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つじ りゅうへい

辻 竜平

 教授

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3.研究活動

社会システムシミュレーションの社会学的課題に関する論文の紹介

 このほど,横断型基幹科学技術研究団体連合(通称,横幹連合)が発行した『分野横断型アカデミック・ロードマップ報告書』(経済産業省平成20年度技術戦略マップローリング委託事業)の一節に「社会モデリング・社会システムシミュレーションにかかわる社会学的課題」(このプロジェクトの概略はこちら)という論文を掲載してもらいました.
 本当は,このプロジェクトは,社会モデリングや社会システムシミュレーションの「明るい未来」を描くことが目論まれており,たぶん私もそのようなことを書くことを期待されていたはずなのですが――そして実際,最初はそのようなものを書こうと試みたのですが――,自分にはできなかったのでした.私自身が社会のシミュレーションをやったことのある身であり,学会の人たちからもそのように認識されているのかもしれないのですが,自虐的とでも言いますか,社会のシミュレーションの限界を指摘するような内容になってしまいました.最後に何とかかんとか希望的観測を挿入してネガティブすぎる印象を払拭しようとは試みましたが....

 社会のシミュレーションの問題点としては,主に4つの事柄について述べました.
1.社会科学の実証研究の精度が低いこと.したがって,その結果をもとにしてシミュレーション(数理モデルよりも複雑なもの)を構築しようとすると,予測の精度は相当に低くなるのではないかということ.
2.社会科学における「一般理論」は,過去と現在の社会のあり方から構築されたものであるが,未来の社会に適用できるかどうかは全くわからないということ.またこれと関連して,社会科学における「演繹理論」はおそらく不可能であること.
3.「よりよい社会を作るために」といった言葉が,社会シミュレーションを行う研究者から発せられることがあるが,何が「よい社会」なのかについては,まともに考えられたことはほとんどないのではないか.ここで,正義論を避けて通れないこと.
4.社会シミュレーションを行う工学者たちは,自らのシミュレーションによって社会制度を設計しようとするが,それはリバータリアンや自生的秩序論者からすれば否定されるだろうこと.

 このプロジェクトのために,半年の間に合宿1回を含めて数回会合がありました.このような否定的な論文を書きながらも,私自身は,情報系の工学者の研究者の方々と長時間にわたって議論をすることができ,とても有意義な時間が過ごせました.私は,2007年の数理社会学会で自ら企画したシンポジウムにおいて,情報系の工学者たちが構築する社会のシミュレーションについての違和感を吐露したことがありました.しかし,この会合で,工学者側の考え方についても知ることができたこと――工学者の間にもスタンスの取り方が違うことや,自然科学のモデルもそれほど精度が高くないことなど――,そして,それをもとにして,再度違和感について考えることができたことが大きな収穫でした.ここ数年,私自身は,情報系の人たちと仕事をすることの方が多くなっている気がしますが,今回のプロジェクトに参加させていただいて,これまで抱いてきた違和感をかなり払拭することができました(理解も諦めも含む)し,否定的な内容の論文ながらも,勉強したという爽快感を得ることができました.
 この論文の最後は,社会学者への提言で結んでいます.これまで他の社会科学の分野の研究者に比べて,社会学者は政策提言などにあまり積極的ではなかったのではないでしょうか.せいぜい,社会学を学べば社会の見方が変わりますよ,といったことしか言ってこなかったのではないでしょうか.しかし,信大に来て感じるのは,社会学者とはいえ(だからこそ?),地域社会への貢献を求められることです.このような傾向は,今後どんどん強くなっていくことが予想されます.社会の問題は複雑であり,単純な理論1つだけで解けるような問題はないのかもしれません.そんな中で,理論と理論をつなぎ合わせて構築する社会シミュレーションは,社会学者が提言を行っていく際に利用可能なツールなのかもしれません.社会学者のみなさん,社会シミュレーションはどうですか? ...というのは,あまりに敷居が高いでしょうか.シミュレーションの専門家とのコラボレーションなども積極的に進めるべきなのかもしれません.

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