はやさか としひろ
早坂 俊廣
哲学・芸術論 教授
教員 BLOG
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関学与書院文化学術研討会
28年ぶりに西安を訪れる機会をいただきました。「関学」というのは、西安周辺で生まれ育った儒学者たちの学問のことです。ただいま「書院文化」に関する共同研究に参加しているのですが、そこに中国の書院研究の大家から学会参加を募るお声がかかったため、思いっきり手をあげて参加させていただきました。開催地は「関中書院」ですが、ここは長らく西安文理学院のキャンパスとして利用されてきたため、学生宿舎や教室等が敷地内にありました。西安にいる間ずっと雨が降っていたのですが、この学会の午前の部の時だけ晴天でした。午前の部は屋外で挙行されたため、とても助かりました。主催者の方々の日頃の善行が天に届いたのだろうと思いました。
学会開催前には、「関学」の思想家たちに関する現地調査を実施しました。・・・と書くと何だか偉そうですが、いつものように、杭州師範大学の申緒璐先生がレンタカーを運転して、いろいろと連れて行ってくれました。運転中、申先生が、何年か前に中国で流行ったという「西安人的歌」を流してくれました。すごく気に入って、帰国後、Spotifyで何度も聞き直しました。眉県の「張載墓」「張載祠」、周至県の「李二曲墓」「李二曲像」等々。「関中書院」の建物・展示も含めて、「関学」に関する理解が深まりました。申先生には、心より感謝申し上げます。 私はこれまでずっと、浙江省や江西省、安徽省や江蘇省といった「華東地域」の思想史ばかりを追ってきました。ざっくり言ってしまえば、朱熹も王守仁も「南方人」ですので、それで十分だと思っていたのですが、今回、「関学」の地を訪れて、北方・西方にも目を向けなければいけないなと痛感しました。
もう一つ痛感したのは、ここは「小麦文化」の地だということです。肉丸糊辣湯、羊肉泡饃、羊肉湯(に固いパンをちぎって入れるやつ)、ビャンビャン麺、どれもおいしかったです。28年前、西安で食堂に入り、日本人の感覚でラーメンと餃子を注文しました。店の人には止められたのですが、「大丈夫!」と言って頼んだら、バケツみたいな器が二つ出てきました。どちらも大量に残してしまい、謝りながら店を逃げ出た苦い記憶があります。たぶん、どちらか片方だったとしても、32歳の自分はとても食べ切れなかったと思います(況んや還暦の爺さんをや)。今回は、河南省出身の申先生が注文しシェアしてくれたので、問題はありませんでしたが、周りのテーブルを観察すると、やはりものすごい量でしたので、西安で料理を注文する時には気をつけなければいけないな、と再認識しました。地域文化を体認できました!