田渕克彦教授(バイオメディカル研究所神経難病学部門/医学部分子細胞生理学教室)と森琢磨助教(医学部分子細胞生物学教室)のチームが女性特有の神経発達障害のひとつであるMICPCH症候群※1の病態メカニズムを解明しました。この研究は2019年1月4日付の英科学誌Nature系医学誌「Molecular Psychiatry」の電子版に掲載され、1月17日には記者会見が行われました。

ヒトの性別は性染色体XとYの組合せで決まります。女性は2本のX染色体、男性はX染色体とY染色体を1本ずつ持っています。発生の初期に女性では2本あるX染色体のうちのどちらか一つが不活性化され、1本のX染色体のみから遺伝子が発現されることが知られています(図A)。X染色体不活性化は、ヒトだけでなく、哺乳類全般にみられます。2本の染色体のどちらが不活性化されるかは、個々の細胞ごとに異なります。神経発達障害の中には、X染色体上の遺伝子が原因となって女性特有に発病するものが知られていますが、X染色体不活性化がこれらの病気にどう関わっているかについては全く知られていませんでした。

研究チームはまず、X染色体上にあるMICPCH症候群の原因遺伝子であるCASK※2に着目し、遺伝子操作によって2本のX染色体の一方にだけCASKを持つ雌マウスを作製しました。この雌マウスの脳では、X染色体不活性化の結果、CASKが発現する神経細胞とCASKが失われた神経細胞が混在していました(図B)。神経細胞はシナプスと呼ばれる構造によって隣り合う神経細胞と連絡を取り合います。シナプスには神経を興奮させるものと、神経を抑制させるものの2種類があり、脳が適切に働くためにはこの2種類のシナプスがバランスよく働くことが必要とされます。CASKが失われた神経細胞では、興奮性シナプスの数が増加し、抑制性シナプスの数が減少していました(図C)。一方CASKを正常に発現している場合にはこのような異常は見られませんでした。そして、このような異常なシナプスの形成はGluN2B※3と呼ばれる神経伝達物質受容体の発現が低下していることによって引き起こされることを突き止めました。

この研究によって、X染色体不活性化による神経発達障害の病態形成の様式が明らかとなり、精神発達遅滞やてんかん、統合失調症、自閉症といった神経の病気は、シナプスの機能異常が密接に関係すると考えられることから、この研究が将来の治療戦略を考えるうえで大いに役立つと期待されます。


※1 MICPCH症候群
出生時、またはその後の明らかな小頭症、重度の精神遅滞、てんかん等を特徴とする疾患。患者のほとんどが女性であり、原因遺伝子はCASKである。

※2 CASK
シナプスに存在して、様々な分子と結合し、神経の働きに関与する酵素。

※3 GluN2B
神経興奮作用を担うグルタミン酸の受容体を構成する分子のひとつ。統合失調症などの神経疾患では、この受容体を介する神経伝達の異常によって行動や認知機能が正常に作動しないとする仮説がある。この場合の異常は、GluN2Bにより構成される受容体が減少していると考えられている。


掲載誌:Molecular Psychiatry
タイトル:”Deficiency of calcium/calmodulin-dependent serine protein kinase disrupts the excitatory-inhibitory balance of synapses by down-regulating GluN2B”
著者名:Takuma Mori, Enas A. Kasem, Emi Suzuki-Kouyama, Xueshan Cao, Xue Li, Taiga Kurihara, Takeshi Uemura, Toru Yanagawa & Katsuhiko Tabuchi
https://www.nature.com/articles/s41380-018-0338-4


研究について説明をする森琢磨助教

研究について説明をする田渕克彦教授

挨拶をする田中榮司医学部長