教員紹介

いとう つくす

伊藤 尽

英米言語文化 教授

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Tolkien 研究

ムーミンのホビット

『ホビットの冒険』の原作者

昨年から世界中で公開されている映画『ホビット:思いがけない冒険』の原作者が、オクスフォード大学で中世英語文献学の教授だったJ・R・R・トールキン(1892-1973)であることを知っている人が、今の若い人たちの間にどれだけいるだろう? トールキン教授はオクスフォード大学の「英語科」 ‘The Honour School of English”を優等で卒業したのですが、その時の彼の専攻は「アイスランド語」だったのです! え?「英語科」で「アイスランド語?」と思う人は多いでしょう。けれど、中世の英語を学ぶ時に、「アイスランド語」は絶対必修の言語のひとつなのです。 大学を卒業後、トールキンは北イングランドのリーズ大学で教鞭をとりましたが、その時、「英語学」を専攻する学生のため、「アイスランド語、ゴート語、中世ドイツ語、中世ウェールズ語、そして中世の英語」を学ぶことを課すカリキュラムを作りました。そして、今でも、リーズ大学は、世界でも名だたる「アイスランド語を学ぶ英語学の研究者」が教え、学び、研究する大学なのです。

北欧語の研究

実は、大学の卒業論文でトールキンの「言語と神話」をテーマにした私は、その後トールキン教授の研究分野を研究する道に進んだのですが、その途上で留学したのが、トールキンが「専攻した」アイスランド語を学ぶことを目的にしたアイスランドだったのです。 残念ながら、のべ一年半ほどしか留まれませんでしたが、その後もアイスランドの文化や歴史、言語を紹介する仕事をいくつかこなすことができました。 最後に長期滞在したときに、米国の先輩女性研究者であるマーガレット・コルマック教授から、「あなたはアイスランド語はよくできるけれど、他のスカンディナヴィアの言葉が全然だめね。あなたのやりたいことをやるのならば、今度そちらを勉強しなさい」とアドバイスを貰いました。 日本に戻ってから、エディンバラ大学のアイスランド人教授ヘルマン・パウルソンが来日したときに、東海大学で通訳のまねごとをしたりしましたが、なかなか北欧語を学ぶ機会に恵まれませんでした。けれど、その後、一橋大学の阪西紀子先生のご紹介で、白水社から北欧語の『エクスプレス・シリーズ』を書かれた横山民司教授を紹介され、ご一緒にスウェーデンに行き、学生と共にスウェーデン語を学ぶ機会を賜りました。アイスランド語とスウェーデン語はとてもよく似ていて、あっという間に日常会話はそれなりに話せるようになりましたが、まだまだ修行は続きます。

トーヴェ・ヤンソンの描いた『ホビットの冒険』

トーヴェ画の『ホビットの冒険』表紙

このたび、映画『ホビット』が公開されるお手伝いをしているうちに、様々なトールキン・ファンの方々からも情報を戴き、ついに、オスロの古書店 Damms Antikuvariat から、超レアな古書、Bilbo: En Hobbits Äventyr (1962)を入手しました。 これは、J. R. R. トールキンの著作をスウェーデン語に Britt G. Hallqvist が翻訳したテクストに、ムーミン・シリーズで有名なトーヴェ・ヤンソンがイラストを加えた本です。 トーヴェ・ヤンソンは http://www.moomin.com/tove/ からもわかるとおり、芸術家として、人間世界を風刺し、冷静に判じることのできる人でした。 『ホビットの冒険』はさいしょ Tore Zetterholm によってスウェーデン語に訳され、Hompenというタイトルで出版されました(1947)。けれど、翻訳者の勝手な改竄などに原作者トールキンはかなり失望し、そのことを書簡にも残しています。 1962年に出版された改訳版は、Rabén&Sjögren社から出されました。この出版社の経営にも参加していたアストリッド・リンドグレーンも、新訳の企画に積極的でした。『長靴下のピッピ』や『名探偵カッレくん』『やかまし村の子どもたち』などで世界的に有名な児童文学者です。彼女の名前を冠したアストリッド・リンドグレーン賞は、世界中の児童文学に寄与する人に授けられる、最大の名誉です。日本では荒井良二さんが受賞したことはよく知られています。荒井良二さんは、現在、NHKテレビの朝の連続テレビ小説『純と愛』のオープニングでイラストを描いていますね。 さて、特にイラストをトーヴェ・ヤンソンに依頼することはアストリッドの強い希望だったようです。 トーヴェは当初は断っていましたが、アストリッドの熱意によって、その仕事を受けることになったそうです。 そうまでして描いたイラストですが、当時のスウェーデンのトールキン・ファンたちは彼女の絵を好きになれなかったというのです。トールキンの原作の意図を反映していない、というのでした。ドワーフの王トーリンが頭にかぶる王冠が18-19世紀のヨーロッパの王冠のようなデザインになっていることはまだわかりますが、確かに、トロルたちが森の木々よりも高い背丈であるのは、いささかやり過ぎと思えなくもありません。 トーヴェは、ムーミンの世界とはまったく異なる世界を描くことをかなり意識したそうです。けれど、今の私たちが見ると、やはりムーミンの世界に繋がるような描写があちこちに認められると思います。まさにムーミンの世界の中でホビットが冒険するようなイラストです。

竜スマウグと射手バルド

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