山岳生態系研究部門では、泉山茂之教授と瀧井暁子助教(特定雇用)により主に信州大学農学部のある長野県上伊那地域でツキノワグマのGPSテレメトリーによる個体追跡等による生態調査を行っています。車で数分の場所にクマの生息している大学は、全国的にも珍しいのではないでしょうか。クマが生息しているということは、豊かな自然がある、ということです。
 私たちは、主に山麓部で捕獲されたツキノワグマにGPS首輪を装着して個体追跡を行っています。これまでの研究から、この地域のクマが夏に最も人里に接近し、山麓部に多いアカマツ林やその林縁などの環境に選択性が高いことがわかっています。つまり、農作物を食べるために人里に近づいているのではなく、人里周辺にあるサクラ類の種実やアリ類等の食物をもとめて低標高の地域を利用しているのです。

写真1. 電気柵近くに現れたオスグマ(2020年9月)

 10年以上個体追跡している立派なオスグマがいます。そのクマは4歳から13歳まで山間部で生活していたのですが、14歳になって初めてトウモロコシ畑に依存するようになったのです。段丘林を伝って林縁部に近い畑から利用をはじめ、利用開始2年目には複数の畑を利用し、行動が大胆になりました。このように、畑に通じる移動経路が存在し、電気柵等の物理的障壁がなければクマはどの年齢からでも農作物加害個体へ急変する可能性があることをこのクマは教えてくれました。このオスグマが人里を頻繁に利用していたため、2020年8月から9月に県職員、市役所職員や動物生態学研究室の学生と市道沿いの下草刈りや簡易電気柵設置を行いました。強度にトウモロコシに餌付いた個体はそれにも関わらず畑を頻繁に利用しており、今後は人里での人身事故のリスクを減らすためにも長期的視点にたった生息環境管理が必要と考えています。

図2. デントコーン畑から出てきたツキノワグマ(2011年撮影)

 ところで、2020年は本州各地でクマの人身事故が相次ぎ、10月31日には農学部から1km以内の場所で人身事故がおきました。事故現場は、普段クマが全く利用しない住宅地ですが、事故当日は未明から天竜川で複数の目撃情報があり、人身事故をおこしたクマと関連があると考えられました。「まさか、ここで」という場所にもクマが現れることがあります。今年は伊那谷の中央アルプスではクマの秋の主食となるドングリが不作だったため10月に他地域へと大きく移動したクマもいましたが、中には山麓方向へ移動する個体もいたのではないかと思います。人知れずクマが市街地近くに現れることもあります。市町村ではクマ目撃情報等を防災メール等で提供していますので、自宅近くのクマの出没情報を確認できます。クマに会わないためには、音の出るものを出し、クマに人の存在を知らせることが大切です。

写真3. クマの利用したデントコーン畑と隣接する樹林(下草刈り前:2018年9月)

写真4. デントコーン畑近くにおける林縁の下草刈りの様子(2020年8月)

 最後に、私たちが調査しているクマのほとんどは12月31日までに冬眠し、遅くとも1月中旬にはすべてのクマが冬眠します。今のところ、この地域では冬眠しないクマは確認していません。