受験生向け研究紹介

花木 章秀

数学科 代数学分野

有限の数学

現在の研究テーマ:アソシエーション・スキームの表現
学生時代の私の専門は「有限群の表現論」であったが,ある問題がきっかけとなり,現在は主にアソシエーション・スキーム,特にその表現を研究している.アソシエーション・スキームの勉強を始めた頃は,身近に詳しい人もなく,色々と苦労をした.まず具体的な例を知るために,小さいものを書き上げるということをした(これは後に計算機を用いた分類という研究に発展し,現在も続いている).そのときに思い付いた問題に「素数位数アソシエーション・スキームの分類」があった.よく知られているように素数位数の群は巡回群に限る.同様のことがアソシエーション・スキームに対しても成り立つのかということである.素数位数のアソシエーション・スキームはcyclotomic schemeとそれに代数的に同型なものしか知られていない.しばらくの間,私の主テーマはこの問題であったが,そう簡単には解決の糸口を見つけることはできなかった.

2004年秋,ある研究集会で大阪教育大学の宇野勝博先生とアソシエーション・スキームの表現に関する話をした際,「原点に帰ってR. Brauerの1940年頃の論文を読むといい」といわれた(R. Brauerは有限群のモジュラー表現の多くの重要な部分を築いた数学者).さっそく読んでみた.するとその中の議論に使える部分があり,それを利用することによって大きな結果を得ることができた.その後,宇野先生と議論を重ねて,現在得られている結果は以下の通りである.

定理(花木-宇野). 素数位数アソシエーション・スキームは可換である.更にその最小分解体がアーベル体であるならば,それはcyclotomic scheme と代数的に同型である.

これはその証明にモジュラー表現を本質的に用いており,新しい手法による成果ともいえる.定理の中の仮定について「可換なアソシエーション・スキームの最小分解体はアーベル体であるか」(坂内-伊藤)という問題があり,これが肯定的であるならば素数位数アソシエーション・スキームは既述のものに限られる.しかし我々の結果の後,小松-坂内によって知られていない素数位数アソシエーション・スキームの存在の可能性が示されている.

素数位数アソシエーション・スキームに関する問題は完全に解決したわけではないが,表現論的な議論はしつくした感があり,現在はあまり考えていない.現在,もっとも興味をもっているのは,アソシエーション・スキームとその部分スキームや商スキームの間の関係である.これがよく分かれば,多くの問題は原始的スキーム(部分スキームや商スキームをもたないもの) に帰着することができ,その研究が進むことが期待される.最近,表現に関してClifford型の定理を証明したが,更なる一般化を行いたいと思っている.
研究領域:代数的組合せ論-アソシエーション・スキーム-
1930年代,R. A. Fisherは農業試験を効率的に行うため,幾何学における配置問題を応用した.これが「実験計画法」という名の「組合せデザイン」の研究の始まりとされる.「組合せデザイン」の問題とは,簡単にいえば,「全体をよく近似するなるべく小さな部分集合を見つける」ということである.部分集合を小さくすれば,近似が悪くなるのは当り前のことであるが,ある意味でもっとも効率のよいものを求めたいのである.

1940年代にはC. E. Shannonらによって「誤り訂正符号」の理論が作り出される.誤り訂正符号とは情報通信の際に生じるノイズ(雑音) を除去するために,用いられるものである.簡単な例として,まったく同じ情報をくり返し送るという方法がある.もし受け取った情報が異なれば,誤りがあることが分かる.また3 回以上送れば,多数決の原理によって正しい情報を推測することが出来る.しかし,この方法では情報量が大きくなりすぎるという問題がある.情報量の増加を少なくし,かつ誤り検出,誤り訂正の効率もよくするというのが,誤り訂正符号の理論の一つの目的である.

「組合せデザイン」や「誤り訂正符号」の理論は,このように実用的な問題から始まっているが,純粋数学としての研究も盛んに行われてきた.1973年にP. Delsarteはこれらのものを「アソシエーション・スキーム」という枠組の中で統一的に扱うことが出来ることを示した.Delsarteの論文が,アソシエーション・スキームを中心とする「代数的組合せ論」の出発点であるともいわれている(代数的組合せ論という言葉の意味は広く,他の意味で用いられることも多い).

一方でD. G. Higmanは1970年代を中心に有限群論,あるいはその表現論の一般化という観点からcoherent configurationを研究した.特にhomogeneous coherent configurationはDelsarteらによるアソシエーション・スキームの非可換版ともいえるものであり,私はこの意味で「アソシエーション・スキーム」という言葉を使っている.この意味ではアソシエーション・スキームは有限群の概念をその特別な場合として含むことになる.

アソシエーション・スキームは元々,組合せ論的な研究対象であるから,その研究は組合せ論的な手法によるものが多い.しかし,多くの組合せ論的な議論は扱う集合が大きくなると,もはや手に負えないほど複雑で難しくなる.そこで,ある種の"粗い"議論が有効になってくる.アソシエーション・スキームからは自然に代数が定義される.この代数を調べることによって元のアソシエーション・スキームの性質などを見るのである.近年,この方法によっていくつかの新しい結果が得られたため,注目される研究の一つとなっている.特にモジュラー表現(正標数の体上の隣接代数の表現) はほとんど研究が進んでおらず,今後の発展が期待される.

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\(X\) を有限集合とする.\(S\) は\(X\times X\) の分割とする.すなわち\[
X \times X =\bigcup_{s\in S} s \quad\text{(disjoint)}
\]である.\((X,S)\) が以下の3条件をみたすとき,これをアソシエーション・スキームという.
(1) \(1=\{(x,x)\mid x\in X\}\in S\),
(2) \(s\in S\) ならば\[
s^*=\{(y,x)\mid (x,y)\in s\}\in S,
\](3) \(s,t,u\in S\) にたいして整数 \(p^u_{st}\) が存在して,\((x,y)\in u\) であるとき\[
\sharp\{z\in X\mid (x,z)\in s,\ (z,y)\in t\}=p^u_{st}.
\]集合 \(X\) の元数を \((X,S)\) の位数という.このとき \(S\) の元を形式的な基底とし \(p^u_{st}\) を構造定数とする代数が定義される.これを \((X,S)\) の隣接代数という.隣接代数が可換であるときアソシエーション・スキームは可換であるといわれる.

任意の \(s \in S\) に対して \(p^1_{ss^*}=1\) であるようなアソシエーション・スキームは,本質的に有限群と同じものであり,そのときの隣接代数は群代数と同じになる.

複素数体上の隣接代数は半単純であり,したがって指標理論が有効である.このときの表現を通常表現という.正標数の体上の隣接代数は半単純とは限らず,一般にその研究は難しい.このときの表現をモジュラー表現という.正標数の体上の隣接代数がいつ半単純になるかはFrame によって判定できるが,Frame 数を求めることは一般には容易ではない.
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