教員紹介

いとう つくす

伊藤 尽

英米言語文化 教授

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映画『ホビット:思いがけない冒険』でのお仕事

翻訳監修

チラシの1枚目

昨年の12月14日に世界同時公開となった映画Hobbit: An Unexpected Journey  邦題『ホビット:思いがけない冒険』の準備の間に、翻訳監修者として参加しました。 すでにご存じのとおり、この映画はピーター・ジャクソン監督による映画The Lord of the Rings  邦題『ロード・オブ・ザ・リング』三部作の原作物語となっている『指輪物語』の前編となっている『ホビットの冒険』の映画化です。 僕自身、映画『ロード・オブ・ザ・リング』の日本語版上映の際に、字幕翻訳および吹き替え版の「エルフ語監修者」としてお手伝いをさせて戴きました。 もしかしたら、その流れで再びお手伝いをすることになったと勘違いをされている方もいらっしゃるかと思いますが、そうではありません。 今回の『ホビット』については、配給がWarner Brothers Ent.となりましたし、『ロード・オブ・ザ・リング』に携わったから、というだけで関われるものではありません。 今回は、同じ翻訳監修者として、慶應義塾大学の辺見葉子教授、高橋勇准教授というすばらしいスタッフがおります。 実は、このお二人と私は、文学部の英米文学専攻内の同門でありまして、アーサー王伝説(および古書物学)研究の日本の第一人者である高宮利行教授の下で、J. R. R. Tolkienについての卒業論文研究をした一派をなしています。 はい。J. R. R. Tolkienといえば、中世英語英文学・文献学・中世北欧語文学の研究者 として、リーズ大学で5年間、オクスフォード大学の教授としてなんと34年間も教鞭を執った 天才です。 その天才の筆による原作『ホビットの冒険』は、後に書くように、トールキンの学識に満ちた 内容のために、今日に至るまで、多くの研究者が挑まねばならぬほど、深淵かつ豊かな世界が描かれているのです。 その天才の学識は、ひとりやふたりが束になってかかって解決できるものではありません。 そこで、我々翻訳監修者は、トールキンの広大な研究専門分野を、(辺見)中世後期英語・ケルト語文学、(高橋)近代以降の幻想・ファンタジー文学受容、そして(伊藤)中世前期英語・北欧語文学という、私たちの3つの専門分野に分けて、『ホビットの冒険』とその映画版を、日本の観客に、誤解なく、深い世界観とともに鑑賞して戴くお手伝いをしようとしたわけです。 そもそも、私たちがどうしてこのような専門研究をしているかと言えば、学部時代のトールキン研究がその基になっているからなので、まさに原点回帰。この作品に関することならば、この三人をもってすれば、どこも漏らさず日本人のための解説ができることはばっちり保証します。 そして、翻訳監修というお手伝いも、我ら三人の長女というべき辺見先生の情熱と魅力、高橋先生の有能な分析と日本語能力なくしては、達成できなかったでしょう。 具体的には、辺見先生が、慶應義塾の塾内報である『塾』誌に寄せていらっしゃいますが、 そもそも映画字幕や吹替翻訳は、普通の翻訳とは異なる特別な翻訳技術が必要です。 その中で、下訳の段階でプロの翻訳の先生が訳された日本語をチェックすることになります。 たとえば、ravenという単語。普通の日本人が思い描く「カラス」は crow ですが、もっと大きく、尾が長いカラスです。英米文学関係者ならば、すぐにエドガー・アラン・ポーの有名な詩 'Raven' が思い出されるところでしょう。 ところで、このravenですが、原作の中ではドワーフ族と近しい関係があり、賢い鳥として人語を話すこともできた、という設定になっているのです。つまり、それほど遠い昔の話、ということでもあります。 けれど、普通に英語で、ravenと出てくれば、普通に「カラス」と訳したいものです。しかし、この映画の中に出てくる単語としては、第二部、三部へと続く重要な「鳥の種族」なので、ここは字幕も吹替版も「大ガラス」(さすがに大鴉、という漢字にはできませんでした)としなければならないわけです。 ちなみに、ドワーフの名前は北欧語(古アイスランド語)で書かれた写本に記録されているdvergr族の名前が用いられています。そして北欧神話の中で、raven大鴉は、世界中のできごとを見聞きして、それを北欧神話の主神オージンに告げる鳥だと信じられていました。 ドワーフの主に人語を介して情報を伝えるというモチーフも、そこから取られているわけです。 そのように、ホビットの映画の中では、たった1つの名詞ですら、おろそかにできないコワサがあるのです。

吹替版エルフ語監修

トールキンの伝記表紙

今回の映画でも、原作者J. R. R. トールキンの創造した言語「エルフ語」が登場します。 「エルフ語」については、以前、岩波書店から出ている『文学』という雑誌に「エルフ語紹介」という論文を載せたことがあるので、詳しい説明はそこに譲ります。 いわば、太古の世界に生きていた、今では「想像上の生きものに過ぎない」と人間が考えるようになってしまった超自然的な生きものの使う言葉、と言えばよいでしょうか。 しかも、トールキンは、語源から始めて、それぞれの生きものの種族毎、部族毎に変化していった言語の歴史も作り上げてしまったのです。言語学者、文献学者ならではの偉業です。 映画版では、トールキンの残した草稿や出版した書物に見られる「エルフ語」の情報をもとに、そこにはない単語も、アメリカの比較言語学者(トカラ語の専門家)ディヴィッド・サロが補いつつ、エルフ語の台詞や歌詞を作っています。 私としては、そのサロの作り上げたエルフ語の発音やニュアンスを、日本語版の声優さんに伝えるということをするわけです。やはり声優さんも意味が分かった方が声の演技もし易いと思います。が、耳のよい方は、オリジナルの発音をきれいに真似ることができるのですから、私のお手伝いもほんの小さなものに過ぎませんけれど。

プログラム・パンフレットのお手伝い。

プログラムの表紙

日本での映画公開にはつきものの、プログラム・パンフレット。 この重要性は、外国の映画制作会社にはあまり認識されていないのかも知れませんが、 日本人は、この「映画パンフレット」なるもので、多くの知識を広げ、海外の映画作品を 深く理解できるようになったという歴史的経緯があるように思います。 今回は、プロダクション・ノートの翻訳や、登場人物の相関図や説明などに携わりました。 映画館で御覧になった方々は、是非プログラムも手にして戴きたいものです。

映画チラシ2枚目

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