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みたに なおずみ

三谷 尚澄

哲学・芸術論 教授

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クワメ・アンソニー・アッピア『コスモポリタニズム』
みすず書房、2022年(三谷尚澄訳)

「訳者解説」より抜粋

地球規模でのヒト、モノ、カネ(そして情報とウイルス)の移動が活発化し、さまざまな価値観や慣習同士が衝突する時代に私たちは生きている。そして、この現状は、同じ惑星に暮らす私たち人類の全員に、さまざまな社会的、倫理的課題を突きつけるに至っている。

これらの課題に対して、本書の著者であるアッピアが解決策として提示するのがコスモポリタニズムの理想であり、アッピアによればこの思想は次の二つの考え方を組み合わせることから成り立っている。一つは、「私たちは、自分たちが帰属する家族や共同体、あるいは国家などの範囲を超えて、すべての人類に対して道徳的義務を負っている」という普遍主義者の発想である。そして、もう一つは、「私たちは、互いの差異からもさまざまな学びを得ることができるのであり、ただ人間であることに由来する道徳的義務だけでなく、私たちの日々の暮らしが営まれる個別の伝統や文化(ローカリティ)への忠誠や尊重にも十分な注意が払われなければならない」という多元主義者の原則である。

「人類全体への義務? 《自国ファースト》のスローガンが声高にまかり通るこの時代に馬鹿げた話を──」。第一の原則に対しては、そのような感想が抱かれるかもしれない。また、第一の原則と第二の原則の間には、容易には調停することのできない衝突や摩擦が生じるのではないか。そのような疑念が呈されるところであるかもしれない。

予想されるそのような困難と正面から対峙しつつ、ともすれば空疎にして安易な理想主義として退けられかねないコスモポリタニズムの思想を鍛え直し、古代ギリシアに遡るその伝統を魅力的かつ説得力に富んだ仕方で現代に再生してみせること。すなわち、差異への顧慮と普遍性の尊重とを首尾よく両立させることのできる新しい倫理の可能性を提示してみせること。このことが、この本におけるアッピアの課題である。

* * *

例外なく、すべての国に暮らす人々を巻き込む気候変動やウイルスの脅威にさらされるだけでなく、大国による一方的な軍事侵攻(そして、その余波として生じる燃料費や食料価格の上昇)に直面せざるをえない私たちの日常──さらには、そのいずれの出来事もが、日々の貧困に苦しむ人々に対してとりわけ顕著な負の影響を与えてしまうという現実──、罪人でもない難民たちを長期にわたって収容する「入管」の問題、「西側」の民主主義的価値観に正面から異を唱える専制的政治体制の台頭──。私たちが直面する緊急の倫理的・政治的課題を思いつくままに列挙するだけでも、コスモポリタニズムが「過去の遺物」ではなく「これからの課題と可能性」を提示する思想として遇されるべきであることは明らかであるように思われる。

原著の出版から十五年以上を経たいまもなお──いや、その後の社会情勢の変化を思うなら、いまのこのタイミングでこそ──この書を日本の読者に紹介し、コスモポリタニズムをめぐる問題状況に一石を投じることが──そして、なにもかもが手遅れになる前に、私たちの一人ひとりが自らに課せられたコスモポリタンとしての義務に目を開かれるようになることが──切実に要求かつ期待されているのではないか。それが、訳者たる私の偽らざる思いである。

2022年夏 三谷尚澄

詳細は、こちらから版元(みすず書房)のサイトをご覧ください。

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