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みたに なおずみ

三谷 尚澄

哲学・芸術論 教授

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『哲学しててもいいですか/文系学部不要論へのささやかな反論』

国立大学における「使えない」人文系の学部は「廃止」ないし「社会的要請の高い分野」に転換してしまえ――。大きな反響を呼んだ文部科学省からのそのような言い分に対し、現役の人文系教員の立場からどのような反論を行うことが可能なのか。この問題について、わたし自身の教員としての経験を踏まえつつ、できるだけ具体的に、そして地に足のついた仕方で論じることを試みてみました。

教室での出来事や日常の業務、同僚の先生方との交流にまつわるエピソードなど、「信州大学人文学部」にまつわる話題も豊富に登場します。「大学論」、「人文学の社会的存在意義」等の大きな問題だけでなく、「信州大学人文学部での学び」という具体的な話題に関心をもつ方々にも一読いただければ、と思っています。

以下、本書冒頭部、「はじめに」からの抜粋です。

* * *

・・・橋を作ったり新しい電子機器を世に送り出したり、工学系の学問のように毎日の暮らしを便利にしたり劇的に変容させたりといった成果を生み出すことはできない。医学部の人びとのように、病に苦しむ患者さんたちを治療することもできない。農学部の人たちのように、害虫や天候不順に強い作物を作ったり森を守ったりすることもできない。あるいは、情報系学部のように、すぐに役立つIT技術を修得させて、メーカーだとか金融系企業だとかに人材をどかどか送りこんでいるわけでもない。

「人文学っていうと、いわゆる哲学とか文学とか歴史学とかそのあたりですよね。大学の授業でどんなことをやっているのかはあまり知らないですけど、名前も知らないフランスの作家がパリのカフェで誰それと会ってただとか、新古今和歌集に対する中国の影響がどうだとか、はてはドーナツが回転するときドーナツの穴はドーナツと一緒に回っているのだろうか、だとか。そんなことばっかり考えたり調べたりしてるわけですよね? それで? そんなことやってていったい何になるんですか? そういったことを学んだうえで人文学部を卒業するとどんないいことがあるんですか? 説明してください」

あらためて言われてみると、たしかにこれは厳しい指摘だ。

(中略)

さて、どうしたものか。どうすればいいのか。

(中略)

・・・本書におけるわたしの論述は、「地方国立大学の人文学部に所属する教員の、ごくありふれた日常的な経験」に基づいて進められることになる。そして、この点において、「哲学の存在理由」をめぐるわたしの考察は、大規模な大学院大学等における高度な学術研究の実践に立脚しつつ、人文学の文化的・歴史的意義を論じるスケールの大きな論考や、国家レベルでの学術行政全般を射程内に収めた本格的な水準での大学論などとは、おのずから趣の異なったものとなる。

「研究者になることなどおよそ考えない/大学を卒業してしまえば専門の哲学書に目を通すことなどほとんどしなくなる」、そんなごくふつうの若者たちが、大学在学中に哲学を学んでおくことにはどのような意義があると考えられるのか。そこには、彼ら/彼女らの人生にとって、そして彼ら/彼女らが社会の中心となる三十年後のこの国にとって、どのような意味で有益な成果を期待することが可能なのか。あるいは、裏を返した――わたし個人にとってはより切実な――言い方をして、わたしたち人文系の大学教員は、四年間の学びを終えて社会へと巣立つ教え子たちに、卒業後の何十年と続く人生を生き抜いていくうえで有用となる、どのような道具や武器を手渡すことができるのか。

この問いにわたしなりの答えを与えてみることが、この本のテーマである。

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