図1

柴祐司准教授(バイオメディカル研究所、循環器内科)を中心とした研究グループが開発したiPS細胞を使った新しい心筋再生治療法の研究成果が2016年10月10日、英国科学雑誌Natureに掲載されました。10月7日には記者会見が行われました。

重症の心臓病患者に対する新しい再生医療として開発したこのiPS細胞を使った心筋再生治療法は、
免疫拒絶反応が起きにくい特殊なカニクイザル※1からiPS細胞を作製し、心筋梗塞を発症した通常のカニクイザルにiPS細胞から作った心筋細胞を移植、そして、細胞の生着と心臓機能の回復が確認されました。

<研究の背景>
多能性幹細胞※2(ES細胞※3またはiPS細胞※4)は、ほぼ無限の増殖能力と多くの細胞に分化する能力をもっているため、再生医療への応用が期待されています。一方、心筋梗塞を始めとする心臓病は罹患率・死亡率ともに高く、新たな治療法の開発が望まれています。
信州大学ではヒトES細胞から心臓の筋肉を構成する細胞(=心筋細胞)を作製し、モルモット心筋梗塞モデルに移植したところ、心筋梗塞後の心臓機能が回復することを2012年に英国科学雑誌Natureで報告したが、この研究を含めこれまでの研究はヒトから作製した(ヒト由来)心筋細胞を別の動物に移植する「異種移植」による検討でした。異種移植の検討では、移植する細胞と移植を受ける宿主が異なる動物種であるため、移植後の免疫拒絶反応を評価することは不可能でした。

<研究成果の概要>
本研究では、拒絶反応が起きにくいカニクイザルを同定し、このサルからiPS細胞を作製しました。次に通常のカニクイザルに心筋梗塞を発症させ、カニクイザル同士(同種移植)で心筋細胞移植を行います。(図1)この結果、移植された心筋細胞はほとんど拒絶反応の影響を受けずに生着し、心筋梗塞後の心臓機能の回復が確認できました。しかし、心筋細胞を移植された動物においては、一過性に不整脈の増加が副作用として見られたため、今後副作用を軽減していくための研究が必要となります。

本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業「移植免疫寛容霊長類モデルにおけるiPS細胞を用いた心筋再生療法の開発」と日本医療研究開発機構(AMED)「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業ヒト多能性幹細胞由来の再生医療製品製造システムの開発(心筋・神経)」の一環として遂行されたものであり、信州大学先鋭領域融合研究群バイオメディカル研究所(研究代表:柴祐司)が主体となり研究を進め、京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS(アイセムス))(南一成)が細胞の機能評価実験を、株式会社イナリサーチは独自に発見した拒絶反応が起きにくい特殊なカニクイザルの提供を行うという分担で進められた。

<用語解説>
※1 カニクイザル 東南アジアを中心に生息する中型のサル。実験動物としてしばしば使用される。
※2 多能性幹細胞 生体の様々な組織に分化する能力をもつ細胞。
※3 ES細胞 胚性幹細胞とも呼ばれる多能性幹細胞の一つ。動物の発生初期段階である胚の一部から作られる。
※4 iPS細胞 人工多能性幹細胞とも呼ばれる。体細胞に数種類の初期化遺伝子を導入することによりできるES細胞と同等の性質をもつ細胞として京都大学の山中らによって発表された。

<論文情報>
タイトル:“Allogeneic transplantation of iPS cell-derived cardiomyocytes regenerates primate hearts”
著者名 : Yuji Shiba, Toshihito Gomibuchi, Tatsuichiro Seto, Yuko Wada, Hajime Ichimura, Yuki Tanaka, Tatsuki Ogasawara, Kenji Okada, Naoko Shiba, Kengo Sakamoto, Daisuke Ido, Takashi Shiina, Masamichi Ohkura, Junichi Nakai, Narumi Uno, Yasuhiro Kazuki, Mitsuo Oshimura, Itsunari Minami, Uichi Ikeda
掲載誌 : Nature
DOI : 10.1038/nature19815


記者会見の様子、左からイナリサーチ中川博司会長、齋藤直人バイオメディカル研究所長、柴祐司准教授、濱田州博学長、中村宗一郎理事、田中榮司医学部長

研究について説明をする柴祐司准教授

挨拶をする濱田州博学長(左)と中村宗一郎理事(右)

記者の質問に答える柴祐司准教授(左)とイナリサーチ中川博司会長