教員紹介

にいつ けんいちろう

新津 健一郎

歴史学 助教

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第十四回中国中古史青年学者連誼会参加記

宿舎から見たメインキャンパス。写真右側の高層ビルが光華楼。

8月25日から27日まで、中国復旦大学(上海市)で開催された第十四回中国中古史青年学者連誼会に参加してきました。2007年に始まった、比較的新しい国際学会です。「中古」は日本語ではあまり使わない用語ですが(もちろんusedという意味ではない)、過去の区切り方(時代区分)にはいくつかの方法があり、その一つに、現代からの距離によって上古・中古・近古と区分するものがあります。漢語圏では比較的広く使われている時代区分法です。中国中古史青年学者連誼会の「中古」もその考え方に基づくもので、おおむね漢代~唐代(前3世紀~後10世紀)くらいを専門領域とする研究者が年に一度世界各地から集まります。ここ数年は新型コロナ感染症流行の影響を受けて延期や遠隔開催でしたが、今年からは対面開催に戻り、日本からは筆者含め8名の研究者が参加しました。

中国の学校暦は9月はじまり。構内には新入生の姿もありました。

会場の復旦大学邯鄲キャンパスは上海市の中心部に位置し、上海虹橋国際空港からタクシーに乗って1時間ほどで到着しました(支払いはキャッシュレス)。光華楼という高層ビルがそびえる広々としたキャンパスを中心に、周囲の街区にも学生寮や来客用宿舎などが配置されています。中国の大学は原則全寮制のため、学生寮も相当の規模になります。また日常生活に必要な各種商品・サービスを扱うお店もだいたい構内や大学近くにあります。参加者宿舎はメインキャンパスから道を挟んで反対側の復宣酒店、学会会場は光華楼でした。なお、人文学部と学術交流・交換留学協定を結んでいる哲学学院も光華楼に入っています。

最終日は新疆料理店で羊肉料理をいただきました。

学会は25日の夕方からスタートしました。まずは比較的年長の研究者がそれぞれの立場から学術動向を俯瞰視する座談会が開かれました。26日、はじめに開幕式典と記念写真撮影を行い、27日にかけて計17件の研究報告が行われました。報告20分・コメント10分・自由討論10分という配分で、比較的時間通りに進行しました。国際学会では報告者が持ち時間を大幅に超過した、討論が白熱してなかなか終わらなかった……という話を聞くこともありますが、今回の学会では司会者(出身や所属地にかかわらず)が「時間が押しています」とか「簡単にお願いします」などと注意を促す場面もありました。筆者は1日目午後、北京大学博士課程で学んでおられる方の報告に対するコメントを行いました。多言語史料を駆使してチベット帝国の前身となる政権の実態とそれに対する隣接地域の諸政権の認識を明らかにしようとする、意欲的な研究でした。今後の進展と論文化がまたれます。学会の様子は中国のメディア「澎湃新聞」で紹介されました(下記のリンク参照)。 27日のセッションを終えたのち、任意参加で南京方面へのエクスカーションが行われました。筆者は9月に国内学会での報告を控えていたため、会議参加のみで帰国してしまいましたが(なので写真はありません)、後日、日本から参加した研究仲間に尋ねたところ、南朝時代の遺跡などをみっちりと見て回ったそうです。帰路は地下鉄(大荷物だと安全検査が大変)とマグレブ(リニアモーターカー)で空港に向かい、関空までフライト、そこからは鉄道で松本に帰着しました。

光華楼21階(歴史地理研究所フロア)には中国歴史地理学の大家・譚其驤の像がありました。

今回の学会は3月ごろから打ち合わせが始まりました。ビザを取得すれば中国への入国は可能となっていましたが、「再度入国規制が厳格化されたらどうなる……?」「そもそもビザは出るのか……?(新型コロナ禍以前はビザ免除で比較的簡単に短期の渡航ができたためビザ取得に慣れていない)」など不安は尽きませんでした。また、ビザ取得の手続きを行った東京のビザセンターは大変な混雑ぶりで圧倒されました。とはいえ、移動時間を考えると、手続きさえ済んでしまえばそれほど遠い都市ではありませんし、入国後のまちなみはコロナ禍以前とあまり変わりませんでした(もっとも、ときどきマスクをつけている人を目にしましたが)。学術交流自体はオンラインでも、あるいはメールなどでもできなくはないのですが、直接顔を合わせ、また海外の空気に触れて刺激を受けることの大切さを実感させられました。最後に、事前準備含め今般の学会参加にあたりお世話になったみなさまに感謝したいと思います。

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