教員紹介

つじ りゅうへい

辻 竜平

社会学 教授

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3.研究活動

中越地震に関する論文

 2008年10月発行の『社会学研究』誌において,拙著(針原素子との共著)「新潟県中越地震におけるパーソナル・ネットワークと一般的信頼の変化:震災前後のパネル調査を用いて」が掲載されましたので,簡単にその背景と内容を紹介したいと思います.
 このタイトルの中には,「パネル調査」という,多くの人たちにとって聞き慣れない言葉が出てきます.これは,同じ調査対象者を対象とした時系列的な調査という意味です.つまり...,本論文においては,中越地震の起こる前と後とで同じ調査対象者に対して調査をお願いし,その結果をまとめたものという意味です.これだけでも,この論文で扱うデータが極めて得難く貴重なものであることが想像できるはずです.私の知る限り,そのような調査票調査のデータは存在しません.私自身が,2002年に被災地の1つとなる栃尾市(現在は,長岡市に合併)で郵送法による質問紙調査を行ったときには,その2年後に当地でよもやあれほどの大地震が起ころうとは予想していませんでした(当たり前のことですが).地震が起こったときに,「これはパネル調査をやるべきだろう.そして,人々が災害からの復旧・復興において相互にサポートを行った結果として,ネットワークや一般的信頼が変化するだろうから,その変化を記録することが重要だ」とすぐに直感しました.運良く翌年度から科学研究費補助金(科研費)を受けることができ,2005年の春から本格的に調査を開始しました.当時私は東京の大学に勤めており,授業や学内の仕事に追われていてなかなか思ったようには研究時間は取れませんでしたが,夏休みなどの長期休暇を中心に現地視察やインタビューを行ったり,市内の全85区の区長さんに毎年秋に質問紙調査を行ったりしながら,データを取りためていきました.その中心が,2006年の秋に行ったパネル調査でした.非常に多くのデータや資料を集めたので,まだまだたくさんやるべき分析があります(その一部は,現在,私が担当する「現代社会論演習」で学生たちが請け負って分析してくれています)が,この論文は,その中心と思われる部分をまとめたものです.
 さて,この論文の構造は,かなり複雑です.実証の課題としては,タイトルにあるように,ネットワークの変化と一般的信頼(他者一般に対する信頼のこと)の変化を追うことにありましたが,その理論的課題としては,社会関係資本論と山岸俊男の信頼の解き放ち理論のそれぞれの立場からネットワークと一般的信頼の共変関係の説明を試み,どちらの理論がよりうまく適用できるかを考えることでした.
 この論文では,理論と実証を,徹底して地道に泥臭く行うことを心がけました.一年間にわたって指導を受けたこともある山岸先生の理論に対しても徹底的に踏み込んで批判を行いました.データはそもそもパネル調査をすることを前提していなかったので,2度とも回答していただいたデータのみを採用したために,被害の特に大きかった地域のデータが少数で重回帰分析すら適用できないほどでしたが,少数の変数のみを統制した偏相関分析を繰り返し行うことによって,どんな統制のやり方をしても比較的安定して同じような結果が見られることを確認した結果を掲載しました.さらに,前提となる理論と分析結果をふまえて,かなりの分量を理論的考察に当てました.結果として長大で複雑な構造を持つ論文になってしまいましたが,単なる理論的論文でもなく,単なる実証論文でもない,近年私が目指している,両方ともやる論文が1つの形になったのではないかと思っています.また,あまり主張しすぎると怖い気もしますが,質的研究に偏った農村研究に対して,徹底して量的研究の手法で攻めるというやり方がどこまで通用するのかを試みたという意図もあります.もちろん現地視察やインタビューもしていますが,そこはあえて前面に出さずに,表面的には理論-量的研究の形にするというやり方が,どこまで支持されるのか,問うてみたかったのです.たくさんのご批判を受けて,また研究を進めていきたいと思います.
 私自身としては,この研究を通して,少数サンプルから有効な知見を引き出すための方法が,もっと開発されるべきだという感触を得ました.とりわけ震災といった限定的なサンプルしか採れない状況からある程度科学的に信憑性のある知見を引き出せるようにすることは,有効な政策的な提言を行っていくためにも重要ではないかと思いました.しかし,その思いに反して,階層線型モデルなど,最近はやりの分析法は,より多くのサンプル数を必要とするようになっています.米国ではGSSなど大規模調査のデータを分析するようなやり方が中心ですので,やむをえないと思いますが,このような小規模調査にも適用できるような手法も開発してほしいと感じました.
 最後に,この論文は,私が研究代表者を務めた2つの科研費プロジェクトの結果です.2005年からいただいた科研費プロジェクトから,ひとまず最初のまとまった成果を出すことができました.この研究を進めるに当たって,震災を体験されて,非常に困難な状態でいらっしゃっただろう方々から調査のご協力をいただけたことに心から感謝申し上げたいと思います.そもそもこの調査は,実践的意味としては,今後の対策につなげていくための基礎調査という意味合いが強く,当初よりあまり中越地震の被災者の方々にその成果を還元できるたぐいのものではないとお断りしていました.私は今秋より信州大学に赴任してきましたが,中越の方々からいただいた成果を,中山間地の多い長野県において少しでも多くの方々に伝え,役立てていただきたいと思っています.

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