教員紹介

やまだ けんぞう

山田 健三

日本言語文化 教授

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研究

宮町遺跡出土の「安積山歌」木簡

2008年5月22日(木)の日本語史の授業で、借音仮名や万葉集の用字について講義をしたところ、その翌日、紫香楽宮[742-745]跡と目される滋 賀県甲賀市の宮町遺跡から、「奈尓波ツ尓□久矢己能波□□由己母□…/阿佐可夜□□□□□□□流夜真□□□…」と記された和歌木簡が発見されたと、新聞各 紙朝刊が報じた。本木簡そのものは、1997年11月出土のものとのことで、今回、裏面が解読され「阿佐可夜□□□□□□□流夜真□□□…」、つまり「安 積山歌」が確認されたとのこと。「難波津歌」と「安積山歌」がペアで記されている点や、「安積山歌」が万葉集所収歌である点などは、和歌文学史の点からも 重要な発見であろうが、日本語書記史研究上重要なのは、万葉集では「安積香山 影副所見 山井之 淺心乎 吾念莫國」(16-3807)と、ほぼ正訓字主体の漢字文で書かれているものが、借音仮名(万葉仮名)で書かれており、これが遺跡年代からすると、万葉集 に先行すると考えられる点である。「定説を覆す発見」などと報じている新聞もあるようだが、この定説とは、和歌表記における「略体表記から非略体表記」と いう書記史把握である。「略体表記から非略体表記」とは、簡単にいえば漢文体が先行し、次に一字一音の借音表記が生まれた、とする考え方であるが、学界で は、相対立する見方が以前から存在しており、決して「定説」であったわけではない。(確かに「定説」であるかのように書いているものもないではないが…)
俗に「論より証拠」という。しかし「物的証拠」をどう査定するかは、実は「方法論」に支えられた見方に大きく左右される。よって、学問の発達に必要なのは 「論」と「証拠」の両方、データ的根拠と理論的根拠の双方である。新たな資料発見によって新たな知見が得られるのは、喜ぶべきことであるが、「定説」が簡 単に覆るようでは、これまでの「定説」が「説」といえるほど、きちんと検討されたのかどうか、はなはだ心許ない気がする。(だから「定説」ではないのだけ れど…)
今回の発見は、和歌表記における「借音仮名先行説」に有利な材料であるが、もちろん、この木簡一点だけで決まるわけではない。借音仮名の成立プロセスの解明という日本語書記史上の大きな問題だけに、更に活発な議論が起こることが望まれる。

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