センパイの肖像

陶器とガラスの二人展をする工学部卒業生 「海の焼き物と山のガラス」

陶器とガラスの二人展をする工学部卒業生

 「海の焼き物と山のガラス」と銘打って、松本市内のクラフト店で二人展をしていた工学部卒業生のお二人、高山宗久さんと前田一郎さん。海の焼き物とは、はるか日本の最西端に近い沖縄・西表島に居を構えて、そこで30年来作陶している高山さんの作ったもので、山のガラスとは、長野市で前田さんが作った吹きガラスの器のこと。手作りの温もりのある器が並んでいる。お二人の話を聞いた。

(文:中山万美子)

山のガラス 海の焼き物

信州から日本最西端の与那国島へ

展示会場:工藝マエストロ(松本市)
展示会場:工藝マエストロ(松本市)

 高山さんが西表島近くの与那国島を訪れたのは、大学を卒業する半年ほど前のこと。アルバイトで貯めたお金で沖縄へ旅行し、そこで偶然に「息子が信州大学医学部生だ」という男性に出会って与那国島のことを聞いた。アクセスは相当に不便だと耳にしながらも、高山さんは冒険心にまかせて、日本最西端の島へと行ってみることにした。

 与那国で魚釣りをすると、高山さんの竿には、これまで手にしたことのない60~70cmもある大きな魚かかった。その手応えは半端ではなかったという。

 「これで人生観が変わってしまったんです、ここでこういう生活もいいかなと・・・これで決まっちゃったんです」
 高山さんは大学に戻り、卒業すると、迷うことなく与那国へ飛んだ。

焼き物を一生の仕事として

毎日使えそうなシンプルで優しさのある器
毎日使えそうなシンプルで優しさのある器

 素潜りでついた魚を売ったり、土木工事関係のアルバイトをしたり、なかなか与那国で長く生計を立てていく仕事をするのは難しい。「ずっとここで暮らしていくためには、なんとか自営できる仕事を身につけなければと、西表島で作陶をしている人のところへ転がり込んだんです」

 ここで、どんどん仕事を教えてもらって「一ヶ月すると、簡単な売り物をつくっていました」。以来、芸術家としてではなく、手仕事の職人として器をつくり続けてきたのだという。

 「使いやすくて、値段が手ごろで、シンプルな食器がいいと思っています。みなで楽しく食卓を囲むのは、豊かで平和であるということ。そんな食卓の食器であればと思います、演出といったら大げさだけれど」と高山さん。窯は 穴窯も使う。まきは近所の山から調達し、土や釉薬は1000坪もある自宅の敷地からも採ることができる。穴窯というのは、同じまきを使う登り窯が8割ほどに対して、5~6割ほどしか、まともに焼き上がらないそうだ。「効率は悪いですが、穴窯の方が原始的で、予想のできない、いいものもできるんです。予想ができないことが魅力なんです」でも、高山さんは、「工学部出身だから」温度の上り方を細かくデータを取り、位置や焼き方を工夫して、人事を尽くす。

自然と人の営み

 穴窯で焼くのは、年に1回きり。1週間以上、焚きつづけるためには、大量のまきを使う。「私のやっていることなんか、エコじゃないですよ。山からまきを採ってきて、燃やして二酸化炭素を出して、土を採って使うんだから、環境破壊ですよ」といい、続けて「だけどね、あそこでやっていたら、それは微々たるもので、圧倒的に自然が強いんですよ」と。昔は、もっと山からいろんなものを採っていた。それは環境破壊だけれど「だから山を大切にしよう、手を入れなくちゃいけないという気になる」のだ。

 西表島に暮らして30年以上の高山さんだが、それでも「移住者」である。今の家をつくっている時に、敷地から粘土が出てきたのを見て、「ここにいてもいいんだ」と思えた。これからもずっと西表島で作陶を続ける。

自宅の庭からとれたスズ石。降ると音がする

自宅の庭からとれたスズ石。
降ると音がする

スズ石を釉薬にしたもの

スズ石を釉薬にしたもの

熱くて、やわらかいガラス

前田さん自身が設計してつくった窯
前田さん自身が設計してつくった窯

 二人展の会場にいなかった前田(まえた)さんに会おうと長野市の自宅兼工房を訪ねた。 ここには前田さん自身が設計してつくった窯がある。普段は早朝に火を入れ、午後から制作にかかり、溶かしたガラスの材料が終わったら、作業も終えて火を落とす。毎日火を落とす窯は珍しいのだという。

 この炉であめのように溶かしたガラスを吹き竿に巻きつけ、真ん中に空気を入れて膨らませながら成形していく。それは「爽快感のある作業」なんだそうだ。「迷っている暇はないんだよね。ずっと、体を動かしながら、ガラスと対話しながらやっている感じ。一瞬、一瞬で決まってくるし、しつこくやってもダメになるだけ」と。

 やわらかそうな緩やかな形のガラスたちは、そんな前田さんとのコミュニケーションから生まれてきたもので、一つひとつ微妙に違った表情を持ち固定したファンも多い。

人が喜ぶものと、自分がいいと思うもの

前田さんのコップ
前田さんのコップ
前田さんとしては珍しい色のついたもの
前田さんとしては珍しい色のついたもの

 前田さんは、鳥取県の出身。「遠いところへ行きたい」という希望もあって信州大学工学部へ入学した。高山さんとは、同じ学科の友人で、一軒家をシェアして借りていたこともある。「いろいろと見て、学びたかった」と、卒業していったん就職するも、結局、30才でガラス制作の道に落ち着いた。あまり色を使わず、無色透明で形にこだわり「おいしい水や酒が飲める、飲みやすくていいコップ」を心掛けて作っている。

 前田さんは「いいコップ」の条件をいろいろと語りはしない。今まで見たもの、学んだもの、蓄積された多くの経験を総動員して、最高に「いい」と思えるコップをつくっているのだ。

 「人が喜ぶものと、自分がいいと思ってつくるものが一緒であれば、一番いいじゃないですか」と前田さん。たしかに、その通り。


 

 「二人展」という言葉を聞いた時に、「工学部出身のアーティスト」とのイメージを持ったが、二人とも「全然、才能とか関係がない、アーティストじゃないですよ」と口を揃えて否定した。どちらかというと手作り職人なのだ。人が使って喜ぶモノをつくっている。ということは、「工学部出身でまったく関係のないこと」をしているのではない。お二人がやっていることは、まがいもなく、工学部の根っこにある「ものづくり」のこころそのものなのだから。

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