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いとう つくす

伊藤 尽

英米言語文化 教授

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映画『グリーン・ナイト』トークショー

映画『グリーン・ナイト』公開記念 本屋B&Bでのトークショー with 岡本広毅(立命館大学准教授)

トークショー後の記念撮影の場で。

去る11月21日(月)に、下北沢にある本屋B&Bにて、映画『グリーン・ナイト』公開に先立ち、トークショーが催され、ライター/編集者の月永理恵様の司会進行により、立命館大学准教授岡本広毅さんと参加しました。

映画『グリーン・ナイト』(The Green Knight)は、北欧の異教信仰者をホラータッチで描いた映画Midsommar [スウェーデン映画なので日本語訳は『夏至祭』とでもなるはずですが、邦題『ミッド・サマー』と英語化]を作った映画製作会社A24のプロデュースで、『ゴースト・ストーリー (A Ghost Story)』(2017年)と『さらば愛しきアウトロー (The Old Man & the Gun)』 (2018年)を撮ったアメリカの映画監督デイヴィッド・ロウリー (David Lowery) が脚本・製作・監督を手がけた最新作(2021年公開)です。

映画の元となったのは14世紀後半にイングランド中西部で書かれた1冊の写本だけに遺された、14世紀英文学最高傑作のひとつ『ガウェイン卿と緑の騎士』(Sir Gawain and the Green Knight)です。
現代英語の標準形であるロンドンを中心としたイングランド中東部方言とはまるで異なる中西部方言は、書かれた文字を読んでも(ロンドン方言で主に書かれた同時代の大詩人ジェフリー・チョーサー作品とは異なり)現代語との語形的連想も難しいものが多く、英語のネイティヴスピーカーも読むのに苦労すると言われた作品です。写本学者Sir Frederic Maddenによる活字化(1839年)を経て中世英語文献学研究者の耳目を集めたものの、いわゆる英文学史に取り上げられることはなかなか難しかったという過去がありました。

国際アーサー王学会会員である私と岡本広毅さんとは、これまでも『ガウェイン卿と緑の騎士』について語る機会はありましたが、この映画をきっかけとしてお話をしよう、ということになったのです。

中世英語文献学者としてのJ. R. R. Tolkienの貢献

伊藤所持のSGGK初版、改訂版(1930年)

『ガウェイン卿と緑の騎士』(SGGK) が、現在、世界中にいる多くの英語/英文学の学生に知られ、読まれるきっかけは、J. R. R. Tolkienが作りました。

トールキンは1920年にリーズ大学に助教授 (Reader) として勤めますが、それ以前にオクスフォード大学の英語/英文学科で論文指導教員として働いた際に個人教授をしたカナダ人学生エリック・ヴァレンタイン・ゴードン (E. V. Gordon)が1922年に専任講師 (Lecturer) として着任します。後に「よく働く小悪魔 (an industrious little devil)」とまでトールキンに呼ばれたゴードンは、非常に細かいところにまで精緻さを求めるトールキンの遅筆を出版にこぎ着けさせるための助手として大いに寄与したことでしょう。

こうしてふたりは、学生にも読めるように一言一句すべての語釈を乗せたGlossaryと、文学的・言語学的・文化的背景を詳細に説明する注釈 Notes を完備させ、韻律を含めて原文を十分に味わい、鑑賞し、理解することを目指して校訂本を上梓します。当時、オクスフォード大学出版局の編集部には、トールキンの先輩であり、論文指導教員 (tutor) でもあったケネス・サイザム (Kenneth Sisam) がおりました。彼は、グロサリーなどは薄くして出版することで余計な出費や紙の消費を抑えることを旨としていたようですが、トールキンとゴードンは、その彼の意に反して分厚い校訂本を作り上げたのです。

現在は、トールキンの教え子のひとりでもあったNorman Davisによる第2版がペーパーバックでも入手でき、より廉価で学生が14世紀の英語に触れることができるようになりました。

わたくし伊藤も、学部学生の3年生のときに、当時の恩師高宮利行先生が大学院/学部共通授業として開講していたSGGK精読の授業に出席し、一言一句すべてグロサリーで引くように!との薫陶を受けて毎週予習し始めたのが、現在に至る、文献読解の始まりだったわけです。
信州大学図書館には、トールキンやゴードンと同じように中世英語文献や中世北欧語文献を研究された故水野知昭人文学部教授の旧蔵書が寄贈されていて、SGGKも当然含まれています。誰もが気軽に手に取ることができるので、学部生だからと気後れせずに、是非ページをめくって欲しいものです。できれば私も、恩師と同じように、SGGK精読の授業を開講したいと希望しています。

トークショーでは、そのようなトールキンがどんな風に校訂本を編纂したか、さらにそこから現代英語を用いて、14世紀の英語が持っていた頭韻の詩の技法を再現したかについて、詩の朗読を交えてお話しました。

現在、共通教育機構で学部共通科目として1年生向きに「中世英語文献学入門」を担当していますが、そこでは、毎年年末から年始に賭けて、SGGKの紹介をしています。なぜなら、この物語は新年の宴から始まるからです。
西洋では年末年始は「クリスマス」のシーズンです。クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝う行事ですが、現在この季節に行われているキリスト降誕節は、ゲルマン的な冬至の祝祭を下敷きにもしています。そしてSGGKは、そのような宗教的な祝祭と、死と再生のモチーフ、罪とその救済の暗示に満ちた作品です。細かな描写から詩人(作家)の修辞的技法や文学的工夫、そしてあっと驚くような結末に導かれるまでのミステリー小説にも似たどんでん返しを含めて、中世英語文献の最高傑作を是非味わってみてください

ガウェインは人気者!

ロンドン、大英図書館蔵 コットン写本 ネロxA/2, for.129r. ガウェイン卿を誘惑する、領主ベルティラックの奥方

以前の国際アーサー王学会でお目にかかることができた、漫画家の山田南平先生の傑作『金色のマビノギオン』は現在も連載中ですが、そこでもやはり主人公へのアプローチが近いのはガウェイン。
まさに主人公のパートナー役にぴったりのイケメン男子です!

ガウェインの人物像としては、中世フランス語で書かれたロマンス(文学史で習うべき文学ジャンルですよ〜)作品では、なんというか、女性にすぐ手を出しては捨てるイケスカナイまっちょ男子ぶりを発揮するのですが、イングランドを含めたことブリテン島内で書かれた作品の中では、騎士道の鏡というべき好男子なのです。

なかでも、本作『ガウェイン卿と緑の騎士』のガウェインは素晴らしいのです。
まだ騎士の中でも新参者、という立ち位置で、初々しさも感じられますし
(若者故の過ち、という点を強調したガウェインを描いた『勇者の剣』(Sword of the Valiant; 1984年)という映画も作られました)
謙遜さの美徳を身に付けています。そして、鍵は「理想主義/完璧主義」であること! それを象徴する「ペンタングル=五芒星」をシンボルとして縦に紋章として持つほどです。

(今回のトークショーで、その意味を深めることができました。ありがとう、岡本先生!)

若者故に、そしてより高みを目指すが故に完璧を目指すこと、理想を目指すこと…そのこと自体はよいことでしょう。
そして、ガウェインは、まさに理想の騎士へとステップアップしていく………そんな彼を待つ、張り巡らされた罠とは……
………………ね、面白そうでしょう!?

まずは、そんな原作を読んでみてもよいですし、先に映画を観るのもよい。できれば両方を楽しんでほしいです!

そんな14世紀を生で味わいたい人は、大英図書館の写本サイトがオススメです。なんと、カラー写真で写本そのものを読むことができるのです! よい時代になりました…
わたくしが学部学生や大学院生の頃には、写本を拡大して家で見るなんて、夢もまた夢でしたからね〜

最後につけ足しのリンクをば

トークショー後の記念撮影の場で。

このトークショーは12月22日までアーカイブ配信を視聴可能だそうです。

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