もりやま しんや
護山 真也
哲学・芸術論 教授
教員 BLOG
一覧を見るChance and Contingency in Indian Philosophy
イェール大学へ
2017年5月12日より14日まで,イェール大学で開催された,国際ワークショップ"Chance and Contingency in Indian Philosophy"に招待され,発表を行いました。この企画者であるPhyllis Granoff先生(Yale University)とは,昨年に信州大学で開催した知覚の比較哲学のワークショップではじめて知り合いになりました。グラノフ先生は,ヴェーダーンタ思想,なかでも難解で知られる懐疑論者シュリーハルシャの研究でその名を馳せた方ですが,それだけでなく,アジア全般の宗教文化,芸術にまで幅広い知識をもつ,博覧強記の研究者です。今回は,Granoff先生とKoichi Shinohara先生に,あらゆる面でお世話いただき,本当にありがとうございました。はじめてのニューヘブンの街,イェール大学での,短いながらも刺激に満ちた三日間でした。
ワークショップのプログラム
May 13
- Phyllis Granoff, "Chance and Causality: Of Crows, Palm Trees, God and Salvation"
- Shinya Moriyama, "Causation and Contingency: A Study on the Svābhāvikavādaparīkṣā of the Tattvasaṅgraha and the Tattvasaṅgrahapañjikā"
- Masamichi Sakai, "Dharmakirti's Concept of Contingency/Dependence: With Special Focus on vināśa"
- Hiroko Matsukoka, "Kamalasila on Doubt as a Cause of Action"
- Eli Franco, "Jayarāśi on the impossibility of reasoning"
- Kiyokuni Shiga, "How to deal with future existence: sarvastivada, yogic cognition, and causality"
- Kei Kataoka, "Exceptional Absence of Regularity: A Study of Invalidity and Error"
- Isabelle Ratié "Utpaladeva’s Vivṛti on the Pratyabhijñā Treatise: The Chapter on the Power of Action"
- Eli Franco: Reading Yamari on the order of the chapters of the Pramanavarttika
- Kei Kataoka: Reading Khyati section of Nyāyamañjarī
- Masamichi Sakai: Reading a passage of Dharmakirti's Pramāṇaviniścaya
- Isabelle Retie: Reading Utpaladeva’s Vivṛti on Īśvarapratyabhijñākārikā 2.1.4
感想など
今回のテーマは「偶然性」でした。日本の哲学で言えば,九鬼周造の『偶然性の問題』がすぐに頭に浮かぶところですが,インドの宗教思想においても,この偶然性の問題は特に因果性,論理的妥当性,行為の合理性などとの関係で論じられてきました。
冒頭,グラノフ先生は,仏教文献からヴィシュヌ教神学の文献,シュリーハルシャの見解などを横断しながら,偶然性という問題が,認識論や解脱論の領域でどのように扱われてきたのか,を概観されました。
護山は,『真実綱要』第4章を中心に,仏教の因果論をつきつめれば,それは決定論として理解できるのではないか,という問題提起をしました。
酒井氏は「偶然性」を「依存性」として定義しなおした上で,刹那滅論において消滅は他の原因に依存することなく成立すること,すなわち,必然的なものであることを示したダルマキールティの議論の詳細な分析を提示してくれました。
松岡氏は,『真実綱要』冒頭個所における行為発動の要件についての議論をまとめ,チベットの学者プトゥンがカマラシーラ,ダルモーッタラ,ハリバドラの共通理解についてに言及している箇所を批判的に検討されました。
フランコ先生は,インドの唯物論者・懐疑論者であるジャヤラーシが,他学派が正しい認識手段として認める推論の妥当性に対して,どのようなポイントから批判を投げかけているのか,を示してくださいました。
志賀氏は,偶然的なものに見える未来の存在について,説一切有部をはじめとする仏教の存在論が,どのような解釈を与えているのか,について『真実綱要』「三時の考察」章を中心にして,丁寧な分析を提示されました。未来原因説への言及が興味深いところでした。
片岡氏は,インド哲学における真知論と誤知論を綺麗に図式化して示されました。この分野における金字塔であるSchmithausen先生のVibhramaviveka研究を超える内容が今後,提示されることが期待されます。
ラティエ氏は,カシュミール・シヴァ教再認識派のウトパラデーヴァの著作の写本および写本欄外註からの,失われた著作断片の復元作業について,詳細な報告をされました。日本の川尻洋平氏がこの分野で大きな貢献をしていることが分かります。
二日目は,それぞれのテキストの読書会的な内容だったのですが,とりわけ,最初のヤマーリのテキスト解読では,フランコ先生とグラノフ先生との高速の思考とエキサイティングな議論が見ものでした。テキストを読むことが,いかに困難で,かつ,刺激に富んだ知的行為であるのか,をあらためて痛感します。
二つの図書館
ワークショップ以外の時間で,グラノフ先生からイェール大学の博物館を案内していただいたり,Old Campus周辺のイギリス・ゴシック風の建物のあれこれを教えていただきました。5月のこの時期,学期が終わる時期にあたり,1年生はそれまでの寮をひきはらい,新しいところに移るようで,広場には,引っ越しの学生たちが集まっていました。あれですね。1年間が終わり,家路につく,ハリーポッターの世界みたいな。
さて,イェール大学には,世界で最も美しい図書館の一つと言われるバイネッキ図書館(Beinecke Rare Book & Manuscript Library)があります。大理石を薄く削って,本を傷つけない柔らかな自然光を中に入れる,という構造のようです。グーテンベルクの聖書をはじめとする希少図書の宝庫。ただし,それらはガラスケースの中にあり,外から見ることはできません。ああいう本に囲まれる生活は夢ですね。今では,本を置くスペースがないために,大量の本を買うことはできませんが,いつか,お金があり,どこかに蔵書スペースができれば,贅沢に飾りたいものです。叶わぬ夢です…。
また,イェール大学にはもう一つ,スターリング記念図書館という巨大な図書館があります。こちらは,荘厳なゴシック風の建物で,中庭に続く廊下には,美しいステンドグラスが並んでいます。閲覧はできなかったものの,ここには,朝河貴一が礎をきずいた日本を含む東アジア関係の膨大な書籍のコレクションがあるはずです。次に来訪するときには,事前に手続きをして,図書館の中をゆっくりと閲覧したいものです。
あっという間の三日間でしたが,素敵な滞在となりました。片岡さんとともに,JFKの空港からニューヘブンまで,生まれてはじめて,車体の長いリムジンに乗れたことは,忘れられない思い出です。