現代社会論演習 in 新潟県旧栃尾市
2008年10月26日(日)、辻が担当する「現代社会論演習」では、有志の学生とともに、新潟県長岡市(旧栃尾市)西中野俣地区で行われた「あぶらげまつり・コシヒカリまつり」の視察を行いました。
なぜ栃尾か?ですが、辻は2002年に旧栃尾市全域を対象とした郵送調査を行いました。その後当地は新潟県中越地震の被害を受け、それをきっかけに復旧・復興の様子をフィールドワークや郵送調査などによって追い続けてきました。
そんなこともあり、本年10月に本学に赴任してすぐに、辻が担当する「現代社会論演習」にて、中越地震からの復旧・復興にかかわる資料を分析することを目的とした演習を行うことにしたのです(演習の内容は年度ごとに変わります)。そして、10月26日は、西中野俣地区にある「杜々(とど)の森名水公園」で「あぶらげまつり・コシヒカリまつり」が行われるのを機に、百聞は一見にしかずとの思いから、同地区および被災地をめぐる一日(強行)視察を行いました。
早朝に出発。午前10時の開始前に、旧栃尾市の北荷頃地区にある仮設住宅の跡地を訪問しました。昨年は、仮設住宅がなくなってからも、もと住民のみなさんがその跡地にコスモスを植えたりしていましたが、今年はその様子もありませんでした。ただだだっ広い跡地が広がっており、辻自身は時の移ろいを感じました。学生たちには、仮設住宅が発行した写真集「大地の牙」で様子を見せていましたが、何もない跡地に何を感じ取ったでしょうか。単なる空き地と映ったのか、何事かを考えたのか...。
西中野俣地区の杜々の森名水公園に到着。まずは、湧水のおいしさをみんなで実感。
まつりは、西中野俣区長の挨拶によって始まりました。このまつりの見所の1つは、地元中野俣小学校(新山・繁窪・西中野俣の3地区の児童が通う、全校生徒23名の小学校)の児童による、地元に伝わる伝統芸能「広大寺」の踊りです。
「伝統芸能なんて古くさい」などと言うなかれ。小さな小学校の3地区の大人と子どもがともに自分の住む地域を見直し文化を次世代に後継しようとする重要な意味合いもあるのです。
その後は、しばし地元で取れた食材による、おにぎり・きのこ汁・あぶらげ等々に舌鼓を打ちました。
男子学生は、早食い競争にも参加。結果は...おまえら、情けないぞ(喝)!
その間、辻と女子学生は、中野俣小学校のお茶席で一服しておりました。
地域活性化のためにお祭りをするというのは、よくある手法です。これによって、さまざまなポジティブな効果があるのは事実ですが、祭りの日一日だけの賑わいで終わってしまうこともあるようです。ここ中野俣では、3つの地区それぞれにおいて、そうならないように普段からさまざまな取り組みがなされています。また、それに積極的に関わっていく小学校の存在も、この地区の場合特に重要です。もちろん、このようなイベントへの参加によって、小学校の児童も成長していきます。農村における小学校の役割について、中野俣小学校長の富澤惠子先生にお話を伺いました。
しかしまあ、最後まで食べていたのは、他ならぬ女子学生でした。(ちゃんちゃん)
祭りを最初から最後まで満喫した後、中野俣小学校に寄せていただきました。学内を見学し、木造校舎の暖かみ、2学年が1つの教室で学習する仕組みなどを知りました。
その後、夕方で次第に暗くなっていくなか、繁窪地区の繁窪-吹谷線という道路を経て栗山沢・来伝の「ほだれ大神」と巡り、道の駅、仲子町の復興住宅などをさっと見て回りました。
さらに、これだけよく食べたにもかかわらず、「せっかく新潟まで来たのだから海の幸が食べたい」というリクエストに応え、ちょっと遠回りして寺泊港まで脚を伸ばして帰りました。「おまえら、よう食うなあ。」
夜遅くまで一日ご苦労様。