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いとう つくす

伊藤 盡

英語学 教授

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Tolkien 授業関連

慶應義塾大学での講演会

昨年度「夕べのセミナー」中止のお詫び

お詫び

もう前年度となる3月の、人文学部市民公開講座第66回「夕べのセミナー」は、講師がインフルエンザに罹ってしまったため中止となってしまいましたことを、私の講演を楽しみにしていて下さった方々に、改めまして、深くお詫び申し上げます。インフルエンザは、就業停止の処分となるため、しばらく大学にも行くことが叶わずにおりました。 就業停止期間が明けるとともに年度が改まり、いろいろと予定が決まっていく中で、信州大学松本キャンパスでの私の講演の機会をもう一度戴けるかどうかは未だ確定してはおりません。それでも、いつお話があっても講座が開けるように、できうる限り準備をしておりますので、どうぞ楽しみにお待ち戴ければ幸いです。

慶應義塾大学新入生歓迎講演会〈物語の世界〉

講演会ポスター

その一方で、慶應義塾大学日吉キャンパスにおきまして、2014年度の慶應義塾大学への新入生のための講演会に招待講演という形でお話をする機会を戴きました。そちらの御報告をさせて戴きます。 以前、私の大学非常勤講師生活の比較的初期の頃、慶應義塾大学理工学部で1年生向けに英語の教鞭を執っておりました。その頃お世話になりました理工学部の小菅隼人教授から声をかけて戴きました。毎年行われる慶應義塾大学の新入生歓迎講演会には、ここ数年は〈物語の世界〉という連続講義のテーマがあり、そのテーマに沿う形で「古英語叙事詩と『ホビットの冒険』」という演題で、4月25日(金)の夜6時から90分間の講演会を開きました。 日吉キャンパスに立つ近代的図書館の真向かいにある研究棟「来往舎」の中会議室に、80名余りの聴衆がお集まり下さり、50部用意したハンドアウトはすぐに足りなくなってしまったので増し刷りをしました。半分ほどは、近隣や首都圏各地からわざわざお越し戴いた一般の方々でしたし、他大学から聴講に来られた方々もいらっしゃいました。大変有難いことでした。

古英語叙事詩と『ホビットの冒険』

『ヴィンランド・サガ』のThorfinnr Karlsefni

内容は、まず、イントロダクションとして、講演会のテーマ「物語の世界」にちなみ、「北欧の物語:叙事詩とサガ」について簡単にお話をしました。特に「サガ」という、中世後期のアイスランドに花開いたジャンルの総称について紹介し、それが古英語叙事詩『ベーオウルフ』と浅からぬ縁を持つ意味を考えました。 古英語を話した人々が如何に「語られたもの」=「サガ」=「ものがたり」を伝えようとしたか、その物語は北欧を舞台としたものであったこと、そして21世紀の日本人が現在、幸村誠作画の漫画『ヴィンランド・サガ』(講談社刊)という優れた翻案の助けを借りて、中世の人々の行ってきた「物語る営み」を受け継いでいる、という事実を明かしました。  古英詩『ベーオウルフ』の冒頭を朗読しながらのイントロダクションは思ったよりも時間を取り、慶應義塾大学英米文学科の西脇順三郎—厨川文夫-早野勝巳—John Scahillと続く、研究・教育の営みの流れを話す準備はしていたのですが、余り深くは触れられませんでした。その代わり、オクスフォード大学で学ぶ受講システムについて紹介し、オクスフォード大学の教授となったJ. R. R. トールキンと、彼の作家としての出世作となった『ホビットの冒険』の紹介へと続きました。 ホビットという生き物について、英語最大の辞典である『オクスフォード英語大辞典』OEDの定義を受けつつ、hobbitという語の英語史上最初に使われた(OEDにさえ載っていなかった)例を19世紀の文献である『デナムの小冊子(The Denham Tracts: A Collection of Folklore by Michael Aislabie Denham, and Reprinted from the Original Tracts and Pamphlets Printed by Mr Denham between 1846 and 1859)』から紹介しました。すなわち多くの「化け物・妖怪」の類いについて、19世紀の英語話者がどのような知識を持っていたかを窺わせる内容だったのです。  そして最後に、『ホビットの冒険』の主人公ビルボが作品中で最も緊張する場面を具体的に作品の朗読を交えて、古英語叙事詩『ベーオウルフ』の内容と比較しながら紹介しました。するとどうでしょう。作者トールキンは古英語の学者だったのですが、『ホビットの冒険』の内容はまさに『ベーオウルフ』の内容を彼の解釈で眼前に映しだすように書き換えたものであることがわかるのです。  これはいわば、古英語叙事詩に詠われた内容が如何に現代人の心を刺激し、イマジネーションの翼を広げさせ、ファンタジー世界に誘うことができるかを、トールキン教授が実践して学生に示しているかのようです。大学で中世の英語文献学を学び、文献を直接読むことの楽しさ、それが如何に素晴らしい体験であるかを伝えようとするかのように、私たちは『ホビットの冒険』を読むことが出来るのです。 講演に続いて行われた質疑応答も時間を延長するほど多くの質問を戴きました。特に、経済学部や法学部といった、普段、英語の歴史に触れないような学生諸君が、映画『ホビット』や『ロード・オブ・ザ・リング』を楽しんだので、興味を持って講演会に足を運んで下さったのが嬉しかったですし、彼らの質問も実に内容の深いものでした。私が日本語吹き替え版のエルフ語監修をしていることをどこかで知ったのか、私の古英語叙事詩の朗読を、映画のエルフたちの話すシンダリンと音が似ている一方で、映画の魔法使たちの使う魔法の呪文とは異なっているということを耳で聴いただけでその場で感じ取った方がいて、そのことに関する質問も受けました。言語を耳で聞き分ける才能に優れた学生の方でした。 また、瀬田貞二先生とお仕事をなさった元編集者の方からもご質問を戴きました。その方御自身、かつて慶應義塾の伝説的な先生方の講義を受けていらした方でした。瀬田先生は生前、ご自分の翻訳に加えられた手酷い批判を非常に苦になさっておられました。そのことは私も存じ上げていましたが、瀬田先生の翻訳を私自身は専門家としてどのように捉えているか、という厳しいご質問でした。私自身は瀬田先生の訳は大変素晴らしいと考えています。特に朗読するときには間違いなく瀬田訳こそが最高の「ものがたり」となると。一部に今では訳を改めた方がいい部分を含むことは確かですが、訳全体はまさに名訳です。しかもその改めた方が良いと思われる部分も、多くがトールキン自身による改訂が行われたからに他ならず、厳密に原文の直訳体を好む読者もあれ、日本語として自然に文章が流れている訳そのものをどうしても改めるべき箇所となると、極めて限られてくるでしょう。このような趣旨の答えを返しました。 さらに、その時は触れませんでしたが、以前、慶應義塾の『三田評論』という雑誌に、SF評論家として高名な文学部巽孝之教授と白百合女子大学教授で歌人・翻訳家としても名を馳せている井辻朱美先生の座談が掲載されたことがありました。その時は瀬田訳を巡って、どこか慶應閥と東大閥の争いを臭わせるような焦臭さがありましたが、その後、私自身も井辻先生とお話をする機会に何度か恵まれ、井辻先生のニュートラルな立場に得心が行った覚えがあります。これは余談ですね。

そして信州大学人文学部の授業でも

今年度の伊藤ゼミでの授業風景

 たまたま、昨日の信州大学人文学部のゼミナールの授業は、古英語を学ぶことの意義を教えるPeter S. Baker, ‘The Old English Language’という論考の一部を、学生が読み、考える内容でした。そこでは、「Beowulf を読むために古英語を学ぶことは、歴史言語学者になろうとする目的で古英語を学ぶわけではないので、より単純で簡単なことである」というBakerの主張に学生たちは触れることができました。その授業では、Beowulfを読むのは如何に楽しいことか、というテーマには至りませんでしたが、慶應での講演会の内容を、信州大学人文学部で実践しているのだなぁ、という思いを教師として抱くことができました。まだまだ授業は続きます。これから学生たちが自分たちなりの意義を見つけて欲しいと願っています。

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