教員紹介

はやさか としひろ

早坂 俊廣

哲学・芸術論 教授

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中国関係

『武漢日記』

 ロックダウンされた武漢で毎日ブログで日記を公開している小説家がいることは、wechat(微信)を通じて知っていました。また、その日記が英語に翻訳されて出版されることが決まった途端、「自国の恥を世界にさらす売国奴」だと強烈に非難されたことも、ネットニュースで知ってはいました。今回、その日本語訳が出版されたため、手にとって読んでみました。帯には「新型コロナウィルスの孤独な夜、1億人以上が心震わせた衝撃のドキュメント」と記されています。一読してみて、多くの人々がこの日記の更新を心待ちにしていたわけがよく分かりました。やはり何でも実際に読んでみないと分かりません。お勧めの作品です。最も共感できた部分は、「ある国の文明度を測る規準は、どれほど高いビルがあるか、どれほど速い車があるかではない。どれほど強力な武器があるか、どれほど勇ましい軍隊があるかでもない。どれほど科学技術が発達しているか、どれほど芸術が素晴らしいかでもない。ましてや、どれほど豪華な会議を開き、どれほど絢爛たる花火を上げるかでもなければ、どれほど多くの人が世界各地を豪遊して爆買いするかでもない。ある国の文明度を測る唯一の規準は、弱者に対して国がどういう態度を取るかだ。」(二月二四日、p.141)、「災難は間もなく終息する。友人のみなさん、決して勝利という言葉は使わないでほしい。覚えておこう、勝利ではなく終息だということを。」(三月一〇日、p.218)という箇所です。「第三波」に襲われつつある国の住民として肝に銘じておきたいと思います。

 また、この日記が執筆中、何度も何度も削除と攻撃にさらされていたこともよく分かりましたが、その「わけ」は理解できませんでした。筆者は、「デマ」や「マイナスのエネルギー」を拡散する罪人としてネットで誹謗中傷にさらされ、ブログは閉鎖され(知人が代わりに「日記」を公開してくれたようです)、記事は何度も何度も削除されたようです。おそらく筆者が、政府が初期段階で「ヒトーヒト感染はない。予防も制御もできる」と公言してしまったがために対応が決定的に遅れてしまったことを繰り返し非難していること、ネットでの誹謗中傷に屈することなく反論し続けたこと等がその原因なのでしょう。ただ、この「日記」の大部分は、都市の全面封鎖に直面した市井の人びとがどのような日々を送っていたのかを淡々と記録するものであり(「多くの武漢市民にとって、団体購入、テレビドラマ視聴、就寝、それがいまの生活なのだ」、三月四日、p.189)、この程度の文章がここまで攻撃にさらされること自体、中国のいまの雰囲気をよく伝えるものだと言えるのかも知れません。「ウィルスが引き起こした伝染病が武漢に蔓延するのと同時に、言葉の暴力という別の伝染病が私のブログのコメントに蔓延したのだ。武漢の伝染病の蔓延は、人口一千万の都市の前代未聞の封鎖につながった。一方、私のブログのコメントに現われた伝染病は、この時代の明白な恥辱を示している。」(三月一五日、p.251)。他人事ではありません。このことも、同時代人として肝に銘じておきたいと思います。

 最後に、この書物を読んで心に刻まれた二つのことについても、書いておかなければいけません。一つは、中国の人たちの相互扶助の精神です。スマホで緊密に連絡を取り合いながら友人や親族同士で助け合っている姿勢が、とても印象的でした。もう一つは、筆者の「武漢愛」です。この日記を読んで、筆者が郷土を心から愛していることがひしひしと伝わってきました。私にとって、武漢は未踏の地ですが、この日記を読んで武漢を訪ねてみたくなりました。

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