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全研究総覧

姨捨における畦畔の持続的管理 【地域】 千曲市 姨捨棚田

はじめに

姨捨の棚田景観は国内有数の歴史と規模を誇っており,農地の永続的な保全が求められているが,農業従事者の高齢化が進み,耕作放棄地の増加が進行している。棚田の維持管理でもっとも労働負荷がかかるものが畦畔の植生管理で,省力的管理技術の確立が求められる。管理不足の畦畔は二次遷移が進行し,ススキや低木類が繁茂すると,漏水が生じ,農地としての維持が困難になるとともに,景観悪化も懸念される。畦畔の省力管理技術として,植生転換による管理が各地で進められているが,ヒメイワダレソウ,センチピードグラスなどの外来種は既存植生の大幅な改変を引き起こし,地域特有の農地生態系の撹乱を引き起こす。一方,国内に自生するシバ(Zoysia japonica)は,畦畔の退行遷移の中で永続的に存続し,他草種との共存も可能なため,畦畔への導入に有効であるが,これまでシバの導入は大規模かつ均一的に行われており,植生や農地生態系の多様性が配慮されていない。省力化と多様性維持はトレードオフの関係にあるが,本研究ではシバ導入で群落内でのシバの存在量を徐々に増やし,他草種との共存を図りながら,省力管理が容易な新たな管理技術を確立する。

方法(調査地)

千曲市の姨捨棚田において,2009年度に荒瀬によって事前に行われた畦畔植生結果から,現地畦畔では,フキ,カラマツソウ,ドクダミなど野草類が優占する部分と,トールフェスク,カモガヤなど寒地型牧草が優占する部分とがあり,前者を自然度の高い畦畔,後者を自然度の低い畦畔にカテゴリーを分けた。それぞれ自然度の異なる畦畔に50cm×50cmのコドラートを設置し,高密度区25本,低密度区10本の条件で,現地で6月に採取したシバのランナー15cmを苗として各3反復導入した。導入したシバ導入後週1回の間隔でシバ定着の観察を行い,コドラート内の被度を測定した。シバ導入直前の2010年6月に植生調査を行った。設置した13区のコドラート内でシバ以外の全草種を地上部で刈り取り,出現種を同定し草種ごとの乾物重を測定した。植生調査は6月から8月の3回行った。構内圃場にて,2つの密度で同様のコドラートを設置し,姨捨で採取したシバのランナーを各3反復導入した。シバの導入と観察を同時期に行い,被度を測定した。

結果と考察

姨捨の畦畔植生の特徴として, 6月においては自然度の高い畦畔ではムラサキツメクサ,フキ,カキドオシが優占し,自然度の低い畦畔はトールフェスク,ミズゴケ,ヤブカンゾウが優占した。7,8月は畦畔全体でメヒシバが優占し,夏期においてもトールフェスクの優占度は低下せず,コドラート内における乾物重の55%を占めた。
畦畔に導入したシバの被度は,導入後40日目から徐々に増加し,自然度の高い畦畔は被度45%を示し,自然度の低い畦畔では導入密度に関わらず20%程度であった。シバの被度のピークは8月下旬であり,この時期まではシバの増加を促すための管理が必要であると考えられた。低密度導入区では,自然度に関わらず20%以下の低い値を示し,導入効果は低いことが示された。シバ導入試験の結果,既存植生の違いによって初年度の被度に大きな差異が見られ,特にトールフェスクが優占する畦畔ではシバの定着が悪かった。シバランナーの定着率を比較したところ,高密度区では50-60%を示したが,低密度区では25%程度であり,今回の結果から,50cmコドラートで25本程度,1平米では100本近くの苗を導入することが必要と考えられた。
構内圃場では,シバの生育の推移やピークが姨捨畦畔と同様の傾向で見られ,シバの被度は姨捨より両密度で大幅に増加した。導入1年目と2年目のシバの比較では,導入2年目のランナーの乾物重が顕著に多かった。地下部の割合は導入1年目高密度で導入2年目を上回った。これらのことから,シバは他地域での増殖が可能であると示唆された。また,導入1年目でもシバは高い存在量があり,それ以降年々の十分な増加が予想され,持続的な管理が可能であると考えた。

今後の方針と計画

畦畔の省力的管理技術の構築に加え,農村計画分野や植生管理分野と連携して農地の持続性につながるように、管理計画、実施主体、実施規模を検討し、持続的管理技術の構築モデルを作成する必要がある。また,姨捨地域では,水田内の雑草管理についても,省力的管理技術が求められており,水田生態系全体の植生管理のあり方についても,取り組む必要がある。シバ導入法については,さらに簡易で効果の高い方法を検討することで,姨捨地域では名月会など管理実施グループが持続的に実施できる形態にすることが重要である。現地に生育するシバを増殖して,省力管理のために導入する技術は,他の地域ではほとんど取り組まれておらず,在来シバを地域資源としての利用するモデルは,シバ増殖を行うための休耕地の利用を含め,棚田畦畔の新たな管理モデルとして提示できる。本研究は2010年度食料生産科学科の卒業論文(向山幸太)でデータを発表し,研究発表時に春日教授からシバランナーの直接導入よりも,プラグ苗もしくはセル苗で導入する方が効果が高い可能性があると指摘されたので,2011年度はより確実な導入法を実施する。
また,2011年10月23日に日本芝草学会シンポジウムを開催予定であり(大会実行委員長:渡邉修),自生シバの育種に関する最新報告,シバの畦畔への導入による管理省力化に関する発表を企画している。

成果

畦畔におけるシバの有用性に関する発表論文
○渡辺修・大谷一郎・日鷹一雅(2010).基盤整備地における畦畔植生の特徴.農業および園芸.85(4):420-424.
○渡辺修・大谷一郎・日鷹一雅(2010).中山間地における基盤整備後の畦畔植生の特徴と分類.植調.44(7):255-260.

研究者プロフィール

渡邉 修
教員氏名 渡邉 修
所属分野 農学部 食料生産科学科 生産環境管理学
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 日本雑草学会、日本草地学会、日本生態学会、システム農学会、日本雑草学会、日本芝草学会
SOAR 研究者総覧(SOAR)を見る
荒瀬 輝夫
教員氏名 荒瀬 輝夫
所属分野 農学部 附属アルプス圏フィールド科学教育研究センター
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 日本農芸化学会
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他の研究 未利用資源の農畜林循環利用のシステム構築と実証的研究姨捨地区のため池~棚田における植生と雑草の管理~地域に受け継がれる有用資源植物の生態・評価
春日 重光
教員氏名 春日 重光
所属分野 農学部 附属アルプス圏フィールド科学教育研究センター
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 日本育種学会、日本作物学会、日本草地学会、園芸学会、日本農作業学会
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他の研究 未利用資源の農畜林循環利用のシステム構築と実証的研究中山間地域における伝統的植物遺伝資源の収集・保存ベニバナインゲンの系統分類と遺伝資源の保存