教育学系
現場の問題を解決する
スペシャリストを養成
「教職大学院」がスタート
学術研究院 教育学系
伏木久始 教授
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教育学系
学術研究院 教育学系
伏木久始 教授
従来型の、アカデミズムを追求する体制では、
教育現場の課題に対応しきれない、
という現実があります
平成27年度まで、信州大学大学院の教育学研究科は「学校教育専攻」と「教科教育専攻」の2専攻で構成されていました。どちらかというと"アカデミック"な大学院であり、これはこれで、優秀な学生を社会に輩出してきましたが、本学を卒業した学生の多くは、教育現場に就職します。または、現職の先生が学生としてここで学び、また現場へ戻っていくわけです。そういった学生のニーズとして、アカデミックというよりも、"現場に即した教育"への期待が高まっていったのは自然なことです。
そこで、従来の研究科を整理し、平成28年度より「高度教職実践専攻」、いわゆる「教職大学院」を中核とする大学院に改組しました。
教職大学院は、アカデミズムを追求するところではなく、学校現場にある課題を解決するためのスペシャリストを育成する場です。学部を卒業したばかりのストレートマスターを想定した「教職基盤形成コース」(募集人員15名)と、現職の先生を対象とした「高度教職開発コース」(募集人員15名)の30名を総定員としています。
令和2年度現在、全国で54の教職大学院が誕生していますが、このような「教職大学院」が求められる社会的背景としては、大きく2つのことが挙げられます。
ひとつは、昨今の学校が非常に難しい職場になっているため、従来の4年間の教職課程だけでは対応しきれないのではないか、ということです。数年でリタイアしてしまう、精神的にまいってしまう、または実践に対応できないという新卒者が増えています。4年間の教育にプラスして、もっと実践力を身につけてほしい、という声につながるわけです。
もうひとつは、すでに実績のある中堅の先生のための研修機会を求める声です。従来は、教育委員会や各学校内で研修の機会を設けてきましたが、それだけでは足りず、大学院で専門的な力量のある教員へと養成して欲しい、というニーズがありました。
この両者のニーズを受け止めるには、日本の従来型のアカデミズムを追求する体制では対応しきれず、専門職大学院としての「教職大学院」が全国で求められるようになったのです。
全国的にも一歩踏み込んだカリキュラムが特徴。
現場で学び、チームで課題に向き合っています
このように、教職大学院が設立された背景は全国的に共通ですが、信州大学の教職大学院のカリキュラムは一歩踏み込んだものになりました。
その特徴のひとつは、「学校拠点方式」の採用です。従来は、大学の教室で教員から専門的な知識を獲得し、演習を通して理解を深めていくのが、大学院での学びの姿でした。一方、今回採用している「学校拠点方式」では、私たち教員が、院生の所属校である小学校や中学校などに出向き、院生が抱えている課題に寄り添いながら問題解決をしていく、ということなります。もし15人の院生がいれば、私たち教員は15の学校に出向くということですね。
2つめの特徴としては、「アリーナ方式」という授業方式です。ひとりの学生に対して複数の教員がチームで指導する形式です。例えばひとりの院生が「子どもたちの人権意識を高めるような、学び合いの空間を作りたい」という課題を設定した場合、学級経営を専門とする大学教員だけでなく、発達障害に詳しい教員、教育方法学の観点をもった教員など、複数の教員の視点を取り入れることで、協働して問題解決をはかっていくというものです。
これら独自の方式を同時に実現するためには、まず、教職大学院の院生と教員をチーム編成し、今回はA小学校、次回はB小学校というように、チーム内の現職院生の勤務校に赴きます。そして院生本人の実践を参観したり、その拠点校の実情を理解したりしながら、子どもたちが下校した夕方からはチーム全体でその先生(院生)の課題についてディスカッションします。その後、指導教員がその日の振り返りをマンツーマンで指導して、省察の記録を綴っていくという流れです。
さらに、院生たちに視野を広げてもらうための取り組みとして、独自のカリキュラムを作成しています。月1~2回(主に1年次)、休日に教職大学院の教員、院生全員がキャンパスに集う機会を設けて、それぞれのチームの研究課題について意見交換を行ったり、専門的な内容を集中講義で学んだりします。
また、教職大学院の3つめの特徴としては、附属学校園を教職大学院の重要な拠点校として位置づけたことが挙げられます。教育学部附属学校園の先生方は、非常にハードな日常を送っています。その先生たちに大学院に関わってもらう上で、私たちは附属学校園の改革も同時に推進できるような仕組みづくりを進めています。そもそも、教育学部と附属学校園は一心同体の関係です。附属の質を高めなければ学部の質も高まりません。先生たちが過労で倒れないようにカリキュラムを調整しながら、附属学校園を拠点校の中核に据えています。
ここまで大きく教育現場に踏み込む大学院は、ほかにはないと思います。もともと、信州大学教育学部では「臨床の知(※)」ということを大切にしていて、臨床経験科目と専門科目をつないで教員養成カリキュラムを体系化する努力を続けてきました。大学院改革を求める社会的な動きの中で、せっかくならば学部が理想としてきたことを深められる大学院にしよう、そんな思いがありました。県内各地の校長先生はじめ関係者の皆さんが「面白くなりそうだね」と期待し、応援してくださっている。非常にありがたいことですね。でも、このカリキュラムの実践とその有効性は未知数です。「完成しました、さあみんなきてください!」ということではなく、「県内の学校、教育委員会、関係者と、皆で一緒にいいものにしていきましょう」という呼びかけをしている最中です。
「自分の立ち位置はどこにあるべきだったんだろう?」
省察を深め、多様性をマネージメントできる力量が必要
将来的に、教職大学院を修了した学生に求めている姿というのは2つあるんです。
ひとつは「省察」できる教員、省察を深められる教員像をモデルにしています。省察というのは、子どもたちに指導した内容について、「あの時のあの指導はどうだったんだろう?」などと、もう一人の自分をつくって振り返ることです。例えば、時間割に沿って一生懸命やってきた先生が、「ちょっと待てよ、本当に意味のある授業はどうあるべきだろう?自分の立ち位置はどこにあるべきだったんだろう?」と、教科書や学習指導要領に対しても、一人の教師として対峙する省察もあります。さまざまな省察のステージがありますが、実践のやりっ放しではなく、省察を通してしっかり専門性を深めることが求められています。
もうひとつは、協働して学び合う姿勢です。学校現場の多忙感が強くなってきたこともあり、教員同士がお互いを高め合うことが難しくなっていますが、子どもたちに求められているのは、共に学び合える環境です。それも、優秀な人だけが集まるということではなく、さまざまな個性の人たちが相手の個性を認め合う環境が理想です。さまざまな先生たちが協働して学校文化を築いていく、その仕組みをマネージメントできる力量が必要なのです。多様性を受け入れ、違いを乗り越える雰囲気をつくる力を身につけてほしい。これが2つめの教師像です。
ここで求められる2つの姿は、"現場"の個別具体状況の中で実践的に学ぶことで、学びとっていけるものであると考えます。そのために、実践を参観し、課題を共通理解しながら事例研究を重ね、ディスカッションを通して学び合うしくみをカリキュラムに反映させています。
切り刻めない「生の課題」に対して、専門性をどう生かすのか。
私たち研究者の新しい課題です
私はカリキュラム研究者なので、理想的な学びの形をどう具体的なカリキュラムに落とし込むか、ということを常に考えています。従来型のカリキュラムは、求められる専門性を机上でリスト化したものが授業科目として定められてきました。学生はそれぞれの専門教員からばらばらに入ってきた知を吸収し、「修了するときには統合されているはず」というのが従来のモデルです。
ところが、実際にはそんなふうには統合されていかないと思うのです。仮に、現場にある課題をカテゴリーに分けてリスト化し、それぞれの項目に授業科目名を割り振って分類整理したとします。しかし、領域別に断片化して切り取った瞬間に形を変えて見えなくなる、「生の課題」が山積しています。その対応として今、私たちが考えていることは、生の課題をそのまま現場で受けとめて、様々な専門性からアクセスできないか、ということです。現実の課題に対して、自分の専門性からどう語れるのか、自分の専門性をどう高められるのか、それが私たち研究者にとって新しい課題になっています。
また、教える側の論理でつくってきたカリキュラムを、学ぶ側の論理で転換してカリキュラムを作りかえる。これが私たちの教職大学院がめざすカリキュラムデザインです。別の観点からいうと、みんなが「ここで学びたい」と思える大学院をつくりたい。学校現場の先生も、学部を卒業したばかりの学生からも、「学ぶ側の論理」によって求められる大学院をつくっていきたいと思っています。
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