分子薬理学

概要

我々の研究室では、主としてイオンチャネル、トランスポーター、受容体の生理的・病態生理的意義の解明、薬物受容体としての有用性の解析を分子レベルで行っています。我々の研究の最終目標は、これらの薬力学的解析を通して様々な疾患の新しい薬物療法を見出すことです。具体的な研究内容については、下記の通りです。

 

研究テーマ

新規小児心不全治療薬の開発
 小児の心不全は先天性心疾患、心筋症、心筋炎などの原因で発生し、小児の重要な死因ですが、現在もエビデンスのある薬がありません。これは小児心不全の原因が遺伝子異常など多彩であり、倫理的問題もあり臨床治験が難しいこと、また症例数が少なく製薬会社のインセンティブが少ないからです。近年、小児の心臓移植も少しずつ増え、優れた人工心臓も開発されていますが、やはり良い治療薬の開発が必要です。この問題を解決すべく、私たちは基礎医学の立場から小児の薬力学を研究し、新薬の開発を行う試みを行っております。
 生理活性物質アンジオテンシンII(AngII)は、腎機能や血圧の調節に重要な役割を果たすホルモン/オータコイドであり、成人では高血圧、心肥大、心不全などの病態にも関与することが知られています。しかし古くから、AngIIは哺乳類が周産期に受ける循環ストレス(例えば、急激な胎盤循環の消失、肺循環の開始、左心室拍出量の増加と血圧上昇など)に耐性を獲得するために重要な役割を果たすと考えられています。しかしこれまで、そのメカニズムは良くわかっていませんでした。私たちは、AngIIによるAT1受容体刺激が、細胞内のβアレスチンという蛋白質を介して、強心作用を生じることを見出しました。またこの経路を選択的に活性化する試薬が、小児心不全モデルマウスの生命予後を有意に改善することを見出しました。私たちは現在この系を選択的に刺激する薬を開発し、小児心不全治療に役立てるための試みを行っています。

腎臓の最終分化のメカニズムの研究
 脊椎動物は魚類から両生類に進化したとき、多くの身体的修飾を行いました。中でも水中、特に海水中ではいつでもどこでも手に入った水分と塩分を、その摂取が難しい陸上で保持するために尿濃縮能が極めて高い腎臓、すなわち「後腎」を獲得しました。ヒトを含めた哺乳類は、子宮内生活(水中生活)から子宮外生活(陸上生活)に移行する出生前後で、この系統発生を繰り返し後腎を完成させます。この間、間葉系細胞が血管細胞と複雑に連関して腎細胞に分化しますが、この連関にAngIIが重要な役割を果たします。それゆえ母体が妊娠後期にアンジオテンシン系抑制薬を内服すると、児に重篤な先天性腎障害が発生します。しかし逆に言えば、AngII受容体は不完全な後腎を持って生まれた早産児の腎障害を治療するために有用な薬物受容体となり得ます。そこで私たちは本学の小児医学教室との共同で、AngIIが後腎分化を促進するメカニズムの解明に取り組んでいます。

新生児・乳児期の心筋細胞分裂を制御するメカニズムの研究
 従来心筋細胞は出生後分裂を止めて、肥大によって収縮力を強めて個体の成長を支えると考えられてきました。ところが最近の研究によれば、心筋細胞は出生後もしばらくは分裂し続け、成体になっても緩徐ではあるが分裂を続けていることが分かってきました。しかし、その意義は不明でした。そこで私たちはマウスに色々な薬を投与して、新生児・乳児期の心筋細胞分裂に生じる変化を検討したところ、免疫調節などで重要なサイトカイン受容体gp130の阻害が細胞分裂を抑制することを見出しました。そしてこの受容体を新生児・乳児期に持続的に抑制する遺伝子改変マウスを作製すると、心筋細胞数が不足し成長後に心機能が低下することも見出しました。またこの受容体を刺激する主たる因子が、サイトカインの一種であるインターロイキン6であることも同定しました。

心筋細胞活動電位内で生理的L型Ca2+チャネル電流波形を形作るメカニズムの研究
 私たちの命を支える心筋細胞の収縮は、「活動電位」という細胞膜の電位変動により生じています。活動電位が生じると細胞膜のL型Ca2+チャネルがCa2+電流を発生し、細胞内Ca2+濃度を上昇させて収縮を生じます。したがってL型Ca2+チャネル電流波形の乱れは、即座に心不全や不整脈という致死的疾患に結びつきます。しかしこの電流調節のメカニズムは、未だ完全にわかっていません。この波形を決定するのは、L型Ca2+チャネルの「膜電位依存性不活性化」と「Ca2+依存性不活性化」という2つの現象です。私たちは、これらの現象の背景にある分子メカニズムに注目して、活動電位中の生理的L型Ca2+チャネル電流波形の形成と、その病態における破たんのメカニズムを解明することを目指しています。

スタッフ

教授

山田充彦

准教授

冨田拓郎

研究室の所在及び連絡先

研究室の場所:医学部基礎棟2階
連絡先:myamada(at)shinshu-u.ac.jp

主要な成果/Major Publications

  1. Kashihara, T.*, Kawagishi, H.*, Nakada, T., Numaga-Tomita, T., Kadota, S., Wolf, E.E., Du, C.K., Shiba, Y., Morimoto, S., and Yamada, M. (2020) β-Arrestin-Biased AT1 Agonist, TRV027 Causes a Neonatal-Specific Sustained Positive Inotropic Effect without Increasing Heart Rate. JACC: Basic to Translational Science 5: 1057–1069 (*: equal contribution)
  2. Kashihara, T., Nakada, T., Kojima, K., Takeshita, T., and Yamada, M. (2017) Angiotensin II activates CaV1.2 Ca2+ channels through β-arrestin2 and casein kinase 2 in mouse immature cardiomyocytes. J. Physiol. (Lond.) 595: 4207-4225
  3. Zhang, H., Kashihara, T., Nakada, T., Tanaka, S., Ishida, K., Fuseya, S., Kawagishi, H., Kiyosawa, K., Kawamata, M., Yamada, M. (2019) Prostanoid EP4 receptor-mediated augmentation of Ih currents in Aβ dorsal root ganglion neurons underlies neuropathic pain. J Pharmacol Exp Ther 368:50–58
  4. Komatsu, M., Nakada, T., Kawagishi, H., Kato, H., Yamada, M. (2018) Increase in phospholamban content in mouse skeletal muscle after denervation. J Muscle Res Cell Motil 39: 163–173
  5. Kawagishi, H., Xiong, J. Rovira, I.I., Pan, H., Yan, Y., Fleischmann, B.J., Yamada, M., Finkel, T. (2018) Sonic hedgehog signaling regulates the mammalian cardiac regenerative response. J. Mol. Cell. Cardiol. 123:180-184
  6. Nakada, T., Kashihara, T., Komatsu, M., Kojima, K., Takeshita, T. and Yamada, M. (2018) Physical interaction of junctophilin and the CaV1.1C-terminus is crucial for skeletal muscle contraction. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115: 4507–4512
  7. Guo, X., Kashihara, T., Nakada, T., Aoyama, T., Yamada, M. (2018) PDGF-induced migration of synthetic vascular smooth muscle cells through c-Src-activated L-type Ca2+ channels with full-length CaV1.2 C-terminus. Pflügers Archiv - Eur J Physiol 470: 909-92

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