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同窓会からのお知らせ

中野和朗先生をお見送りして参りました

19日にご逝去された中野和朗先生を囲み長年交流を続けている信大独文卒業生らでつくる会「カメラーデン」の加園雅俊さんより以下のメールが送られてきました。 加園さんのご了承をいただき、このホームページに転載させていただきました。  心より中野先生のご冥福をお祈り申し上げます。                                                【事務局:ふ】

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カメラーデンの皆様

5月19日に亡くなられた中野和朗先生をお見送りして参りました。 それまで比較的安定していたご様態が急変したとのことで、診断は心不全とのことでした。

 昭和8年10月31日ご誕生

 令和8年5月19日ご逝去 92歳

20日のお通夜、翌日のご葬儀には、車椅子に乗られた満智子奥様と三人のお嬢様、和香さん、朗美(あきみ)さん、智佳(ちか)さんほかご家族、ご親族の方々、その他の方々が参列され、カメラーデンからは、小島さん、中神さんが参列いたしました。

お通夜は翌日の告別式と同様、宗教色のない、形式張らない開放的とでも申し上げたらいいのでしょうか、中野先生らしい明るい雰囲気の中で行われ、不謹慎かもしれませんが、私も時に笑顔どころか笑い声を漏らしてしまう場面もありました。

棺に収められる前の中野先生が、まるでハイキングに出掛けるような軽快な服装でお休みになっていて、誰でも枕元に近づいて話し掛けることができました。 お顔はほんとうに眠っていらっしゃるのかと思えるほど、あの中野先生のお顔で、不思議な思いにとらわれました。

翌21日は、あいにく雨降りの日でしたが、大勢の方のご参列があり、私がお会いしたカメラーデンの方は、小島さんの他は、小倉さん、石原さん、山下さん、山本(浮田)さん、田中さんでした。 須澤先生は、聴覚に変調を来しているため大勢の人の中に出ることが難しいため、奥様と式の始まる前にお別れにいらしたそうです。

弔辞は、自遊塾塾長の松本猛さん、ヒマラヤスギの会の聞間元(ききまはじめ)さん、人文学部の事務の方が述べられました。その間、私の脳裏にも先生との楽しい思い出が次々と浮かんでは消えていきました。

最後のご挨拶は、奥様と二人で喪主をお務めになった次女の朗美さんが、途中声を詰まらせる場面もありましたが、明るく気丈になさいました。 感謝の栞の御会葬御礼に綴られていたお言葉をそのままここに記載いたします。

 春はコゴミ タラノメ コシアブラ

 夏はアユ トマトにキュウリにナスインゲン

 秋はマツタケ雑キノコ 新蕎麦は言うまでにあらず

 冬はすき焼きタラ鍋握り寿司 ひやみず庵謹製年越しそばと手作りおせちで家族団らん

故人は農林水産業にいそしみ真面目に遊ぶ自由人「ホモルーデンス」でした。

最晩年は「武器よさらば」の運動に精力をそそぎ一刻も早く武器をなくし命を慈しむ世界にと願い続けた五年間でした。

遊びも研究も全ては故人にお付き合いくださった皆様のおかげ様で続けてこられました。

心から感謝申し上げます 故人の愛を胸にどうか皆様も大いに遊びましょう。

中野和朗先生、沢山の楽しい思い出をありがとうございました!

加園雅敏(1983卒)

 ああ青春の歓喜より はえの力は生(あ)れいでて

 燦爛高き天(あめ)の座に 生命(いのち)の群れのわななけば

 聖歌を聞くやえのきばの 木梢(こぬれ)に星はまたたきぬ

 しじまに夢は甘けれど あはれ奢りに運命(さだめ)あり

 刹那の酔(え)いにあくがれて 迷えるものよ帰り来よ

 法(のり)の灯しのゆらぐとき 我に帰命の祈りあり

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