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はやみ かおり

速水 香織

日本言語文化 教授

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全方位、山。

中山道宿場をめぐってみよう

奈良井宿の高札場を見学する調査メンバー

ごきげんよう。人文学部教員の速水です。本日4月4日、信州大学では令和七年度入学式が挙行されました。初々しいスーツ姿の新入生諸君と付き添いの方々が行きかわれ、生協前広場ではサークル活動の勧誘に先輩たちが集う、キャンパスの沸き立つような風景に、新たな年度が始まったことを実感いたします。ほんの数日前までは、年度が締めくくられる安堵感と、卒業・修了される方々の巣立ちに喜びと一抹の寂しさを心に思う時間を過ごしていましたが、あらためてまた歩き出す時節を迎えました。ところで、昨年の秋には「島々」の謎を追うべく(追いきれませんでしたが…)国道158号線を辿る一日旅に出向いた我々調査メンバーでしたが、よく知られた道でも、実際に訪問し、この目で見てみると、実感を持った発見があることを、それこそ実感し、今度は、信州を貫く大道路「中山道」に出向いてみようということになりました。「いつでも行ける」と思うと後回しにしがちなところで、私含めメンバーの多くが訪れたことのなかった馬籠・妻籠宿と、その前後に位置する複数の宿場を訪問することと致しました。なかなか全員の日程があわず、しかし年度末に巣立つ方々にも参加いただきたく、3月24・25日に、何とか実現ということに相成りました。

街道をゆく(車で)

松本から馬籠・妻籠方面へ向かうには、主に国道19号線を南下することになりますが、国道沿いには、そこが旧宿場であることを示す看板が設置されており、地理情報が大変わかりやすいです。いくつかの宿場を通過したのち、まずは奈良井宿の街並みを歩きながら見学しました。江戸時代を髣髴する風景を味わえる同宿場には海外からの観光客の方々も多く訪れていましたが、どなたも街並みに見入りながら静かに歩みを進められていて、我々も、宿場の京都側入口に復元された高札場や鎮神社、また大宝寺の「マリア地蔵」などを、じっくりと見学させていただきました。******奈良井宿からさらに南下すると、上松宿にたどり着きます。今回の参加メンバー全員、この宿場にある著名な景勝地「寝覚の床」には行ってみたかったということで、臨川寺を参拝後、木曽川に降りて浦島堂にも参拝いたしました。ここは特急「しなの」の車窓から何度も眺めたことはありますが、実際の岩場をつたって浦島堂まで到達するには、なかなか骨が折れました。まあ、大学院生くんたちは、概ね私の2倍ほどの速さで歩まれながら、こちらを振り返っては「ゆっくりでいいですよ」などと慈悲深い声をかけてくださいましたが……諸君、それがやはり若さなのですか? まあまあ、それはさておき、浦島堂から眺める寝覚めの床は壮観で、特急「しなの」の車窓から眺めるそれとはまた大きく異なる印象がありました。こちらのほうが、より昔の人々が見ていた風景に近いのだろう…と思いつつ戻り、さらに南下したわけですが、松本を出発し、街道に入ったあたりから、風景が「街」から「山」に切り替わったことを実感もしていました。それは「風景の中に山がある」というより「迫りくる山に囲まれている」といった感覚で、街道の両脇は山、前方には行く手を阻むかのように聳える山、振り返っては雪山という、何といいますか「ここ以外に人間が通れる道はない」と実感こめて理解できる風景でした。******現代においてもそのような感覚に襲われるこの街道が、島崎藤村の小説『夜明け前』の冒頭に「木曽路はすべて山の中である」(岩波文庫)と謳われているのはあまりに有名ですが、宝永六年(1709)に出版された貝原益軒の紀行『木曽路之記』にも「凡 信濃路は皆山仲なり。就中 木曽の山中は。深山幽谷にて。山のそばづたひに行がけ路多し」とあり、この街道を通る人々がおしなべて抱く感慨なのではないかとも思えます。「知ってたけどさ、あらためて山すごくない?」などと話しながら、いつしか岐阜県中津川市に入り、落合宿の本陣にも足を運びましたが、このあたりは、どこにいても恵那山が視界に入ります。と言うよりむしろ、恵那山がどちらに見えるかで、自分のいる位置をつかむことができます。時代が変わり、街並みが変わっても、木曽路には「山」という不動のランドマークが存在しているのですね。

中山道広重美術館から馬籠。

中津川に一泊し、翌25日は、もう少し南下して大井宿の本陣跡や「中山道ひしや資料館」を見学しましたが、その前に「中山道広重美術館」を訪問しました。ちょうど企画展「江戸名所ガイドブック」が開催中だったことに加え、すごろく遊びや浮世絵の印刷が体験できるなど、大人から子どもまで楽しみながら学べるコーナーが充実しており、堪能させていただきました。お読みくださっている方々にも、ぜひHPなどご覧になっていただきたいと思いますが、とても魅力的な美術館で、今回のメンバーでは、ぜひまた訪れたいとの意見で一致したところです。*******今回はここで引き返して北上し、馬籠宿を目指しました。観光地として整備された馬籠宿には、大きな案内所やお土産処、また飲食店なども充実していますが、馬籠峠を越えて妻籠に向かう街道は、結構な坂道です。途中、島崎藤村の作品と生涯をたどることのできる藤村記念館も見学しつつ、展望台になっている馬籠峠に到着すると、絶景の中に、まだ雪を残す、美しい恵那山が見えました。******今回は、馬籠・妻籠とその前後に位置する宿場をめぐろうという計画でしたが、各宿場の個性や共通性を見学できたと同時に、変わるものと変わらないもの、実際に歩く・見ることの重要性についても、深く思いを致す経験となりました。さらに、山を主体とする信州で、ちょうど中央部に位置する大きな平地(実際にはゆるやかな坂ですが)である松本が、古くから交通の要衝・物流の拠点のひとつとして機能してきたことも、地理的な特性をつかむことで、実感込めて納得いたしました。そして、古典籍調査に継続的にご参加くださっていたメンバーには、2024年度末をもって大学を巣立つ方々もいらっしゃいましたが、今回訪れられなかった宿場にも行ってみたい、また機会を見つけ、学術的なフィールドワークを実現しようと約束し、帰着した松本で、解散した次第です。

謝辞

このたびのフィールドワークには、信州大学人文学部同窓会から、活動補助金を賜りました。ここに明記して、心より御礼申し上げます。また、このたびの広範囲に亘るフィールドワークは、卒業生にあたる参加メンバーが自家用車をお出しくださったことで実現できました。ご厚意に、心より御礼申し上げます。

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