水に供給される現象を、アシッド・ショックと言い、北欧や北米では社会問題となった。

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上の写真は、松本-札幌間の定期便から撮った冬の北アルプスと安曇野である。3000m級の山々は真っ白な雪に覆われているが、山脈の東側の低山帯や安曇野には雪がない。北西の季節風による背の低い積雲系の雪雲は、3000m級の尾根を越えられないのである。山岳地域は地球規模の環境変動に対して極めて敏感に反応する。
21世紀を背負う諸君、山岳地域における美しくも厳かな自然環境を一緒に研究しよう。