受験生向け研究紹介

浦井 暖史

理学科 物質循環学コース 生態システム解析分野

メタンを中心とした生態系の物質循環

【研究テーマ①:メタン生成菌とメタン酸化菌】
 メタン(CH4)は都市ガスなどの燃料資源として利用されている一方で,二酸化炭素の約25倍の温室効果を持つガスとしても知られています.地球上で生産されるメタンのうち,約7割は「メタン生成菌」と呼ばれる微生物が作っています.水田や沼地を眺めていると,ポコポコと泡が出ている様子を見たことがあると思いますが,この泡の主成分はメタンであり,微生物が作ったものです.
図1.酸素がない深部地下圏から採取した地下水サンプルの顕微鏡写真.緑色に光っているのは微生物.黄色に光っているのは地下水に含まれる鉱物.
 メタン生成菌は酸素がない環境(嫌気環境)に生息していて,二酸化炭素や酢酸などを食べてメタンを作っています.メタン生成菌が作ったメタンは,最終的に大気に放出されるのですが,メタンの放出過程を詳しく調べてみると,実際に大気に放出されるメタンの量は,メタン生成菌が放出したメタンの量の数パーセントしかないことが分かりました.このメタンが消えた原因には,土壌や水中に生息する「メタンを食べる微生物(メタン酸化菌)」の存在が大きく関わっています.メタン酸化菌は,メタン生成菌とは逆に,メタンを食べて二酸化炭素を生産します.この二酸化炭素もまた,微生物に食べられたり植物に吸収されたりすることで,一部は大気に放出されずに生態系に取り込まれています.

 このように,メタンと微生物は非常に密接な関わりを持っていますが,環境中では様々な要因が複雑に絡み合っているため,具体的に「どの程度メタンが生産されて,どの程度のメタンが消費されているのか」といったメタンの動態はよく分かっていません.そこで私は,こうした環境中でのメタン動態の解明を目指しています.
図2.冬の諏訪湖で見られる巨大な“窯穴”と呼ばれる氷の穴.これは諏訪湖の湖底から湧き出るメタンによって形成されている.湖底から湧き出たメタンは湖水を通って大気に放出されるが,一部は微生物(メタン酸化菌)によって二酸化炭素として湖水に取り込まれる.(提供:海洋研究開発機構)
【研究テーマ②:水圏生態系の食物連鎖】
 メタン酸化菌によって消費されたメタンは,二酸化炭素(溶存無機炭素)として水中に取り込まれます.この溶存無機炭素は藻類が光合成する際に使われ,藻類の細胞に取り込まれます.そして,この藻類を動物プランクトンが食べ,その動物プランクトンを魚が食べ,その魚を別の魚が食べ・・・,と続いていきます(我々人間も食べていますね).こうした生物の「食べる」「食べられる」といった関係を「食物連鎖」または「食物網(しょくもつもう)」と呼びます. 話をまとめると,メタン酸化菌によって酸化されたメタンの一部は,水圏生態系に取り込まれることになります.
 図2の写真のように,諏訪湖の湖底からは大量のメタンが湧いていることが知られています.私たちの研究グループは,放射性炭素分析という手法によって,このメタンの一部が湖水に取り込まれていること,諏訪湖に生息する藻類やワカサギにもメタン由来の炭素が入っていることを突き止めています.このようにメタン由来の炭素を手掛かりとすることで,例えばワカサギの食性の解明につながる研究など,水圏生態系の食物連鎖の解明に取り組んでいます.
図3.メタンを中心とした物質循環を示した概念図.メタンは微生物と密接な関わりを持つだけでなく,水圏生態系内の食物連鎖にも関わっています.私たちの研究室では,微生物によるメタン生成やメタン酸化に関する研究や,メタンが水環境中でどのような物質循環に関わっているのかを解明する研究に取り組んでいます.
キーワード:メタン,同位体比,放射性同位体,水圏生態系,食物網解析,メタン生成菌,メタン酸化菌
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