教員紹介

もりやま しんや

護山 真也

哲学・芸術論 教授

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第3回因明科研研究会報告

8月29日・30日の両日にわたり,因明科研第3回研究会が信州大学で開催されました。今回は,中国と台湾から因明学研究で大きな業績を挙げておられるお二人の研究者も招聘し,国際的な学術交流も兼ねながら,特に『因明正理門論』(Nyāyamukha)に関する最新の研究成果を共有することができました。

1. 林鎮國Lin Chen-kuo(国立政治大学・台湾):‟Logic, Scripture, and Hermeneutics in Zhencheng’s Critique of the Thesis of No-motion” 近年の因明学研究の進展に多大な貢献をされてきた林先生は,最初に,東晋時代に活躍した僧肇(384-414)の『物不遷論』に対して,因明の知識を用いて,その理解を批判した明代の仏教者・鎮澄(1546-1617)の『物不遷正量論』というテキストに焦点を当て,彼の因明理解を解説されました。中国では,唐代に隆盛した因明学研究の伝統は,その後の法難により伝統が断ち切られますが,明代には再び,その研究が復活します。その中,鎮澄は推論と聖典の二つを正しい認識手段(量)として認め,その二点から僧肇の議論を批判したようです。林先生は,この議論こそ中国仏教史上はじめて,推論式の作法が注釈に応用された例として注目すべきであると結論づけられました。 2. 湯銘鈞Tang Mingjun(復旦大学・中国):‟Materials for the Study of Xuanzang’s Inference for Consciousness-only (vijñāptimātratā)” 上海の復旦大学の湯先生は,『因明正理門論』の新しい校訂を準備されており,因明学研究の新しい時代を切り開こうとされている若手のホープです。この発表では,玄奘の唯識比量に関する諸問題を,特に「真故」,「極成」,「自許」という三つの概念――一見すると,推論式の本体には関係ないものと見なされがちな諸要素――に対する中国・日本の因明学者たちの議論を精緻にまとめ,その展開史を整理されました。特に文軌による解釈について,その特殊性には注意を払う必要があるようです。

3. 湯銘鈞Tang Mingjun: “The Nyāyamukha passage on acandraḥ śaśī: A survey of its interpretation in Hetuvidyā literature” 湯先生はまた,ご自身の『因明正理門論』研究の中から,主張命題の過失に登場する「シャシン(月の別名)は月ではない」に対する神泰の解釈が,ダルマキールティの注釈者の文献で言及される「『正理門論』注釈者」(Nyāyamukhaṭīkākāra)の説と類似する,という重要な指摘をされました。この点は,今後の研究により,さらなる進展がもたらされると思います。 4. 最後に,林鎮國Lin Chen-kuo先生とB. Gillon先生の『如実論』(Tarkaśāstra)英訳の現状についての報告がなされました。『如実論』は,特に『正理門論』「過類」の議論と平行する議論を含むため,研究の面で協働できることが確認されました。

5. 二日目の最初に,一連の『正理門論』研究とその後に続く『集量論注』梵文テキスト等の資料からの梵文断片の回収で大きな成果を挙げておられる桂紹隆先生が,北川秀則,宇井伯壽,G. Tucciといった先学の研究から『正理門論』研究の歴史を回顧され,将来的には梵語原典が参照できることが期待されること,それと同時に,師茂樹先生や湯先生の業績に続いて,次の世代でも中国・日本での因明研究の伝統が継承されることの重要性を強調されました。 6. 室屋安孝(オーストリア科学アカデミー)‟On the Japanese manuscripts of the Chinese versions of the Nyāyamukha.”  初日の林先生の発表でも問題になりましたが,中国での因明学研究の伝統は法難のために一時,途絶えたのに対して,玄奘とその門下生の貴重な資料は,奈良時代の日本にもたらされ,法相宗などの伝統の中で保存・継承されてきました。室屋さんは金剛寺・興聖寺の『正理門論』写本の研究から,そのテキストは,大正蔵にあるテキストとは一致せず,むしろそれよりも古く,玄奘翻訳の原典に近い情報をもつことを指摘されました。因明学関連の漢訳テキストに関して,日本に眠る諸資料の重要性があらためて確認されました。 7. 小野基・室屋泰孝・渡辺俊和「『因明正理門論』誤難章・和訳」 8. 師茂樹「沙門宗『因明正理門論注』現代語訳」 過去二回の研究会に引き続き,今回は「無異相似」の個所を検討しました。『集量論注』から回収されるサンスクリット語断片と比べると,漢訳テキストの謎が少しずつ見えてきます。また,沙門宗の注釈に引用される円測等の断片からは,その漢訳テキストと格闘し,深いレベルで難解なパッセージの読解に向かった古師の努力が浮かび上がります。この二つの研究に,『正理門論』研究の未来形があると思います。 今回は,信州大学の早坂先生をはじめ,狩野恭・酒井真道・吉田慈順・佐々木亮の先生方にもご参加いただき,有意義な研究会になりました。厚く御礼申し上げます。

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