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全研究総覧

アルプス山麓域における土砂災害発生メカニズムと減災に関する研究 【地域】 伊那市 西春近

はじめに

長野県は里地・里山から3000mを越える高山帯までの幅広い環境を擁するとともに,天竜川,信濃川など主要河川の源流に位置し,急峻な地形と複雑な地質構造を有する。このような変化に富んだ豊かな環境は,反面,環境変動に対して脆弱である。例えば,台風や集中豪雨などの極端現象に対して土砂災害や水災害のリスクが急激に増大する懸念がある。
近年,深層崩壊の発生履歴と地質および地形(隆起量)に基づいて,深層崩壊の発生頻度が推定されているが(土木研究所, 2010),北アルプス,中央アルプス,南アルプス,八ヶ岳連峰など,中央構造線やフォッサマグナに沿った地域で深層崩壊の発生頻度が「特に高い」「高い」と推定されており,深層崩壊発生のメカニズム解明や発生の予知予測が喫緊の課題である。
さらに中山間地域では,森林整備の遅れや高齢化や地域共同体の衰退にともなう防災力の低下が懸念されている。平成18年7月の梅雨前線による豪雨で土石流や流木が発生した伊那市西春近(諏訪形区:貝付沢,沢渡区柳沢地区:前沢川等)では,災害を契機として里山林の整備等の対応を模索しており,地域住民の災害に対する意識は高まっている。
そこで,本研究プロジェクトコアサイトの一つである伊那市西春近地区と,同様の地質構造を有する中央アルプス域において,深層崩壊発生予測のための岩盤内地下水挙動の観測と森林の整備状況や流域危険度の実態把握を行う。

方法(調査地)

上伊那郡飯島町に位置する与田切川流域(Y-2流域)のボーリング孔(Y-2Gw1およびY-2Gw2)で岩盤内地下水位を,試験流域下部の湧水地点(Y-2Sw1,Y-2Sw2)で湧水量をそれぞれ観測し,降雨に対する応答特性を把握するとともに,観測結果から示唆された岩盤内地下水の流動経路を明らかにするため,原位置トレーサー試験を行った。
さらに,森林の整備状況や流域危険度の実態把握のために,西春近地区の河川を対象として,森林の整備状況や流域の状況の踏査を行った。

結果と考察

岩盤内地下水挙動の観測
岩盤内地下水位は,どちらも降雨に対して鋭敏に反応し,その応答特性が概ね一致していた。湧水(Y-2Sw1)では常に湧水が確認されるのに対し,Y-2Sw2では無降雨期間が続くと湧水が停止した。この結果から,Y-2Sw2地点では,無降雨期間が続き岩盤内地下水位が低下すると,地下水面が湧水地点への流動経路よりも低くなって流出が停止したことを示唆し,Y-2Sw1地点への岩盤内での湧水の流動経路が,岩盤内に形成されている地下水面よりも低い位置にあると考えられるのに対し,Y-2Sw2地点への地下水の流動経路は,岩盤内に形成される地下水面よりも高い位置に存在するものと考えられ,湧水地点が互いに近接(水平距離2m)していても降雨応答特性が異なることが明らかになった。岩盤内地下水位(Y-2Gw2)と湧水量(Y-2Sw1およびY-2Sw2)の関係を見ると,岩盤内地下水位の上昇とともにどちらの湧水量も増加したが,岩盤内地下水位1,237mを境にY-2Sw1の湧水量は急増するのに対し,Y-2Sw2では湧水量の上昇率が減少した。Y-2Gw2のボーリングコアでは1,237m~1,240mに明瞭な空隙が観察されることから,このような空隙が岩盤内地下水の重要な経路として機能していると考えられた。
岩盤内地下水の流動経路を明らかにするために,ボーリング孔に塩化ナトリウムを投入するとともに,湧水地点で電気伝導度を計測し,トレーサーの到達を検知した。その結果,岩盤内地下水位観測孔から湧水地点へと向かう岩盤内地下水の流動経路が存在すること,岩盤内地下水位の変化に応じて,湧水地点への到達所要時間(流下速度)や経路が変化することが明らかになった。さらに,Y-2Gw2にトレーサーを投入した際には湧水地点Y-2Sw2で到達が確認されたのに対し,Y-2Gw1地点にトレーサーを投入した際には確認されなかったことから,互いに近接する湧水でも岩盤内地下水の流動経路が顕著に異なることが明らかになった。

森林の整備状況や流域危険度の実態把握
森林の整備状況や流域の状況についての予備的な現地踏査の結果,間伐等の森林整備が十分に行われていない状況が確認された。また,多地点で渓岸崩壊が発生し,それに伴って倒木が河道を閉塞している状況が見られた(表-1)。

今後の方針と計画

融雪期や多雨期など,岩盤内地下水位が上昇した条件下での降雨に対する岩盤内地下水位や湧水量の応答特性を把握するとともに,トレーサー試験を実施し,岩盤内地下水の流動経路や流下速度を把握し,深層崩壊の発生メカニズムの解明と発生予測を目指して,水文観測データを蓄積する。さらに,西春近地区の中からモデル流域を選定し,想定する災害の種類や規模,保全対象を明確にした上で,流域の森林整備状況や荒廃状況を把握し,危険箇所の抽出や要間伐箇所の抽出など,具体的な調査手法等を検討する。

研究者プロフィール

福山 泰治郎
教員氏名 福山 泰治郎
所属分野 農学部 プロジェクト研究推進拠点
所属学会 日本地すべり学会、水文・水資源学会、アメリカ地球物理学連合、地形学連合、日本森林学会、砂防学会
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平松 晋也
教員氏名 平松 晋也
所属分野 農学部 森林科学科 農山村環境学
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
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北原 曜
教員氏名 北原 曜
所属分野 農学部 森林科学科 山地環境保全学
兼担研究科・学部 大学院総合工学系研究科
所属学会 日本林学会、水文水資源学会、砂防学会、日本緑化工学会
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