ご存知のように、令和2年7月3日(金)に「信州大学名誉教授称号授与式典」が挙行され、20名の方々に名誉教授の称号が授与されました。
 大変喜ばしいことに「山岳科学研究拠点」関係では、宇佐美 真一先生に授与されました。誠におめでとうございます。長きに渡り、医療に、また学問に尽力し、貢献されてきた賜物と敬服いたします。
 そこで今回、宇佐美名誉教授に、山岳科学研究拠点HPの「トピックス」へ、先生の山岳科学への思いを書き留めていただき、山岳科学研究の関係者及び山岳科学に関心のある皆様にお伝えできればと思い原稿をお願いしましたところ、快く引き受けていただきましたので、ここに掲載させていただきます。

「高山蝶に魅かれて」      信州大学名誉教授 宇佐美真一

 本年3月に医学部耳鼻咽喉科を定年退任、4月からは特任教授として難聴の遺伝子研究を継続しております。また今回協力教員として山岳科学研究も継続することができる環境をいただき感謝申し上げます。
 20年間の在任中、主な研究テーマである遺伝性難聴の遺伝子解析研究に従事してまいりましたが、研究を進めていくにつれ面白いことに気がつき始めました。民族によって難聴原因遺伝子の変異部位が大きく異なるのです。要するに大昔に我々の先祖の難聴遺伝子に突然変異が起こりそれを脈々と受け継いで来たらしいということが分かったのです。一体その突然変異はいつ頃どこで起こったのか、縄文時代なのか?弥生時代なのか?あるいは日本人の祖先のモンゴロイドに起源を持つものなのかなど興味が尽きない問題が次々と出てきたのです。このような研究をやっていく中で、同じ手法を蝶の遺伝子解析に応用してみたいと思ったのが20年前に信州大学に赴任した頃です。赴任当時、信州大学山岳科学総合研究所で学部を越えた様々な研究が盛んに行われているのを知り、さっそく兼任として名前を連ねてさせていただきました。理学部の学部学生さんや大学院生に研究室を自由に使ってもらい、共同研究として高山蝶をはじめ蝶の分子系統解析研究をお手伝いさせていただきました。高山蝶はその名のごとく高山に棲息する蝶の仲間で、我が国では14種ほどが知られております。氷河期に大陸から日本列島に入って来た後に、気候温暖化につれ山の上に追いやられた蝶たちです。例えば同じ高山蝶でも北アルプスと南アルプスの高山蝶はお互いの交流が途絶えたために、それぞれ独自の進化を遂げ、その結果DNAの塩基配列も異なるようになったことが分かって来たのです。これらの成果の一部は長野県のレッドデータブックに掲載され、ほんの少しだけ山岳研究に寄与することが出来たと思っております。
 これらの高山蝶を解析していくうちに、そのルーツ、日本への渡来ルート、進化の過程などが気になり始め、ユーラシア大陸や北米大陸に棲息する類縁種のサンプルを世界各国の研究者や愛好家から集めて比較検討しています。また解析データを見ているうちにその生態や生息環境を実際に自分の目で見ないと気が済まなくなり度々海外にも出かけその生息環境を肌で感じてきました。蝶の研究の醍醐味はやはり何と言ってもフィールドに出る面白さではないかと思っています。解析結果を見ながら何とかこの高山蝶たちのルーツを解き明かせないかと活動計画を練っています。耳鼻咽喉科在任中は忙しすぎて、なかなか手が回らなかった高山蝶の研究を、周囲の若い研究者に手伝ってもらいながら今後も続けたいと思っている今日この頃です。山岳研究に関わっておられる先生方もコラボレーションの可能性があればぜひお気軽にお声がけください、よろしくお願いします。

2019.7 ロシアアルタイ山脈での調査