センイの未来〜繊研新聞社白子社長インタビュー〜

繊維とファッションビジネス

私たち繊研新聞社が対象としているのは、ファッションビジネスの世界です。ファッションには、デザインや色など様々な要素がありますが、その素材は、繊維糸からなるファブリックです。新しい繊維糸からなる新しいファブリックをどう用いるかで、ファッションの世界は時代とともに変わってきました。人間は、猿から分かれた2足歩行を獲得して以来、「まとう」ことを生きる力にしてきました。それを源流とするファッションは人々の生活に潤いを与え、心を豊かにすることに貢献するものなのですが、その素材は大部分が繊維といえます。
ファッションと繊維について、もう一つ注目すべきは「機能」です。例えば近年、寒い時期の防寒機能素材のインナーウエアが開発されています。昔は、ラクダのモモヒキやババシャツなど、ぼこぼこしたシャツを中に着ないと寒くて過ごせなかったのですが、高機能繊維の開発で薄いシャツ一枚でも保温性が高く、着膨れをしないで快適に過ごせます。
暑い時期に給水速乾機能素材も開発され、着ていても蒸れや暑さを感じさせないことも可能になりました。
このように、ファッションの機能面でも、人々の生活を豊かにする繊維の可能性は拡大しています。
ファッションビジネスという観点で言えば、着る物、持つ物、飾る物など、皮膚に近い所でどう繊維が貢献するのかということが、ますます注目されていくと思います。

繊維の進化によるファッションの変革

繊維の進化によるファッションの変革

繊維の進化は、ファッションにどのような影響をもたらしてきたのか。その典型的な歴史的な事例としてストッキングがあります。かつては絹だったものがナイロンになり、すぐ伝線するものでしたが、すごく丈夫になったわけです。最近はカバーリング糸の技術開発によって破れにくく伸縮性のあるものも出ています。
また、合成繊維が進化によってファッションデザイナーの表現の幅が広がり、時代を先取りしたスタイルを生み出し、新たな生活文化の創造の一翼を担っています。

産業にも寿命がありますが、繊維には終わりがありません。人間が裸で生きられるドラスチックな環境変化がない限り、ファッション衣料は永続的に変化し続けるからです。また航空機材料など産業資材分野でも繊維の可能性はますます広がり、進化し続けています。繊維は社会の進歩を促す重要な要素といえます。
繊維の可能性の追求と同時に繊維産業を発展させていくことが、今後のファッションの変革を促す力になっていくと思います。

繊維産業が、ファッションビジネスと歩みを共にしていく為に

フッションビジネス分野から考えると、繊維技術が一段と「ワクワクドキドキ」に関わってくるといいですね。
生活の活動範囲が広がるとか、気持ちが「ワクワクドキドキ」に変わっていくというのがファッションの要素の一つだと思います。機能素材のアイテムを着ることによって、身軽になって活動的になる。あるいはストレッチ素材のアイテムを身に付けることで体が締まる感覚が出て、自分がシャキッとした感じになり気持ちが前を向く。生活を前向きに変えたり、気持ちの開放や切り替えにつながっているのがファッションの良さではないでしょうか。つまり機能性素材の開発は、ファッションの「ワクワクドキドキ」につながっているということです。

成熟したといわれる今の時代の中で、人は快適な生活とか心地良い生活とかだけではなく、感性的なものも大切にしてきているように思います。
おしゃれをすることで幸せな気分になるとか、あるいは美しくなりたい、若くありたい、成熟した大人を演じたい、スマートでありたいなど、人にはそうした欲求が強烈にあります。それを助長していくのがファッションの分野だと思います。
東日本大震災の被害に遭われた方たちが、震災後ファッション専門店が開いた時に、お客さんが殺到しました。おしゃれをしたい気持ちは変わらないということを実感しました。
3.11以降、幸せとか、家族とか、お金の価値観とかが変わったと言われています。そうした考え方の変化の中で、自己実現のために身につける洋服の立ち位置も変わってきているように思います。

新しい言葉の発見の必要性

新しい言葉の発見の必要性

「繊維」という言葉には、ものすごく古いイメージがつきまとってしまいます。新しい言葉を発見しないといけないかもしれないですね。例えば、「日本の繊維産業」といったら、80年前の女工哀史の時代の主要産業としての繊維産業を思い描いてしまう。繊維産業は戦前から鉄と並んで主要産業として日本の近代化を担ってきましたが、繊維というと、紡績工場で女性が深夜まで働くイメージが出発点になってしまいます。今はそれに変わる言葉がもしかしたら必要なのかもしれません。
繊維からなる、テキスタイルはファッションにおいて大変重要な役割を果たしていますが、「ファッション」と「繊維」という言葉がリンクされていません。日本では、繊維は繊維産業として位置付けられています。ファッションは繊維産業ではなくファッション産業なので、産業自体が分けられてしまっているんですね。そして、世界の繊維産業を見渡すと、高機能繊維の開発ではもちろん日本が強いですが、合成繊維の生産能力は中国が桁違いに規模を拡大しています。日本はそれとは違った、新たな繊維を開発・生産しています。そういった意味で繊維を語る新しい言葉が求められているのではないかと思います。
繊維というと「糸へん」なので、まず「糸」しか連想できない。
当社が「糸へん」の「繊研新聞」という社名なので、業界のある方からは「糸へんを外したらどうか」と言った意見をいただいたこともあります。「繊研」だと、繊維を扱っているイメージしかない。実際、繊維も含めジャンルは相当広がっています。社内でも名前を変えるかどうかの議論はずっとされていたんですよ。(笑)
ただ、いまだに「繊」の字を守っているのは、「繊研」の名前がブランドとして認知されているため、「これはこのままでいこう」という結論になりました。例えば、海外でも「THE SENKEN」という横文字で一つのブランドになったので、「糸へん」を外そうという考え方は現在はありません。むしろいまはファッションのベースである素材に改めて焦点が当たってきています。ただ、繊維という名前ではなかなかイメージは広がりにくいというのも事実だと思います。

ファッションの新しいテクノロジー

繊維の将来を見渡すと、例えば微弱電流がニットに流れるというカーボンナノファイバーが出てきたとする。乾電池を付けていれば微弱電流が流れ、例えば筋肉痛を治すとか、血流が良くなるとか、そういう新しい繊維技術を用いたファッションが登場しそうです。そうすると5歳10歳若返るような可能性もあるわけです。
けれど、スマートテキスタイルといった、衣服の中にテクノロジーを搭載する先端的な事例は、まだ日常のファッション分野では実現されていません。スマートテキスタイルという言葉自体が、まだ業界の標準語にはなっていません。けれどスポーツ関係の繊維素材が出てきていますので、最初はスポーツから入って、それをファッションの世界にどう生かしていくかという流れはあると思います。

個それぞれの「ワクワクドキドキ」に応えるために

個それぞれの「ワクワクドキドキ」に応えるために

ファッションの「ワクワクドキドキ」に話を戻しますが、今ファッション業界はある意味では個人の「ワクワクドキドキ」にどう応じていくかがテーマになっています。極端な話、今まではファッションはみんなと一緒がいいという考え方でした。ミニスカートをツイッギーが着たら、みんなミニスカートになった。けれど、現代の女性に統一したファッションって無いですよね。それなりに傾向はあるにしても、それぞれの女性が自分の好きな服にこだわるようになりました。また、いろいろブランドを組み合わせて、家の中で着るのはこれ、外出はこれ、みたいに、売り手が提案するというより、買う方が組み合わせてファッションを選んでいます。
もう一つは情報です。みんなが情報に敏感で、何が流行っているのかを知っている。これがベースにあって、時代感を感じながら、その上で自分のファッション感覚を持っています。
若者という視点でいうと、日本という国のファッションの状況は世界でも珍しい。ストリートファッションなど、若い人たちが流行を作っていくというのは世界ではあまりみられません。例えばルーズソックスは女子高生が流行らせました。ヨーロッパのファッションは、上流の人たちによって作られるもので、高級ブランドに若者は手を出さない。そういった意味では日本はファッションが民主化しているといえます。ファストファッションも買うし、ラグジュアリーも買う。ルイ・ヴィトンを持っている中高生って日本だけですよね。
中国では女性が「日本のファッション」に強い憧れがあって、マンガやファッションのイベントを中国でやると、多くの人が集まります。日中問題がありながらも、それとはまったく違うところで日本に憧れがある。日本のこういった力って凄いなと思います。
また、原宿や渋谷、丸の内周辺とエリアごとに全く違うファッションシーンがある都市は世界になかなかありません。高級ブランド通りとそれ以外でファッションの雰囲気が違うというのは世界中どこでもあるけど、街のそれぞれにファッションのトレンドが存在するのは日本だけじゃないでしょうか。日本はそういった意味では、ファッション分野で創造性・独創性が強いといえます。 日本の若者のファッションに関しては、他の国と比べて相当開放されているという話をしましたが、実は、それは若者だけじゃなくて、渋谷の109で育った人が今はもう40歳半ばなわけです。アイビールックだとかみゆき族だとかというのは60歳半ばぐらいですので、60代から全部がファッション体験世代ということです。
歴史的に日本は、ファッションを民主化して独自の文化をつくったといえると思います。パリがファッションの最先端だといいますが、もともとは貴族発で、富裕層のためのファッションという位置付けが今でも残っています。日本はそうじゃない。上からも下からもファッションが生まれるというのは面白いですよね。

日本の若い世代と繊維テクノロジーをどう結びつけるか?

今の日本では、個人の思いで、自ら生み出して着こなして、ファッションが生まれているわけですが、「これ、何で出来ているんだろう?」「どういう糸の組み合わせなんだろう」「先に染めてる?後で染めてる?」みたいなことまで、関心を持っている人たちは少ないと思います。でもそうした学生たちに、縫製工場のような現場を見せたら、もうちょっと面白くなるかもしれません。洋服って実はこんな風に糸を何重に織って、絡めて、起毛してといった現場を見せることで、ファッションに対する興味の持ち方が変わってくるかもしれないですね。
また、ファッションと繊維技術のコラボイベントをやるとか。そういう発想をしていかないと繊維テクノロジーは研究世界だから、ファッションとはダイレクトには結び付かない。テクノロジーを開発する人がファッションを作っていく人たちでは現状ないですから。ただ、現在ファッションに興味のある層に、こういうテクノロジーがあるよって伝えることで幅が広がっていくというのはあるでしょうね。

繊維周辺のテクノロジーを多方面から

繊維周辺のテクノロジーを多方面から

日本のある染色メーカーは、既存の染料や植物を使った天然染め以外に、地球上にあるどんな鉱物でも染める技術を持っています。桜の花びらやタマネギの薄皮で染めると、優しく、微妙な色合いとなり、とてもきれいですが、鉱物染めも神秘的で不思議な色彩になります。テクノロジーが新しい表現を引き出しているのです。
また、糸の魅力、これも実際にどう消費者に伝えるかが簡単ではないのですが、無限の可能性を秘めています。糸メーカーは毎年新しい試みをやっています。染め方、素材の組み合わせ方や撚り方など、もう無数ですから、それを毎年毎年提案していて本当に驚きます。
島精機製作所が開発した無縫製ミシンも魅力的です。どこも縫製しない服が作れます。どこも縫ってないので縫い代が皮膚に当たりません。
そうした技術を駆使して出来上がったテキスタイルをファッションデザイナーがもっと積極的に使えるといい。実際に若いデザイナーのなかでも素材にこだわっている人は多いので。
最近、ITを駆使して人間には出来ないことを機械にデザインさせる、そういった若手デザイナーも登場しています。 テキスタイルのインクジェットプリンターや3Dプリンターなど、これからのテクノロジーがファッションと繊維を結び付けるきっかけになると思います。例えば、左右の足が全く同じ人は一人もいないわけです。3Dプリンターを使えば、低コストで当然1足ずつ違う木型が作れる。その木型に基づいて靴を作れば「あなたの足にフィットするあなただけのオーダー」が当たり前になっていきます。

可能性は広がっています。繊維1本の糸から、ファッションの未来が無限に広がっています。これからの繊維テクノロジーがどんな革命をおこすのか、期待したいと思っています。