令和7年度「山岳環境保全学演習」を実施しました
1.演習名
「山岳環境保全学演習」
2.授業の達成目標
日本アルプスをはじめとする山岳・山地に恵まれた信州という実際の現場において、初歩の種同定から、フィールドワークの実践、記録から取りまとめまでを一貫して身に付ける。
3.実施日
令和7年9月16日(火)~19日(金)(3泊4日)
コロナ禍が全国的に深刻化した令和2年度以降、本演習は中止、学内(信州大学農学部)学生のみ対象の開講、学外学生向けと学内学生向けの別々(2回)の開講などの対応を取ってきた。令和6年度には、withコロナの状況となり、通常の(学内外の学生を交えた)開講を予定していたものの、台風10号の影響で中止となった。令和7年度、5年ぶりに通常の形で演習を開講することができた。
4.実施場所
信州大学農学部附属アルプス圏フィールド科学教育研究センター(AFC)
西駒、手良沢山、構内ステーション
5.実施概況
【実習の概要】
受講生は、他大学学生として13大学から計15名、学内(信州大学農学部)学生6名が集まった。また、山岳学位プログラムの山岳フィールド実習A(山岳環境保全学アドバンス演習)受講生として、他大学大学院から1名の大学院生が参加した。実習指導は荒瀬輝夫、小林 元の両准教授と室谷楓香助手の他、4名のTA(信州大学農学部の4年生2名、修士1年生2名)を加えて実施した。
初日は、食と緑の科学資料館「ゆりの木」にて実習のガイダンスと講義を行い、西駒演習林の自然紹介、中央アルプス登山の歴史、山岳環境、および本演習で掲げているSDGsについて概説した。また、亜高山~高山でみられる針葉樹や鳥類についても説明した。講義後に翌日のスケジュールの確認を行った後、桂小場学生宿舎へと移動し、必要な装備・物品等の確認を行った。
2日目は7時に桂小場学生宿舎を出発し、学バスにて駒ヶ根市の菅の台バスセンターに移動して、路線バスとロープウェイを利用して千畳敷駅(標高2,612m)まで達した。千畳敷のカール内の登山道ぞいで高山植物の説明を1時間ほど行った。その後、登山道を進み、乗越浄土で主稜線に登り詰め、中岳を経由して、14時ごろ木曽駒ヶ岳の山頂(2,956m)に至った。この日は濃霧に時折見舞われたものの天候は曇り~晴れで安定していたため、予定通り主稜線を北方向にたどって、西駒山荘に向かった。途中、聖職の碑(大正時代の遭難記念碑)を見学し、西駒山荘には15時半ごろに無事到着した。
3日目は西駒山荘にて管理人の宮下拓也氏の指導の下、約3時間かけて天気図を作成し(あいにく日本近海に複数の台風がある複雑な気圧配置であった)、今後の天候について検討した。朝から昼過ぎまで雨天であったため、例年実施している山小屋周辺のゴミ拾い活動は中止した。雨対策の装備を準備し、天候の様子見で西駒山荘で昼食をとった。13時すぎに西駒山荘を出発し、途中で雨は止んだため予定どおり下山ルート(演習林内の丸尾根ルート)を進み、温暖化試験地、固定試験地の見学・観察を実施した。しらべ小屋(標高1,950mの中継点)に15時半ごろ、桂小場学生宿舎に17時50分ごろ帰着した。帰着後、学バスで移動して19時ごろ手良沢山宿舎に到着した。
最終日は9時に手良沢山学生宿舎を出発して食と緑の科学資料館「ゆりの木」に再び集まり、高山、亜高山帯の森林生態についての講義とレポート作成を行った。レポート作成にあわせて、受講者にアンケートへの協力をお願いした。アンケートの内容は、各実習内容についての満足度と有益さの評価と、演習参加後、興味関心が増大したこと、その他の感想・意見・要望等の自由記述である。
【成果と課題】
a.実習内容
受講者全員からアンケートの回答が得られ、わずかに「不満」という回答(悪天候や疲労にともなう内容)も見られたものの、概ね「大変満足」「大変有益」という回答が圧倒的であった。とりわけ「動植物の調査・観察」の評価が高く、ついで「山小屋問題」「天気図作成」の評価が高かった(図1)。
評価の理由として、以下のようなコメントが寄せられた。
(動植物の調査・観察)
・先生の解説とともに植生の多様さを感じながら楽しく演習ができた。
・行くことさえ貴重な環境に演習としていくことができて、普段は聞けない解説まで拝聴できた。
・高山植物の名前だけでなく、生態や味などを知れて面白かった。
・資料があったので、名前と植物を照らし合わせることができ、よかった。
・先生だけでなく生徒も植物に詳しく、良い刺激になった。
(登山道の維持管理)
・ガスや悪天候で少し見えづらかったが、観察することができた。
・植生を守るロープ。雨で登山道の真ん中を歩けない状態などを体験できた。
・今後、登山するにおいて考えながら登れるから。
・登山ルートの整備や植生保護のためのロープなどの設備などもきれいに整備され、細かな手入れなどがあると感じられた。
・実際に登山道を歩くことで、登山道の維持管理の大変さが学べたのでよかった。
(天気図作成)
・最近はスマホで見れば天気なんて確認できると思っていたが、天気図の重要性に気付かされた。
・初めて作図して、難しかったところがほとんどだったが、得難い知識がついたのでよかった。
・ラジオの音声に合わせて図に書き入れていく難しさと、完成した時の達成感を感じた。
・初めての天気図作成は、少し分からないことが多くあったが、これから登山の際に役立てられるようにしたいと思った。
・自分一人で始めるのはハードルが高く、教えていただけてとてもよい経験になった。
(山小屋問題)
・山小屋生活の不便さ、逆に楽しいところを両方学べた。
・山小屋が環境保全のために様々な取り組みを行っていることを知れた。
・桂小場、西駒山荘、手良沢山の比較、汚水の問題を見つめる貴重な機会だった。
・西駒山荘でのトイレや食器のみがきなどを体験することにより、得られることがあったのでよかった。
・山小屋をめぐる問題を、山小屋の管理人の方から直接話が聞けて、貴重だった。
(西駒ステーション演習林の亜高山帯森林での実地踏査)
・雨の中であったが、標高により針葉樹が変化していくのを見ることができ、よかった。
・傾斜がきつかったが、標高差による植生の違いを比較できました。
・雨でフードを被っていたこともあり、説明がうまく聞き取れなかったりしたが、面白いものが見れた。
・高山→亜高山→山地帯と植生の移り変わりがよく体感できよかった。
・垂直分布を下っていって、植生が変わっていく様子をしっかり観察できた。前半が雨で、あまり余裕がなかったのが残念。
b.演習参加後に興味関心が増したSDGsの目標(複数回答)
目標13[気候変動] と目標15[陸上資源] が20名中15名と多く、目標3[保健]は5名と少なめであった。理由のコメントから、目標13[気候変動]については山岳域の植生に与える温暖化の影響、目標15[陸上資源]については環境保全・人とのあり方、目標3[保健]については登山道整備や体力向上などについての気づきがあったことが窺えた。
c.演習参加後に興味関心が増したこと(複数回答)
「山岳・登山」「野生動植物」「気象(天気図)」「山小屋問題」をそれぞれ20名中10名以上が回答しており、「ない」という回答はなかった。各実習での興味・向学心を喚起する学習効果に、あまり偏りはなかったことが読み取れる。
d.その他
要望・改善点についてのコメントは、多くが実習中の講師の説明が聞き取りにくいことについてであった。この意見は、例年、寄せられるものであるため、小型のホワイトボードの使用や、2~3回に分けて説明するなどの措置を取っていた。今年度は受講者数が多かったため、ただでさえ登山道上で隊列が長くなってしまうことは想定されていたものの、それだけでなく、疲れた学生がついていくだけで精一杯で後方に下がったこと、さらに実習中の雨や濃霧による悪条件も重なったことで、後方の学生が説明を聞き取りにくい状況であったことが窺えた。野外での説明方法だけでなく、ルートとスケジュールの再検討も含めて、今後の課題としたい。
