
信州大学を卒業し、お茶の間に笑いと涙、感動を届ける人がいた。テレビプロデューサー中島久美子さんがプロデュースした作品群を見れば、多くの人がどこかで見たことがある、耳にしたことがある、あの感動のドラマ! と思い浮かぶことだろう。こんなドラマを企画するスゴ腕の先輩とは?
興味津々の学生スタッフと共に、イベント「お台場合衆国」でにぎわう、夏のフジテレビ本社を訪ねた。
澤田学さん(人文・3年)がレポートします。
・・・・・ 信州大学広報誌「信大NOW」第65号より
漠然とマスコミに行きたいと考えていて、まずは腕試しに受けてみたんですが、なぜかそのまま受かってしまいまして(笑)。私は記念受験のつもりだったので必死さが無かったのか、緊張しなかったんでしょうね。他の志望者達は、それこそ絶対マスコミ、テレビ局へという人達ばかりだったので、かえって印象に残ったのかもしれません。
●勤め始めた当初は、どのように感じましたか。
それまでは完全に視聴者側でしたので、テレビ局の社員にはラフなイメージを持っていたんですが、全然イメージと違いました。一般企業と変わりません。皆、ちゃんとした企業人です。ただ実際に制作現場でヒットを飛ばしているプロデューサーは知識も発想力も豊かで話す言葉からして違っていました。自分との差を思い知って不安になりました。自分も同じようになれるのかと…。
簡単に言うと、番組の設計図を作って全責任を持つのがプロデューサーの仕事です。よくクレジットに出てくるディレクターは撮影現場の責任者で、プロデューサーは企画全体の責任者。企画を立てて、予算を確保し、脚本家や監督、キャストを選んで、撮影が始まったら日々のトラブルを処理して、完成品のチェックをするなど、制作上のこまごまとした作業も含めて仕事です。
●大ヒット作『救急病棟24時』の第3シリーズは、東京の震災がテーマでしたが、あの企画も中島さんが作られたのですか?
ええ。パート3放映の年は、阪神淡路大震災からちょうど10年でした。消防庁から首都直下型地震が起こると発表された事もあり、救急医療現場の方達から「東京で大地震が起こったらどうするか」というのが課題と聞きました。そこで、今これを取り上げる事に意味があるだろう、と。取材には半年をかけました。
●番組の企画は、どのようにプレゼンするのですか。
フジテレビ社員でプロデューサーは数百人、ドラマに限ると20人ほどいますが、フジはノリがいいのが特徴でもあり、プレゼンの方法は色々ですね。分厚い企画書を持ってくる人もいれば、口頭で魅力的に語る人もいます。漫画原作の場合なら、その本を持って来たり。ただ、番組制作には多くの部署が関わってくるので、企画が通るかどうか、結構ハードルは高いですよ。予算的に無理だったり、営業的に難しかったり、通らない理由も色々です。
●中島さんが企画をプレゼンテーションする際に、大切にされていることはなんでしょうか?
万人に受けることを考えるより、自分が面白いと思うかどうかが判断基準です。一つの番組を最後まで責任をもってやり切るには、きちんと伝えたい思いが無くては乗り切ることが出来ません。面白いと思った企画に対してぶれない自分の意思…ですかね。
●スポンサー等との関わりで企画通りにならないことはありませんか。
もちろんあります。民間放送ですからスポンサーのイメージダウンになるような台本は作れませんね。最初はそういった制約にビックリしましたし、比較的制約の少ない映画をうらやましく思ったりもしました。でもそこはテレビ屋の意地とでも言いますか、制約があるならその中で楽しませようという気持ちで向き合っています。今は制約とは考えず、工夫することを楽しんでいますね。
●何か失敗談などもありますか。
失敗だらけですよ(笑)。放送は常に生ものというか、その時々の時代やムード、法律も移り変わっていくので放送するタイミングにもよります。ここまで勉強したら失敗しないってことは無いですね。常に危機管理をしていても、落とし穴だらけです。
自分の興味あるもの、創りたいものを形にできることですね。『虹を架ける王妃』という韓国と共同で制作したドラマがあるのですが、日本の皇族のお姫様が朝鮮の皇太子の下へ嫁いだ、梨本宮方子さんと李垠(リ・ギン)さんという朝鮮の王族の人の話。二人は政略結婚ではあっても、仲睦まじく愛情の通った夫婦で、方子さんは旦那さんが亡くなった後も日本に帰らず、障害者のための施設を作って、“韓国障害児の母”と呼ばれるようになったという…韓国では有名な話を現地で聞いて、感銘を受けてドラマにしました。
●国際的な共同作品となると大変なことも多かったのではないですか。
ええ、内容に関してはデリケートなので企画は相当練り込みました。日韓両方に監修の先生を立てたり、韓国へ何度も取材に行ったりして、構想から4年間かかりました。私はこれ以前にも韓国と合作でドラマを3本ほど制作したのですが、その間に韓国と日本の歴史にはいかに多くのタブーがあり、認識に差があるのかを知りました。でも同時に方子さんと李さんという夫婦の話を知り、「日韓両国の壁を越えるのは、シンプルに人間愛だ」ということに気づき、広く知らせたいという気持ちになりました。番組の反響はたくさんありました。「こういう人がいた事を初めて知った」「番組を見て感動した」という言葉を聞くと、やって良かったなあと思いましたね。
●韓国の取材をなさった中で、大きく影響を受けたエピソードはありましたか?
日韓の歴史において、特に痛ましい時代をテーマにドラマ作りに挑戦した訳ですが、歴史に踏み込まない日本人の方から日韓の近代史を知ろうという姿勢には大歓迎と思っていただけたようです。聞きつけた韓国の政財界の要人のなかにも多くの協力者が現れ、世界文化遺産内での撮影など不可能だったことが実現できました。顔を合わせた事の無い方で、私の撮影の為に尽力してくださった方もいたそうです。本当にたくさんの韓国の方と知り合い、助けてもらったことに感謝はつきません。いつか小さなことでも恩返しが出来ればいいな、と思います。
実をいうと『虹を架ける王妃』ができたことで、私は仕事においてやりたいことは全部やったと感じています。この時点でそう言い切れるのは幸せなことで、多分それは、自分が面白いと感じることを職業にして、自分が納得できた作品を作れたからだと思います。それでも今後はメディアが多様化しますので、CSやBS、携帯の動画などで地上波で出来ないことをやってみたいと思います。マニアックで趣味性の高いものをやってみたいですね。
●最後に後輩に向けて一言、お願いします。
親の有難みは、親元を離れて初めて気づくと言うように、信大には信大から離れて初めて気づく良さがたくさんあります。実はそういった環境で学んだことが自分のセールスポイントになることもあります。ですから、今の内に信州大学の良い所を、いっぱい見つけて欲しいですね。
●ありがとうございました。
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