人文学部からのお知らせ
卒業生・修了生への学部長からの祝辞
祝 辞
ご卒業ご修了おめでとうございます。一年前に引き続き、今年度も、皆で一堂に会し、卒業・修了を寿ぐ場を設けることができませんでした。そのことを心から申し訳なく感じつつ、新たな人生を歩み始める皆さんに、はなむけの言葉を送りたいと思います。
宮本輝の小説に『青が散る』『春の夢』という作品があります。どちらも、主人公が大学生であり、私が大学生の時に強く心を揺さぶられたお勧めの作品です。お勧めのわりには今さらながら気づいたことですが、題名の言葉を並び替えてみますと、「青春の夢が散る」となります。ここで、「こんな言葉は、卒業・修了を寿ぐはなむけとしてふさわしくない」と眉をひそめた方がおられたかも知れません。ただ、私の勝手な思い込みかも知れませんが、青春とは、「散る」のに格好の季節ではないでしょうか。ここで散らずに、一体いつ散るというのでしょう。
まど・みちおという詩人に、「さくらの はなびら」という詩があります。『ポケット詩集』(童話屋)という本から引用してみます。
えだを はなれて
ひとひら
さくらの はなびらが
じめんに たどりついた
いま おわったのだ
そして はじまったのだ
ひとつの ことが
さくらに とって
いや ちきゅうに とって
うちゅうに とって
あたりまえすぎる
ひとつの ことが
かけがえのない
ひとつの ことが
この詩を読むと思い出すのは、「好雪片片不落別処(好雪片片別処に落ちず)」という禅語です。『碧巌録』という禅の文献に出てくる言葉なのですが、岩波文庫(中巻116頁)では、「みごとな雪だ。ひとひらひとひらが別の所には落ちない。落ち着くべき所に落ちている」という意味であると解説されています。「さくら」と「雪」の違いこそあれ、どちらも、散り落ちることの意味を考えさせてくれます。
皆さんは、信州大学人文学部/人文科学研究科の課程を無事終えることができました。しかし、これは決して終わりではありません。皆さんの人生は今、新たに「はじまった」のです。いまあなたが立っている場所は、もしかしたら不本意な地点に見えているかも知れません。もしそう見えている人がいたら、「好雪片片不落別処」という言葉を思い出してください。あなたのその場所は、他でもないあなた自身がたどり着いた唯一無二の地点です。そこから、次の一歩を踏み出してください。「かけがえのないひとつのこと」を皆さんが今そこから再びはじめてくれることを、楽しみにしています。そして、次の花が咲いた時でも、どこかよく分からないところに落ちてしまった時でも、いつでも構いませんので、信州大学にぜひ遊びに来てください。その時には、マスク無しで対面して、思う存分お話しできるようになっていることを願ってやみません。
皆さんは今、立つべきところに立っています。そのことを、心から寿ぎたいと思います。ご卒業ご修了、本当におめでとうございます。
2021年3月21日
信州大学人文学部長
信州大学大学院人文科学研究科長
早坂 俊廣